第4話 事件の前兆と彼女の思い
10歳になったある時、それは起こった。
「ふん!」
ドカッ。
肉と肉がぶつかり合う音。生々しい音。
それは、学校の裏で響いていた。
「さっさと謝れ!君が悪いことをしたのは確実なのだから!」
「ウっ…いいや、謝らないよ。僕はやってないんだから」
「証拠もしっかりとある!謝れ!」
「その証拠は嘘だ。僕にはしっかりとしたアリバイがある」
「いまだにそんな嘘をペラペラと…ふざけるのも大概にしろ!」
なぜこんなことになっているのか。なぜ、僕が一方的に暴力を集団で振られているのか。それは昨日のことである。
***
その日もいつもと同じように僕は学校に登校した。
教室に入ると、なぜか物苦しい空気で包まれていた。
「イリス、おはよう」
「……おはよう」
「これ、どう言うこと?」
「とぼけるな!」
そこへ、クラスメイトのクランが話に割り込んできた。
クランは今都市ででたSランクアビリティ所持者のうちの1人だ。
アビリティは『勇者』。
このアビリティが出たその日から少しずつ彼の性格も変わり始めた。
正義感に溢れ、常に正しい行いをするように心がけ始めた。
僕からすれば、ご都合主義にしか見えないのだけれども。
あの鑑別式以降、少しずつ彼はトラブルを起こし始めた。
どう見ても彼が悪い状況でも、『僕は正しい行いをしただけだ!この行いの何が間違っている!僕は悪を退治しただけだ!』と言う始末。
実際そのトラブルでは、あながちその意見も間違っていなかったようで。
その後の調査では、結局彼の行いが正しかったとされている。
責任を持たず、自分中心に物事を考え、正義の名の下に悪を捌く。
たとえ、その悪が正しく、正義が間違っていようとも。
歪だ。歪んでいる。見ていて気持ちが悪い。だから極力避けていたのに。
目を付けられた。最悪だ。これから彼の正義の名の下の暴力の時間が始まる。
「とぼけるも何も、僕は何も知らなかったからイリスに聞いただけで」
「よくそんなことが言えるな。今回の犯人はお前だって言うのに」
「え?まず僕は状況が読めていないのだけど?」
「っ!ふざけるな!カグヤを泣かせておいて!お前が無抵抗のカグヤに暴力を振るったことは分かっているんだぞ!」
「……え?それこそ初耳なんだが」
「っ!お前は!カグヤに対する謝罪の言葉が一つもないのか!」
「ないよ。やってないし」
「ふざけるな!」
そう言ってクランは俺を殴った。顔面を。
彼の鍛えられた拳は見事僕の頬にクリーンヒットし、僕は盛大に吹っ飛んだ。
そして、僕が伸びているところで他の奴らに捕まり、学校の裏まで運ばれ今に至る。
そして現在、僕にクランが馬乗りして殴り続けている状態。男に馬乗りされても嬉しくない。
「お前が!やったんだろ!そうだろ!」
「…ガハっ。…やってないよ。さっきも言ったはずだ。お前が言ったその時間、僕は家にいたんだから。なんなら近所の人にでも聞いてみるといいさ。僕がいたって証言してくれるはずだよ」
「っ!うるさい!他でもないカグヤ自身が証言したんだ!君が、犯人だとね!」
「へえ、そうかい」
「そうさ。だから大人しく……」
「それでも、やってないとしか言えないね」
「…っ!まだそんなことを!」
そしてまた殴るのを再開する。
ドカっ………ドカっ………ドカっ………
僕と彼の周りには殴られた勢いで飛んだ僕の血でいっぱい。
そして、彼の拳にも僕の血でいっぱい。
彼の頭の中は目の前の僕を殴ることで精一杯。
目の前のことが正しいと勝手に決めつけ、そしてそれを実行する。
もはや先生でも止められない彼の妄想お花畑。
ここまで来たら逆に尊敬できるね。
「そもそも、イリスも本当は君とつるんで居ること自体間違っているんだ!」
「はいはい、そうですか」
「君がイリスを間違った道へと進ませている!だから君はイリスと遊ぶこともやめるべきだ!」
「何がどうしてそのような考えにっ!ウっ!なったのか是非お聞かせ願いたいね」
「イリスは賢者で君はなんだ!?なんのクラスなんだ!?それが全てを物語っている!」
「へえ、アビリティクラスでの差別ねえ」
「差別ではない!常識だ!そんなこともわからないのか!」
「分かりませんよ。言ってることがさっぱりわかんない」
「お前とは話にならないようだ!もういい!ならばお前をこの都市から追放してやる!俺の家の権限でな!」
「それは僕だけ?」
「当たり前だ!お前みたいな危険な存在をこの都市に残しておけるか!」
「……じゃあ僕の家族は残る……」
その時だった。
貴族街の方角で爆発が起こった。
「なんだ!この音は!」
クランが突然のことで驚いている。
「貴族街の方角から爆発音が聞こえました!」
クランの取り巻きたちがそう告げる。
「すぐに戻るぞ!父上が心配だ!こいつのことなんてどうでもいい!早く行くぞ!」
「「「「「はい!」」」」」
そう言ってすぐに彼らは走っていった。
ところで、解放された僕はというと。
「ふー、回復魔術っと。よし、治ったね。このままクラスに行っても変な目で見られるだけだし、帰ろっと」
そう言って、僕は1人帰った。
後ろで隠れている気配に気づきながら。
***
(ば、バレていないよね)
私はイリス。イリス・クローディエット。
アルくんの幼馴染。
8歳の時の鑑別式で『賢者』のアビリティになった。
でも、これは私の身に余るような、そんな感じがする。
アルくんは私にぴったりのアビリティだって言ってくれたけど、やっぱり私にはこのアビリティは向いてない。
私は今日、教室の中に入った時、何か変な雰囲気を感じた。
でも少し聞き耳を立てると、カグヤが怪我を負って、しかもその犯人はアルくんだって言うのだ。
私は疑った。アルくんがそんなこと、するはずがない。彼は常に優しくて、内気なんだから。それは私が一番知っている。
そして、その当事者であるアルくんが入ってきた。
その途端、教室の空気が、一段と重くなった。
「イリス、おはよう」
「……おはよう」
「これ、どう言うこと?」
「とぼけるな!」
そこへ、クランくんがやってきた。
そこからは見てられなかった。
アルくんが、一方的に殴られ、蹴られ、とても痛々しい感じになっていた。
そして、クランくんたちはアルくんを連れていってしまった。
そしてわずかに聞こえる打撃音。ものすごいパワーだ。音がここからとても聞こえてしまう。
その間、教室の中は静かで、どんよりしていて。
でも、カグヤだけは顔面を蒼白にして、今更自分がしたことを後悔しているようだった。
そして、少し経った時、突然爆発音が聞こえた。
音が聞こえた方角からして貴族街からだ。
それと同時にクランくんの声が聞こえ、彼らはその場所に向かったみたいだった。
私はいても経ってもいられなくて、教室を飛び出し、アルくんの元に向かった。
すると、何か小さい光が見えた。
私は咄嗟に隠れてそれを見て、驚いた。
彼は無詠唱で、回復魔術を使っていたのだ。
回復魔術は使える人が少なく、使えるだけで教会の病院に雇われる。
もっとすごい人は、王家専属にだってなれたりする、それほどすごい魔術なのだ。
ほとんどの魔術を使える『賢者』の私でも使えない程だ。
それを、使える人がほとんどいないとされる無詠唱で回復魔術を使ってみせたのだから、驚く他ない。
私は、まだ彼のほんの一部分しか知らなかったのだ。
彼の本当の実力は下手すれば勇者をも超える。いや、実際に超えているだろう。
そして、今も続けているという魔力値増加のトレーニング。それによって、彼の魔力値はおかしいことになっているらしい。
ものすごい人だった。
私が恋している人は遥か先を進んでいる。
このままじゃあ駄目だ。彼の背中は遠すぎる。
私はこの日を境に魔術に対して真剣に取り組み始めた。
全ては、彼に追いつくために。
***
(回復魔術見られたの不味かったかな)
僕は帰り道の途中、そんなことを気にしていた。
本当に不味かったのは無詠唱の方なんだが、それを知ることは二度とないだろう。おそらくは。
「お母さん、ただいま」
「おかえりーって早すぎない?」
「いや、だってさっきの音聞いたでしょ?あれで急遽授業がなくなったんだって」
「あら、そうなの。にしてもなんでしょうねえ、あの爆発は」
「それを僕に聞かれても、わかんないよ」
「あら、そうだったわね。今父さんがそこへ調査に行ってるはずよ」
「あ、そうなんだ。それじゃあ僕は部屋に行ってるから」
「わかったわ。一応だけど、気をつけなさいよ。あの爆発がなんなのか全く、見当もつかないから」
「わかった。それじゃ」
そう言って僕は階段をあがり、自分の部屋に入った。
僕の父さんはこの都市の兵士をしている。
と言っても、都市の治安を守る程度のことしかしないんだけど。
「でも気になるよねえ。なんだろう。遠距離でも視れる、それもドローンみたいな魔術作ればよかったかなあ。あ、それじゃあ暇つぶしに作ろっと」
そう言って僕は机にペンと紙を用意して、術式を考え始めた。
(何が必要なのかな?魔力をそこに飛ばして無線みたいな形にする?なるべく画像は鮮明な方がいいな。よし、ドローン形式にしよう。でもあまり魔力の消費は抑えたほうがいいな…)
こうして僕は学校から帰ってからずっと家に篭って魔術の開発に勤しんだ。
その間も何回か貴族街からの爆発音が聞こえたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます