第8話 過去

「お目覚めになられましたか、シン様」


 僕の意識が覚醒すると、アリシアの声が聞こえた。


「おはよう、アリシア」


「おはようございます、シン様」


 体を起こし、アリシアの他に人がいないか、見回した。


「今部屋の中には私以外誰もおりません。それでシン様、私に


「……いいや。計画が終わるまで駄目だよ」


 目が覚めて僕は、

 そう、

 そこには二度と思い出したくなかった、の記憶も含まれていた。


 ああ。今思い出したら本当におかしくなってしまう。殺意と狂気のままに暴れたくなる。

 日本にいた頃のことなんて、二度と話したくない。思い出したくない。両親とお爺ちゃんとお婆ちゃん以外、彼奴ら全員、皆、地球にいた人間全て、


 僕は記憶が呼び起こされたことで、全てを思い出したことで、殺意が湧いた。

 日本にいた彼奴ら、地球という星に住んでいる人間全てに向けて。

 その殺意に反応したのか、ガレリーバが驚いた様子でこっちを見ていた。


「シン、お前…そんな殺意出せたのかよ。凄えな。こんな殺意感じたことないぜ。さすがは英雄、と言ったところか?」


 そう言われて、殺意が出ていることを始めて認識して、止めた。


「そうかい?僕はただ、昔の記憶が蘇ったことで、嫌なことも思い出してしまったからね。それらを殺したい、消したい、と思っただけなんだよ」


「……そうか」


「ここまでの殺意、私は感じたことありませんでした。というか、前世の時私と出会ってから今まで、シン様から殺意すら感じたことはありませんでした」


「あれ?アリシア、そうだっけ?」


「はい。基本シン様は人や魔物を殺すにしても、殺意を全く出さずに淡々としていましたから」


 そうだった。この世界の人間や生き物に対しては、地球の奴らと違うっていう認識があったから、それで自然と殺意が出なかったんだろうね。

 殺意が出るときは地球とか、前々世の事ぐらいだから。

 しかも最後あたりはもう疲れ切っていたし、感情が薄くなってたかも。


「そっか。それじゃあ記憶が戻ったことだし、計画の話をしよっか」


「そうですね。現在、プランAを進めており、その前準備が98%完了しています」


「なるほどね」


「……どうしますか?今から同時進行でプランBも実行し始めますか?シン様がもし転生した時用の」


「ああ、あれか。あれは別にいいよ。僕は成人になる辺りまでちょっと研究しておかないといけない事があるから」


「わかりました。それではこちらの部屋を好きにお使いください。付き添いとして、ガレリーバをつけておきます。ガレリーバ、いいですね?」


「了解っす、アリシア様。あ、でも一旦上司に言わないと…」


「それは私から話しておきます」


「ありがとうございます。んじゃ、これからよろしくな、シン」


 こうして、他にもいろんなことを話し合って、解散となった。


 それでは記憶も戻った事だし、振り返ってみようかな。僕の前世を。



 ***



 僕が日本で死んで転生した先はユグドラシアル家という、伯爵家の元に生まれた。

 僕は転生したことがわかると、この人生は間違えないように、あの時みたいにならないようにしようと心に誓った。

 でも、それは8歳の時に全て瓦解した。

 鑑別式の時、僕のアビリティはCランクの魔術師だった。

 ユグドラシアル家は家訓として、Bランク以上で初めて親から認められる家系だった。

 Cランクのアビリティの僕は勘当され、さらに暗殺者まで仕向けられた。

 でも僕は何とかそいつらを退けることに成功し、ユグドラシアル伯爵領をすぐに出た。

 その時の僕は何も持っておらず、魔術だけは使える状態だった。

 まだユグドラシル家にいた時の魔術を始めとする殆どの知識は全て残っていた事が不幸中の幸いだった。

 でもかなりきついのは変わらなかったが。

 なので何とか王都を目指して旅を始めたのだが、その3日目に僕は出会った。


 道端で倒れていたアリシアに。



 ***



 アリシアと出会って、一緒に旅を始めて2ヶ月が経ち、いくつかの街を経由しながら遂に皇都に辿り着いた。

 アリシアの正体は道中で教えてもらった。かなり驚いたけど、魔術の使い方が人間離れしていたので納得した。

 そのころのアリシアの口調は今よりもかなり崩れていた。

 皇都に行く途中にあった街で冒険者登録をし、僕達は2人だけのパーティーを組んで、依頼をこなし、ベテランを呼ばれるクラス4まで行けた。


 冒険者のシステムはクラスが1〜6まであって、1から始まって、クラス4までいければいい方だ。そしてクラス5からは才能や実力を持つものだけが登れる。しかしクラス6は500年前を最後に誰一人として到達できず、伝説のクラスと呼ばれている


 そして皇都での生活に慣れた時にあいつはやってきた。



 ***



 僕は冒険者登録をした時くらいから、術式の改良や発明にハマっていた。

 そして、その時もいつものように宿の部屋で術式を新しく創っていた。

 その間、アリシアは普通に寝ていた。


 昼に差し掛かった頃だっただろうか。突然、ドアが叩かれる音がした。

 僕は一旦術式開発を止めて出ようとしたら、すでに起きていたアリシアが言ってきた。「その向こうにいるのは近衛騎士だよ」と。


「マジで?出るのやめようかな」


 僕はそう言って、ドアから離れるとドアの向こうから声がした。


『クラス4のパーティー、赤の彗星だな。我々は第3皇女直属の近衛兵だ。直ちに我々についてこい。これは皇女様からの命令である』


 赤の彗星とは僕たちのパーティー名である。

 しかし、僕たちは何故皇女様から呼ばれているのだろう。

 接点なんて全くと言っていいほどないのに。

 命令だから仕方がないと、僕は出ようとすると、


「出るな。絶対に」


 アリシアがそう言ってきた。


「何でだい?これは命令なんだよ?たとえ僕たちが冒険者でも、皇権は適用されるんだよ?」


「何?それ」


『皇権』

 それは、クラウディア皇国の皇族のみが使える絶対の権力。

 逆らったら即処刑。たとえ逃げることに成功しても、暗殺されるか、クラウディア皇国内に指名手配され、そして殺される。

 権力が物をいう、酷い話だ。

 ……という説明を彼女にした。


「……皇権。厄介な」


「でしょ?刺客を意識しながら過ごすなんて疲れるだけだよ?」


「ていうかなんで私たち第三皇女に目をつけられたわけ?」


「何でだろうね?まあ出ることにするよ?いい?」


「いいわよもう。諦めたわ」


 アリシアの許可が出たことで僕はドアを開け、騎士と対面した。


「遅れてすみません。一体何の要件ですか?」


「エリ皇女様から登城命令だ。内容は我でも知らん。とにかく城に呼び出せ、との事だ」


「貴方達と一緒についていけばいいんですよね?」


「そうだ。早速だがついてきてもらう」


「わかりました。格好は何でもいいんですか?」


「それについてはエリ皇女様から許可が出ている」


「……わかりました」


 そして僕たちはいつも通り、クエストに行く際と同じ準備をして、騎士達と一緒に城へと行った。



 ***



 そして僕たちは城に着いて、すぐに謁見することになった。

 待っている間、僕たちは何かがおかしいと疑い始めていた。

 だってそうだろう。普通僕たち冒険者は謁見する際は、大体大きな功績を挙げたときぐらいでしかすることはない。

 僕たちはそんな大きな功績をあげたわけでもないし、地道にコツコツと二人でやってきたものだ。


 そして遂に時間となり、僕たちは呼ばれて事前に言い渡された謁見のマナーをしっかりとやった。


「顔をあげよ」


 皇帝陛下から直々に声がかかる。


「「はっ」」


 僕たちは言われた通りに顔を上げると、そこにはものすごいプレッシャーを与えてくる皇帝陛下と、その周りには皇族全員が勢揃いしていた。

 いや、何で僕ら呼ばれたの?僕らコツコツ地味にやってきただけなのに。


「エリよ。こいつらなのか?」


 そう考えていると、皇帝陛下がエリと呼ばれる、一人の少女に声をかけた。


「はい、そうです。お父様。この方々を私の尖兵にしていただきたく」


「そうか。では、我、クラウディア皇国皇帝、ボロス・フォン・リタ・クラウディア直々に命ずる。冒険者ランク4パーティー、赤の彗星よ。其方らは今日から第三皇女直属、第五兵隊として、その身を全うせよ」


 僕の頭の中は驚きに満ちていた。ていうか、驚きしかない。

 そして、僕は緊張で声を震わせながら、


「はっ。了解いたしました」


 と、了承してしまったのだ。



 ***



 それから僕たちは第三皇女直属の兵士となった。

 僕らの役目は主に遊撃隊だ。

 何故なら、僕は兵士長に、


「部下ならアリシアだけでお願いします」


 と頼んだのだ。

 これはアリシアの正体をなるべくバレないようにする為でもあり、単純に知らない人を入れたくないという僕の考えがあった。


 そして、兵士になってからというもの、その内容は苛烈極めた。

 僕らの隊は二人と人数が少なく、使い勝手が良かったのだろう。いろんなところへと連日いき、問題を対処したり、戦闘をしたりと冒険者の時以上に大変だった。

 そして僕らがそれをこなす度にエリに評判が向き、いつしかエリは皇帝後継者の第一候補となっていたのだ。

 僕らが戦い、エリの人気は上がる。いつしか僕らも英雄なんて呼ばれるようになった。

 そしてその生活が5年も経てば、必然と皇帝陛下との謁見の回数も増えていく。

 その5年の間に冒険者なら大きな功績だろうと呼ばれる以上の事を何度もやっていたのだから。

 なので、皇帝陛下とはすっかり顔馴染みとなった。

 そしてアリシアも今ではすっかり昔の様子なんて消え失せていた。

 あるのは僕とエリに対する忠誠のみ。

 僕も趣味の術式開発ができなくて、ストレスが溜まっていた。


 でもそんな中で僕たちに優しくしてくれる人もいた。

 そのうちの一人がガイルだ。

 もう今ではすっかり親友と呼べる関係にもなった。

 彼はその当時、第三皇女直属の護衛騎士だった。

 しかし数少ない暇な時間、彼は僕の愚痴に付き合ってくれたし、僕も彼の愚痴に付き合った。そうしていたらお互い仲良くなっていた。


 ある日、僕たちはまた功績を収めて謁見をして、それが終わった後、皇帝陛下が僕らを呼んでいるとメイドから言われた。

 そして、僕らはそのメイドについていって、とある部屋に入るとそこには皇帝陛下といつも陛下に付き添っている宰相がいた。


「よくきたな。二人とも、座ってくれ」


「はい、それではお言葉に甘えて」


 しかし、アリシアは座ろうとはしなかった。


「アリシア、座らんのか?」


「すみませんが皇帝陛下。私はシン様の部下でありますので」


「そういうな。お主も座っても良いのだぞ?」


「……それでしたら」


 そう言ってようやく彼女も座った。

 そして、陛下は僕たちを見据えてこういった。


「すまなかった」


 そう言って頭を下げた。

 これには僕も驚いて、


「こ、皇帝陛下!?ちょ、ちょっと顔をあげてください!何で急に謝るんですか!?」


「そうじゃな、まずは訳を話さんといけないな」


 そう言って、頭を上げた後、彼は僕たちに向けてこう言った。


「儂は後悔しておる。他でもないお主らについてじゃ。まさかエリがお主達に命令して、こうも激務をさせておるのじゃからのう。これは一人の親として謝らせて欲しかったのじゃ。そして、謁見の度にお主らがどんどん弱っていくのが見るに耐えん……ガイルも言っていたしのう」


「え!?ガイルが!?ていうか何でガイルが…」


「ガイルはこう言っては何じゃが、エリの内情を伝えるために放った、いわゆる内通者なのじゃ。エリは儂ら家族にもやっていることを話そうとしないからのう。まあ、やっていることから察するに、次期皇帝を狙っているのは明白なんじゃが。やっていることが酷すぎる。全て二人に背負わせ、そのくせ彼奴らガイルと一部を除いて高みの見物なんじゃからのう。ひどい話じゃよ。たとえ王権で脅して使い勝手が良くてもやっていいことと悪いことがある」


 そう陛下は言った。

 僕はバレないように、密かに作ってあった念話術式を起動し、アリシアと繋げた。


《アリシア、この人なら、了承してくれそうだよね?》


《そうですね。確かにこの方なら了承してくれるのかもしれません。ですがそれだとシン様が…》


《いいんだよ別に。前から一緒に考えていた計画はがなきゃ始まんないだろ?考えがあってるのなら、エリは多分使い勝手のいい駒は絶対に逃しはしないのだから》


《そうですね。彼女ならもしかすると転生魔術なんて作りそうですね。あくまで予想ですが。でも可能性は無きにしも有らず、ですかね》


《まあ一応プランBもあるんだし、別に僕がいなくたっていいんじゃない?協力者だっているんだし》


《その殆どが私の同胞なんですけどね。まあ他にもいくつかの異人種のグループにも話はつけていますし、プランAの方は失敗しないかと》


《よし、なら提案してみよっか》


 そう言って、僕は念話を切り、陛下に向かってこう言った。


「皇帝陛下。実は相談があるのですが──」


 そうして僕は皇帝陛下にこう話した。


 ───グロウ砂漠に神聖樹を植えませんか、と。




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