第4話 ポンコツの見栄

妹の言葉に俺は一瞬……戸惑った。

見栄でも、嘘でもない彼女の本音を聞いたからだ。


もちろん、彼女が幸せになる事について止めることもなければ、否定する事もない。


ただ、俺のどことなくもやっとした感情が残る。

家族として、兄として彼女の成長を喜ぶべきなのに、不思議とそれが出来そうもない自分がいるのだ。


可愛くて、人気者で、見栄っ張りで、俺がいなければなるも出来ないポンコツな妹に好きな人がいる。


その事実に、不快な気分と違和感を感じずにはいられない。


俺は真っ直ぐに妹の顔を見る。

彼女の顔は朱に染まり、下を俯いている。


……あ、こうやって大人になっていくんだな。


そんな見た事のない妹の表情を見て、俺は彼女の成長を悟る。

赤の他人だった義理の妹と一緒に暮らすようになって3年。

紆余曲折はあったものの、こうやって家族として一緒に過ごしてきた。


姉が結婚して出て行ってからは実質2人暮らしをしているようなものだが、いずれは妹はこの家から出ていく。


彼氏を作って、結婚して、子供を作る……。

そんな未来が近い将来訪れるのだろう。


その事実は俺にも言えることなのだが、変わらずにはいられない日々を俺は受け入れていけるのだろうか?


このポンコツが自立をし、仕事をし、家庭を守ることが果たしてできるのだろうか……?


どことなく、娘を彼氏に持っていかれるお父さんのような感覚に似ている。

もちろん、17歳になったばかりの俺に結婚前の娘がいるわけではないので想像に過ぎないのだが、当たり前のものが当たり前じゃなくなることを受け入れられない感覚は似たようなものだろう……。


……なまじ距離が近過ぎたのだ。


だが不快な気分と共にどこか違和感を感じずにはいられなかった。


「だから……今日だけは彼氏のフリをしてくれない?」

不機嫌な表情をしているであろう俺の顔をおずおずと見上げながら、妹が彼氏のフリを頼んでくる。


妹の発言により、ようやく違和感の正体が顔を出す。

妹の頼みが彼氏のフリをすることだということを俺は忘れていたのだ。


今の俺が置かれた状況は妹に好きな人がいるということを聞かされることではない。むしろ、彼女の見栄により偽の彼氏に仕立てられそうになっているということこそ問題なのだ。


「はぁ!?無理に決まってるだろう!!なんで俺が彼氏役なんだよ!!」

彼女の見栄による無茶振りで迷惑を被ってきたのは今に始まった事ではない。


弁当の件も然り、高校受験の時も然り……、毎回彼女の見栄は俺に害を及ぼす。

当然俺はこれまでも必死にその無茶振りに対して応えてきたのだけど、今回の件については目に余る。


妹と俺は同じクラス。妹が今から遊ぶ女子はクラスメイトなのだ。

ということは必然的に俺ともクラスメイトであるわけで、そんな彼女と面識はある。


そんな相手に対して、「ははは、彼氏です〜」なんて間抜けヅラを晒せば絶対にクラス中の話題になる。


……いや、学校中を巻き込む形で騒動になるだろう。

何回も言うが、うちの高校で妹を知らないものはいない、いわゆる学園のアイドルが俺のような男と付き合っていると知られた日には暴動が起こるに違いない。


そんな俺の苦悩をよそに妹は自分の顔の前で手を合わせ、「お願い!!」と頼み込んでくる。


「嫌だよ、無理に決まってる」


「輝夜さま、そこをなんとか!!」

頭を抱えながらキッパリと断る俺に、しつこく食い下がってくる妹を見て、俺はため息をこぼす。


「いやいや、?それなら好きな人に頼めよ……」


「それができないからこうやって必死で頼んでるんじゃない!!」


「どうして?それこそ、付き合うきっかけになっていいと思うんだけど?」

というと、妹は少し何かを考える様子を見せる……が、すぐに顔を赤らめて、「無理無理!!」と言いながら首を横に振る。


「何が無理なんだ?せっかくのチャンスなのだろ?それに、いくら兄とはいえ他の男に彼氏役を頼む女なんて好きな男からしたら嫌だろ。両思いだったとしても100年の恋も冷めちまうらいに……」


俺の疑問に妹は、「それなら大丈夫!!」意味不明な自信をのぞかせる。


……何が大丈夫なんだろう。

自信満々な妹に呆れはてながら、「とりあえず、俺は嫌だからな?」と念を押す。


妹の恋路の邪魔をしたくない……と言うのは建前で、俺の平穏な生活を失いたくなかった。


「なんでよぉ〜」

不満そうに口を尖らせる妹に、俺は本音を告げる。


「クラスメイトには俺たちが付き合ってることになるんだぞ……」


「……嫌なの?」

俺の言葉に妹は瞳を潤ませながら言ってくる。


……ずるい。

妹とはいえ、曲がりなりにも彼女は美少女だ。

嫌な気はしない。


だが、それとこれとは話が別だ。


「いやとかじゃないけど、兄妹で彼氏のフリをするとか……なんか気持ちが悪い」

と、俺が妹から視線を逸らすと彼女はますます不機嫌に口を尖らせる。だが、何が思い付いたのか、「大丈夫、私にも考えがあるから……」と言って悲しげにリビングからでていく。


その間際、彼女はリビングの扉の前で立ち止まると、「10時に家を出るから、バイクで駅まで送ってくれる?」と、話す。


送るくらいならいいか……と思い、俺は「分かった」と言うと、妹は静かに「お願いね……」と言って、自分の部屋に戻っていった。


その後ろ姿を俺は眺めていた。

妹が何を考えているのかは分からなかったが、考えても仕方がないので、俺は指定された時間までリビングで待つ事にした。

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