第5話 ポンコツの思惑

ソファーに寝っ転がり、ぼーっとテレビを眺めていると9時30分ごろに妹は現れた。いかにもお出かけしますと言うめかし込んだ格好でだ。


いつもは控えめな化粧も、今日はしっかりとしているようで、その姿はまるでデートに行くような出立ちだった。いつもの可愛らしい妹とは違う色気を感じる。


「お待たせって、あれ?」

リビングに入ってきた妹が、俺の姿を見て怪訝な顔をする。


それもそのはず。

だらしなくソファーに寝転んでいた俺の姿はジャージ姿で、頭も寝癖でボサボサ。

送っていくだけとはいえ、外出する格好とはいいがたかった。


それを見た妹は、はぁ〜っと大きなため息をつき、後ろ手に隠していた何かを俺に差し出してきた。


それはスキニーの黒いパンツに白のシャツだった。

それを俺に手渡してきたかと思うと彼女は、「着替えて!!」と迫って来る。


「……これは?」

妹の不機嫌にそうな表情と差し出された服に戸惑うも、彼女は「いいから着替えて!!」の一点張り。


渋々、俺はリビングを出て脱衣場で着替える。

妹に差し出された服のサイズはぴったりだった。


「ねぇ、終わった?」

俺が着替えを終えて脱衣場を出ようと歩き出そうとした時、妹が外から声をかけてくる。


「ああ、着替えたぞ?」

と言って、脱衣場の扉の鍵を開け、妹の前にでると彼女と目が合った。


その表情はぱっちりとした目を点にし、無言で俺の姿を見つめていた。だが、ハッと何かに気がついた彼女は首を左右にふり始める。


その挙動不審な態度を訝しんでいると、妹は俺の頭を指差す。


「な、なんで髪も整えないの?」


「えっ?メット被るからいいじゃん。別に俺に用があるわけじゃないんだし……」

と言うが、妹は目をジト目にし、「だーめ!!」と言って俺を洗面台まで連行する。


「(せっかくかっこいいのに……)」

俺の背中を押しながら、妹が何かを呟く。


「ん、なんか言ったか?」


「なんでもない!!それより、早くセットしてよね!!時間がないんだから!!」

妹は疑問に答える事なく、俺を鏡の前に立たせる。


そして引き出しからジェルワックスやら櫛やらを取り出すと、俺の頭に手を伸ばす。


……が、背が足りずに背伸びをし、俺の髪をセットし始める。


「あー、もう!!ちょっと、しゃがんでよ!!届かないじゃない!!」

必死に手を伸ばしながら、怒り始める妹の言葉を聞いて俺は苦笑する。


俺は180センチで妹は自称150センチ。その身長差で立ったまま髪をセットするのは大変なのだろう。


哀れに思った俺は妹と同じようにつま先立をする。

もちろんわざとだ……。


「な、なんでつま先立ちするのよ!?せっかくセットしてあげてるのに!!」


……なんたるいい草。送ってもらう分際でなぜここまで恩着せがましい言い方ができるのだろう。


半ば呆れながら、「俺が出かけるわけじゃないし」と、すっとぼけると妹はポカポカと猫パンチを始める。


その柔らかい手からつたわる緩い衝撃を俺は笑いながら受ける。そんな俺を見て彼女も笑う……。


その笑い声にやれやれと腰を落とすと、彼女の手が俺の頭を優しく撫で、再び髪をいじり始める。


たった2人だけの優しい時間がゆっくりと流れる。


いずれはこうやって戯れあう事も、笑いあうこともなくなる。兄妹とはいえ、他人である俺たち二人の宿命だ。ならば、今を楽しもう。


……とはいえ、妹は次第に俺の髪をで遊び始めだす。七三分けからはじまり、オールバックにしたり髪を立てたるなど、あれは違う、これは違うと言いながら髪をいじくり回す。


「あ、あの……、かぐらさん?」


髪をいじる事に熱がこもり始めた妹に恐る恐る声を掛けると、妹は「あー、ちょっと静かに!!女の子と違って男子は髪が短いんだから、どうやったらかっこいい髪型になるか研究してるんだから!!」と怒鳴る。


その言葉に俺は声を詰まらせる。

今の妹の行動は目的を逸しているのだ。


少なくとも、彼女は友達と遊びに行くのが目的のはずが、何故か俺の髪をいじる事が目標になっているのだ。


まぁ、俺を彼氏と見立てての行動なら納得もいくが、その見栄には乗らないから無意味なのだ。


だが、未だに彼女は俺の髪を弄りまくっている。


……このままじゃ、将来は禿げるな。

文字通り、自分の髪の明るい将来に絶望しながらスマホに目をやる。


「……あの、かぐらさん?そろそろ、出ないとやばいんじゃ?」

そう言って、俺はスマホを妹に見せる。

時刻は既に10時を回っている。


スマホの画面を見た妹はその場にフリーズする。

何時に待ち合わせしたのかは分からないが遅刻しそうな時間なのだろう。


「ヤッバー、早く出なきゃ!!」

我に帰った妹は真っ青になりながら、ぐじゃぐじゃになった俺の髪をそっちのけで脱衣場を飛び出していく。


その後ろ姿と無残な姿に変貌した自分の髪の毛を見て俺は大きなため息をつく。

あんな奴だが、なぜか許してしまう自分にほとほと呆れてしまう。


「輝夜ぁ〜、はやくはやくぅ〜!!」

リビングに荷物を取りに行ったであろう妹が玄関から俺を呼ぶ。


「誰のせいだ……誰の」

人の気も知らないで急かして来る妹に聞こえないように呟くと、ぐじゃぐじゃになった髪の毛を手櫛で整えると、妹を追って家から出る。


既に妹は俺の単車の前で今か今かと気が気ではないようだった。


俺はフルフェイスのヘルメットをつけて単車に跨ると妹に予備のヘルメットを渡す。それを受け取った妹はヘルメットを被ると、バイクに跨り、俺の服の裾を掴む。


俺はバイクのエンジンをかけて軽くエンジンを吹かすと妹に指定された駅へと向かう。


その道中、信号が赤になった時を見計り、俺は偽彼氏の件をどうするかを伺う。


すると、彼女はグッと身体を俺にピタリとくっつけて来る。柔らかい物体が俺の背中に当たり、少し鼓動が速くなった。が、それを悟られまいと俺は後ろを向かずに妹の答えを待つ。


「私がなんとかするから、輝夜は私に合わせてくれるだけでいいよ……」


「……分かった」

信号が赤から青に変わり、話が途切れる。


遅刻ギリギリな妹が何か策を弄する事ができるはもなく、俺にしたって既に乗りかかった舟なのだ。ジタバタしても仕方がない。


諦めて単車を走らせていると、妹は俺の背中におでこを当ててきた。幸いにもヘルメットを被っているから、俺の高鳴る鼓動は彼女には届かないだろう。


妹に指定された駅に着くと、既に妹の友人が待ち合わせ場所に着いていた。


妹は俺の単車から降りるとヘルメットを脱ぐと、友達に「ごめーん、遅くなって!!」と謝罪する。


俺は妹からヘルメットを受け取ると、クラスメイトに対してペコリとお辞儀する。そのお辞儀にクラスメイトも慌てたようにお辞儀をかえしてくる。


「じゃあ、帰るとに連絡入れるね」


「……ん?ああ、分かった」

先ほど言われた通り、俺は妹の言葉にうなづく。


「じゃあ、頑張ってね。いってらっしゃい!!」


……いってらっしゃい?

言葉の意味が分からず首を捻ると、彼女は『早く行け』といわばかりが俺に手を振る。


「じゃあ、気をつけて……」

俺は空気を読んで、余計なことは言わずバイクを走らせる。


ホント、何を考えているんだろ……。

帰りの道中、俺は妹の意味深な言葉に悩まされたのは言うまでもなかった。

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