深夜零時にアイドルから呼び出される事情

 深夜零時。もし仮に今日が平日で、夜が明けたら学校に行かなきゃいけないんだとしたら、俺はその誘いを断っていたかもしれない。だけど今日が土曜日で、呼び出した相手がデビューライブを控えたアイドルの卵だとしたら、俺はその誘いを無視するわけにはいかなかったんだ。


 それにそいつは、俺の彼女ということになっている。だから尚更……。


「ごめんね、こんな時間に呼び出しちゃって」

「ああ。どうせこの時間までレッスンだったんだろ?」

「うんそう。ついさっき鎌倉に戻ってきたところ」


 彼女が呼び出したのは近所の小さな公園だった。もちろんこんな時間だし、他に誰一人いるはずもない。彼女は近隣の住宅に迷惑がかからない程度の静かな音で、ゆっくりとブランコを漕ぎ始めていた。俺もその隣のブランコに腰掛ける。


「御咲、ひとりか?」

「なに? 悠斗のこんな可愛い彼女一人じゃ不満だってことかしら?」

「……いや、そういうことじゃないんだが」


 ついさっきまで御咲と一緒の電車に乗っていて一緒の駅で降りたはずのあいつの姿を、俺は無意識に探していたのかもしれない。今日がデビューライブで一緒にダンスレッスンをしていたのだったら、絶対にそのはずだったから。


「約束を破ったことは謝るわ。でも、今日だけは……」

「その『今日だけ』って台詞せりふが本当に今日だけならいいけどな」


 悪戯な笑みを浮かべる御咲。暗くて細かな表情までは読み取れなかったが、声は間違えなく俺を挑発するかのようなそれだった。


 からんころんと無機質な音がその場で静かに響き渡る。漕いでいるのは俺じゃなくて御咲なわけだから、その音と共に俺自身が揺れることは絶対にない。ただ深夜零時という時間のせいだろうか、どこか揺籠に乗せられた感覚がそこにあって、ほんの僅かばかりに小さく揺れる俺の身体が別世界へ誘われてしまうような、そんな心地さえ感じていた。


「眠そうね。今日のあの子みたいに」


 御咲はブランコの音に重ねるように、小さく微笑んでいる。


「あいつ、そんなにずっと眠そうだったのか?」

「ええ。ダンスレッスン中もずっと眠そうだったわよ。そのくせ一度踊り始めると私なんかよりずっと空高く舞い上がっちゃうんだから、ほんとたまったもんじゃないわよ」

「それでいて、どうせ本人は無自覚なんだろ?」


 俺がそう言うと御咲は膝に力に入れ、その瞬間だけ大きくブランコを漕いでいた。そこから解き放たれる冷たい風が、俺の顔を強く叩いてくる。


「本当にそれ。やってられないわ」


 御咲は笑っている。その笑みの中には嫉妬と憎悪の両方が含まれているのかもしれない。それらを全部まとめて俺の方へぶつけてくるんだ。なるほど、あいつと駅で別れた後、俺一人を電話で呼び出した理由がなんとなくわかった気がした。


 まぁこうなることを見越して俺は御咲と付き合うことを承諾したわけだから、今宵はとことん最後までその話を聞いてやろうって、そう思ったんだ。

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