第6話 ポンコツの劣等感

私は友達との待ち合わせ場所まで送ってくれた兄、輝夜の背中が見えなくなるまで見ていた。そんな私をクラスメイトの朱里ちゃんが近づいて来る。


「遅れてきた上に、私を無視して彼氏が見えなくなるまで見てるなんて、信じらんない……」


「朱里ちゃん、ごめん!!」


「まぁいいわ。元はと言えば、私が無理強いをしてわざわざ来てもらったんだから仕方ないか……」

と言って、兄が走り去った方向に目を向ける。


「で、あの人が彼氏?ほんとにいたとはねぇ〜」


「う、うん……」

朱里ちゃんが私の嘘を知ってか知らずか、疑うような口振りで話すので、私は言葉を詰まらせながらうなづく。


「けど、ヘルメットをしてたし、ちゃんと顔は見れなかったわね。ほんとに同い年?」


「そうだよ。同い年……。バイクに乗るのが夢だったから、去年免許を取ったの。今日はご両親にバイクのお金を返すためのバイトなんだ」


もちろん、嘘である……。

バイクの件は嘘ではないけど、今日がバイトだという事とあの人が彼氏だと言うことは。


あの人は私にとって義理の兄でしかない……。

私が彼に告白したわけではないし、彼が私に好きだって言ってくれた訳でもないから付き合っている訳がない。


それに彼が私を世話の焼ける妹にしか見ていないこもわかっている。


勉強もダメ、運動もダメ、料理もダメ……。

かろうじて洗濯は自分でやっているけど、それ以外は特筆して得意なものがない私。


それ対に兄は勉強はできる、運動もそこそこ。料理は私のお弁当を別に作ってくれたりするくらいに上手で何事も上手く熟す、私とは正反対な人だ。


おまけに超がつくほどの幼児体型の私を彼が私を恋愛対象としてみていないのは、一緒にいて嫌というほど分かっていた。


長年の研究(好きな女優やベッド下に隠された本の傾向)から割り出した兄の好みは朱里ちゃんのような女の子だった。


背が高く、スレンダーでいて豊満な体つきと、面長で血色の良い肌とキリッとした眉毛に自信に満ちた目つき。


そして光に当たると茶色に見えるウェーブがかかった髪の毛と左目の目尻には小さな泣きぼくろが凛とした美しさと、可愛らしさを両立させている。


私が理想とする女性像を体現したような彼女に対して、一方の私は痩せてはいるけど小さくて白い丸みがかった輪郭にぱっちりとした目つき。少し垂れた眉毛とあまり高くない小さな鼻が一層幼さを際立たせる。


クラスでは学校1の美少女なんてもてはやされてはいるけど、私にとってはコンプレックスの塊だ。


そんな私が兄への恋心を自覚したのは高校受験を控えた中学3年生の頃だった。


一緒に暮らすようになり、私が徐々に輝夜一家に慣れた頃の事、進路調査が行われたのだ。


私は最初、兄とは別の女子高に通うつもりでいた。

そこは可もなく不可もない普通の女の子が通う高校で私立だった。


しかし、兄は家計の負担になりたくないからと言って公立高校を受験する……そう決めていた。


最初は兄の進路などさほど興味もなく、程よく勉強して程よく遊んでいた。そんなある日、両親揃って海外に買い付けの仕事に行ったのだ。


私は両親がしばらく家にいない事を理由に勉強をしなくて済む……そう思っていた。


だけど、兄は真面目に勉強に打ち込んでいた。

そんなある日、義理の姉である美里さんがとある理由で家に帰ってこないと連絡をもらった。


初めて兄と2人きりの時間だった。


何があったら……なんていう男性に対する恐怖が心の中に去来する。何せ、家族とはいえ血は繋がっていない他人なのだ。


今思えば失礼だったかと思うけど、年頃の男女が2人……不安を覚えてもいた仕方ない事だった。


その日の学校が終わり、友達と少し遊んだ私は重い足取りで自宅へと戻った。


……帰ったら、あの男と2人。

少し身構えるような気持ちで自宅に帰った私はある光景を目にして驚いた。


兄が夕食の準備をしていたのだ。


鍋で何かをコトコトと煮込んだ彼は帰ってきた私を見るなり「お帰り……」と、私を迎え入れた。


「……ただいま」

私はそう言うと、早々に自室へと籠る。

油断をしたらダメだと、心の奥でドクドクと警鐘が鳴り響く。


私は制服のままベッドに横になり、早く朝になるのを待つ。明日になれば美里さんも帰ってくる……はず。そんな気持ちで私は目を閉じる。


だけど、その目論見はあっけなく崩れ去る。


午前0時、私はふと目を覚ました。

周囲は真っ暗で、何も見えない。


ぶるっ……。

尿意を催した私は部屋から出てトイレへ向かう。


そして、トイレを済ませた私は昼から何も食べていない事に気がつく。


だけど部屋には食べるものはおろか飲み物もなく、仕方なしにリビングへ向かう。


さすがの兄も部屋に戻っているだろう……。そう思っていると、リビングの方から光が漏れる。


恐る恐るその光の方に近づいてみるとそこには兄が1人、テーブルに向かって勉強をしていた。


そろりとキッチンの方に歩いていくけど、未だに彼は気づかない……相当集中しているようだった。


冷蔵庫の前にたどり着き、冷蔵庫を開けて麦茶をとると、コップを取りに食器棚の方へと目を向ける。

すると、目に飛び込んできたものに私は再び驚いた。


シンク周りが綺麗なのである。


食洗機という便利なものがあるとはいえ、ここまで綺麗にする必要があるのかと思うくらいに拭かれていた。


私が見た限り、彼は自分で夕食を作り、それを食べたはずだ。それなのに、すでに洗い物を済ませた彼は時間を惜しんで勉強をしている。


彼を疑い、自分のことしか考えていない私とは大違いだった。


……なんでここまでするんだろう。


今の私達の生活を考えると、そんなに貧乏ではない。お父さんは忙しい人だし、義理のお母さんである紗英さんもお父さんと一緒に仕事をしてくれている。


それに夕食だって、スーパーの惣菜やデリバリーを頼めば済むはずなのに、兄は自分でカレーを作った。私の分まで……。


彼という存在が分からなくなる……。


私は何を思ったのか、真剣に勉強をしている彼の元にそっと近づいていくけど、悩みながらもペンを走らせている彼はまだ私に気づかない。


「……ねぇ」


私が一言声をかける。


……無視。


「ねぇってば!!」


……無視。


「ちょっと、聞いてるの!?」

嫌われてはいないはずなのに無視する彼に、私はだんだん腹が立ち、彼の肩を掴んでみる。


すると、兄は「うわぁ!!」という間抜けな声を上げてひっくり返りそうになる。その拍子に耳からワイヤレスのイヤホンがコロンと落ちる。


なんとか体勢を整えて、驚きで息を弾ませた兄が私の顔を見るながら、「な、なんだ……かぐらか。驚いた!!」と話す。


「なんだとは何よ!!無視するなんて酷いじゃない」

人のことを棚に置いて、私は兄に抗議をする。


2人きりになるのが嫌で早々に自室に籠り、ふて寝を決めかねていた私が言えた義理ではない。


だけど、兄は申し訳なさそうな顔で「すいません……」と謝る。


別に謝って欲しい訳じゃないけど、その謝罪になんとなく腹が立っていた……。


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ポンコツ義妹は恋愛脳〜モテるはずなのに彼氏ができない。どうやら彼女には好きな人がいるらしいが、その相手は……えっ、俺なの? 黒瀬 カナン(旧黒瀬 元幸 改名) @320shiguma

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