スライム掃除人からのどん底成り上がり

水原麻以

プリーストにジョブチェンジしてみた結果

儲かって儲かって笑いが止まらない。俺は楽に稼ぐ方法を見つけたのだ。だってワンパンで百万。つまり拳骨を一発ぶちかましすだけで百万円が貰えるのだ。

どうやったらそんなに稼げるかって?

苦しい山籠もりや経典を暗記しなくてもよい。誰でも僧侶プリーストになれる。その方法は簡単だった。ちょっとした気づきと時の運が味方してくれる。


そもそもの始まりは例によって例のアレだ。


増え過ぎた人口が仮想空間に住むようになって半世紀が過ぎた。その前に俺は冷凍睡眠コールドスリープに入ったのだが、これも人口抑制策の一環だった。

「えっ? ワクチンの供給が追い付かないし密になられても困るからって…」

マンボウだかレインボーだか知らないが罰則付きの要請をされて俺はしかたなく氷漬けになった。医師の説明では「寝落ちしたかと思ったら未来世界でめざめている」という。確かにあのぎらつく無影灯と睨めっこしている間に麻酔が効いた。そして目覚めるとチュートリアルガイドが迎えてくれた。プレイステーションの前で居眠りする感覚だ。


俺はいつの間にかアップロードされた存在になっていた。アバターとなった俺は幹線道路や鉄道トンネルのスライム退治をして日銭を稼いだ。しかしデッキブラシで公設勇者の後始末をする仕事はおもしろくもなんともない。クラゲの細切れみたいな死骸を掃き集めるよりバスタードソードを握りたくなるのが男ってもんだ。


俺は公設勇者の道を検索ウインドウで調べてみた。そしてまず入門に必要な経験値に打ちのめされた。スライム掃除人に百回転生してもまだ足りない。

このまま底辺職で終わるのか。俺は絶望した。


そんな時にコミュニケーション広場が炎上した。お題は復活に失敗した死者の扱い。


「激闘の末に傷ついた身体をさらに火で焼くなんて虐待だろう。土地は無限にあるのだから埋葬してはどうか」

夫をダンジョンで亡くしたばかりの主婦が問題提起した。

「だって死んでるんだぜ。灰燼に帰した方が土に還るよりサーバー負荷が少ない。データ容量の節約にもなる」

大多数が反論した。

しかし、主婦は譲らなかった。

「炉の中で生き返ったらどうするの。もしかしたら意識が僅かに残ってるかもしれない」

アバターは肉体感覚を持っている。一から十まで描写処理レンダリングするわけではないが何かに没頭したり苦痛を紛らわしている間の余剰感覚は省略される。

「まあバグってそういう事もあるだろうが、土葬のシミュレーションより効率がいい」

賛否両論が膠着状態に陥った。


その頃、俺は坑道の奥底で金脈を掘り当てたのだ。


情報鉱山アーカイブは移行措置として設けられた。現実世界を丸ごと仮想化する余裕はない。しかしマインドクラフトみたいな空間にいきなり放り込まれてもユーザーは当惑する。

そこで部分的に移植し、段階的にシミュレーションを省略することになった。例えば移住したばかりの街では給水車しか使えない。各家庭の蛇口から先の解像度をあげ、配管や浄水場などは「在った事にする」つまり抽象化だ。

施設をメンテナンスするなど「作業が発生した時」だけ描写すればいい。


そうやってインフラを移行していく。

詳細シミュレーションは順次破棄される。

筈であったが、俺は無人のレンタルビデオ店を発見したのだ。


坑道の奥に看板を見つけた時、俺は目を疑った。

施錠はされてないようだ。もっとも泥棒はいないが。

おそるおそる侵入する。品ぞろえは実装された当時のままだ。

まぁ、今どきVR空間に来てまで映画やドラマを視聴する人はいない。いつでもどこでも役者になれる。


それでも俺はついつい懐かしくなって商品を手に取った。レジ奥の試聴用デッキには電源が通じてるではないか。俺はスライム掃除の合間に入り浸った。


お気に入りは悪役が爆死するジャンルだ。飛び蹴り、光線、鉄拳制裁。これでもか!と正義漢にいたぶられ、あるいは集団リンチされ四散する。

子供の頃は日曜日の朝が楽しみだった。

その殺伐を「日本おとぎ話」で中和する。


「そうそう。閻魔大王がおっかないんだよな。夜は独りでトイレに行けなかった」

懐かしくて涙がこぼれる。

そこに金の生る木が生えていた。


俺は僧侶にジョブチェンジした。地味な支援職は需給バランスの関係上、ハー

ドルがとても低い。

ギルドに登録を済ませてコミュニケーション広場に乱入する。


そこで俺はポータブルDVDプレイヤーを用いて説教を始めた。


「何ですか? そのアイテムは??」

映像機器を知らない世代が群がってくる。

埋葬論の堂々巡りに飽きていた野次馬も加わった。


「私は地下迷宮で神から叡智これを授かったのです」

したり顔で言う。嘘ではない。神は神でも恵比須様である。


そして日本おとぎ話の閻魔回とニチアサヒーローの見せ場を混ぜて上映した。


悪役の化けの皮が剥がれ正体をあらわす。そしてフルボッコの末、爆死する。そして閻魔様のご登場だ

「こ、これはっ?」

人々は絶句した。物凄い謎アイテムを目の当たりにし、ぐうの音もでない。


このプリーストはなんだ。現に不思議な術を使う。さぞや徳の高い僧侶に違いない。

人々はそう言ってひれ伏した。

そこで俺はありがたい教えを説くのだ。

「このように誰でも心に魔を持ち、生前に罪を犯す。化けの皮を剥がれ、神々に追われ、冥府魔導を転げ落ちる。そして閻魔大王に裁かれるのだ」


おおおお、とどよめきが広がる。

「どうすればよいのですか! お坊様!」

人々は俺に縋りついた。「あの人が…あの人をどうか助けてください」


救いを求める主婦に俺は教えを授けた。

「ご主人はまだお家に?」

「は…はい」

涙ぐむ主婦。

俺は棺を持ってこさせ崖下に安置した。

「どなたか爆薬をお持ちでないか?」

リクエストに応じて盗賊や忍者が前に出る。

仕掛けが終わった後、俺は人々を崖っぷちに導いた。


そして、必殺技のポーズを決めると同時に爆発音が轟き渡った。


俺は主婦にもう大丈夫だと告げた。

「私が浄化の代行を執り行いました。もう閻魔大王に遇うこともないでしょう。ご冥福をお祈りいたします」

そう締めくくって合掌した。


そんなわけで俺はダンジョンの奥底でDVD寺院を開いている。円盤もプレイヤーも製造技術が失われてしまっているので貴重品だ。俺はそれらを門外不出のご本尊といて温存しつつ檀家を回っている。

最近では他のフロアに道場を開いて必殺技の演武を伝授している。


これが本当のポーズ丸儲けだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

スライム掃除人からのどん底成り上がり 水原麻以 @maimizuhara

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ