学校で伊達眼鏡が必要な事情
「てかなんでその似合わない伊達眼鏡なんてかけてるんだよ?」
「え、だって、他の生徒に気づかれて騒がれるの、わたし嫌だし」
ちょうど肩くらいまで伸びたミディアムボブにすっぽりと覆い隠されるように、どことなく中途半端な主張をし続けている伊達眼鏡。先月まで通っていた中学では見かけなかった、
「騒がれるどころか誰にも気づかれてなかったじゃねえかよ」
「そりゃそうだよ。まだデビュー前だし、わたしなんて
「だったら最初から伊達眼鏡なんて必要ないんじゃねえか?」
そもそも伊達眼鏡をかけるにしたって、目的が変装だとするならもう少し似合う伊達眼鏡を選ぶとか、やりようはいくらでもあったはずだ。よりによってなぜこの中途半端なピンク縁の伊達眼鏡をチョイスしたのだろう。
ところが愛花は右手の人差し指を立てて横に振りつつ、ちっちっちっという態度を取った。誰からその仕草を学んだのか、童顔の愛花がそれをやっても似合わない……という指摘は今更なのでもう止めておこう。
「わかってないなぁ〜悠斗くん」
「何がだよ?」
「わたしは明日アイドルデビューして、これからわたしの顔が覚えられちゃうかもなんだよ? 覚えられてから変装したって意味がないじゃん!」
明日アイドルデビューすると言うんなら、もう少しファッションセンスというやつを勉強してからそれを主張してくれ!!
……というツッコミを愛花に入れたところでもはや手遅れなので、こんな場所で労力を費やすのは止めておいたんだ。
「それでも御咲の方はがっつりオシャレしてあんなに目立ってたじゃんか?」
「御咲も真面目だよね〜。まだデビュー前なのにあんな派手に営業活動を……」
「それはどっちかというとお前が不真面目すぎるだけじゃないか?」
「嫌だよ〜。学校まで来て笑顔振りまいて営業活動なんて。そんなの疲れるじゃん」
似合わない伊達眼鏡で営業妨害するよりずっとマシだと思う。
「それに御咲の場合はあんなにテレビや雑誌に出まくってるわけだし、今更変装したところでムダってわかってるからそうしてるんじゃないかな。そもそもわたしみたいなこれから売れる……かもしれない三流アイドルとは格が違うしね」
やはり愛花は勘違いしている。少なくともこの台詞を御咲に聞かせたくない程度には。
「……お前、自分のこと『三流アイドル』だって思ってるんだ?」
「ん〜、さすがにそれは盛り過ぎかな。四流? ひょっとすると五流かも!?」
「…………」
確かにこんなこと言ってたらいつになってもその程度かもな。俺は御咲の本音を知ってる分、愛花の言葉に怒りを覚えてきた。
だが愛花にしてみたら、元々御咲との付き合いでアイドルデビューに至った経緯がある。そもそも愛花は女優を目指していて、アイドルなんてものには興味がなかったんだ。愛花の姉も一時期アイドルとしてステージの上に立っていた時期がある。だけどその後に学業を選択し、今年の春から音大に通っている女子大生だ。そんな厳しさを間近で見てきた愛花だからこそ、本当であれば女優業に専念したいとか、そういう気持ちなのかもしれない。
そんな愛花と一緒にアイドルデビューしたいと誘ったのは、御咲の方だったそうだ。御咲は愛花と違って既にトップアイドルの階段を昇りつつある。雑誌やCM、今やありとあらゆる場所にその顔が出てくるようになった。実際のところ元々御咲が持ち合わせていたポテンシャルを開花させただけかもしれない。だけどそれ以上に、御咲は必死であることを俺は知っていたんだ。
今は見えない壁に後で潰されないように、貯金を作っておきたいんだ……と。
「それに悠斗だって現役高校生作家だってこと隠してるじゃん?」
「アイドルと作家じゃそれこそ格が違うだろ? アイドルだったら『すげ〜』ってなるかもだけど、作家なんて『ふ〜ん』で終わりじゃねえのか?」
「そうはいっても本屋に行けば悠斗の本をたまに見かけるし……」
「だから『たまに』だな。むしろ置いてあればマシな方くらいじゃね?」
「学校でそのこと話せば『悠斗先生』なんて呼ばれるかもしれないよ?」
「少なくともそんなの俺のキャラじゃねぇわ」
「つまりさ……」
つまりって何だよ……と返す前に、愛花は笑いながら言葉を重ねてきた。
「わたしがアイドルを隠すのと、悠斗が作家であることを隠すの、結局一緒だってことじゃないかな?」
愛花はまるで、形成逆転のサヨナラホームランを打ったように得意げな顔を俺に見せてきた。確かにそれについて、俺自身のことに関しては何一つ返す言葉がなかったから、半分はその顔が正解かもしれない。
だが……本当に大変なのはこれからかもしれないと改めて感じたんだ。愛花の今はまだ容易い笑顔の中に、御咲が恐れているものがある。誰も想像できないような、高く聳え立つ壁。それがまだ場所が遠過ぎて見えていないだけだって、御咲はそう言ってたんだ。
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