アイドルが彼氏を手に入れたい事情

「そうは言っても今はお前の方が知名度もあるし、その差だって比べ物にならないレベルだろ?」


 御咲はまだブランコをゆっくり漕いでいる。その音はさっきより小さくなっていたが、それでもたまに俺の声の方が掻き消されてしまう程度には強めに漕いでいた。


「そんなの時間の問題よ。私はいつか追い抜かれる。それもあっという間に」

「今やトップアイドルの座にいる深紗みさがそこまで弱音を吐くもんかね」

「そもそも全然トップにいる実感なんてないわよ。あの子に限らず、私なんかより輝いているアイドルなんてごまんといるわ」

「まぁあいつがそもそも今輝いてるかと言うと、とてもそうは見えないけどな」


 あの常に眠たそうな女子のことはともかく、御咲がそう答えるのもなんとなく理解はできた。確かに御咲はその芸名を『深紗』と名乗り、他の追随を許さない勢いでアイドル界の頂点を目指しているように思う。雑誌やCM、春からはちょい役ではあるけどテレビドラマにも出演していて、今まさに一大ブームが到来したと言っても過言ではないだろう。ただし、そうなってきたのも本当につい最近のことだ。

 きっかけは去年の年末くらいから、『深紗』という名前がネットで騒がれ始めたのが一番最初だったと思う。それまではあいつと同様に鳴かず飛ばずで、いやむしろテレビドラマに出演している分だけあいつの知名度の方が高かったかもしれない。高校の入学式があった昨日だって、あいつに隠れファンがいたことが発覚したくらいだ。もし去年暮れに深紗という名前が騒がれていなければ、あいつと御咲の立場は逆転していたこともあり得たのだろう。その差はほんの紙一重なのかもしれない。


「……ふふっ。やっぱし君の話の中には、あの子のことばかりね」

「なっ、別にそういうんじゃ……」

「いいわよ別に。私は君のそういうところが好きなんだから」


 俺としては思わず不覚を取ってしまったが、それさえも見透かした態度で、御咲は俺を冷たく笑ってみせていた。いや、そもそも一番最初にあいつの話を振ってきたのは御咲の方じゃなかったか。それを後になって思い出していたが、俺のしょうもない態度のせいでもはや手遅れ状態だ。


「どうしたら高校生作家様の興味が私の方へ向いてくれるのかな?」


 春の夜風のように挑発してくる御咲。猫のような丸い瞳で夜空を仰いでいた。


「だから俺をそんなたいそうな名前で呼ぶのやめろって。たまたま応募した俺の小説が、有名作家様の目に留まっただけのことだからな」

「そうやって意味もなく自分を卑下する君も好き」

「あのなぁ……」


 そもそも御咲は……。

 そんな風に考えてしまうことだってある。だが俺が御咲をどんなに否定しようと、御咲は絶対に否定しようとしないはずだ。俺はそれがわかってて御咲と付き合ってるわけだし。


「私は君の全てを手に入れたいの」


 それに御咲は、それさえも気づいているのではないだろうか。


「私は全てを手に入れたいから、アイドルを目指しているんだもの」


 なぜならそれが御咲の本心、そのものなのだから。

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