第3話 ポンコツの好きな人

「んで、何で断らなかった?」


「え、えっと〜」

日曜日の朝8時、妹が俺の問いに目を泳がせる。


「何で断らなかった!?」

俺は念を押すように質問を繰り返すが、妹は汗を垂れ流すだけで答えない。


そりゃあそうだ。

彼女にとって今は針の筵にいる気分だろう。


自分の見栄がまた自分の首を絞めているのだ。


……何をしたかって?


それは金曜日にまで遡る。

これまた昼休憩に事件は起こったのだ。


妹が誰かからラブレターを貰ったとの事で、教室中が何故か色めきたっていたのだ。


俺と和也は弁当を食べながら触らぬ神に何とやら、我関せずと言った形で見ていた。


妹に彼氏がいようがいまいが俺には関係ない。

もちろん少し付き合いは疎遠になるだろうが、兄妹なんてそんなものだ。


彼女の生き方を止めたり、嫉妬に狂う事はまずないだろう。


「ねぇ、かぐら。どうするの?受けるの?」

色恋沙汰に多感なお年頃なクラスメイト達はこぞって妹にどうするかを尋ねる姿を見ると、まるで獲物に群がるピラニアだ。


側から見る分には楽しい……。


だが、この日も彼女の見栄は炸裂したのだった。

俺を巻き込む形で……だ。


「えっ、断るけど……」

妹のその言葉に再度クラスメイトがざわめきをあげる。女子達の残念がる声と、男子達の安堵のため息だ。


何度も言いますが、彼女はモテるのだ……。

彼女の一挙手一投足がクラスメイトに大きく波紋する。もちろん、いい意味でも悪い意味でも……だ。


唯一誰にも流されない人間は俺だけだろう。


だが、次に耳にした言葉にクラスメイトはおろか、俺まで耳を疑った。


「何でよー」と話すクラスメイトに対して彼女はトンデモ発言をし始めたのだ。


「えっと……、私、彼氏いるもん」

その一言にクラスメイト達が一瞬、沈黙し……、一斉に「えーっ!!」と言う声をあげたのだ。


その驚きはまさに阿鼻叫喚。クラスの女子達は彼氏の存在に色めきたち、妹に気がある男にすれば清楚で男っけのない彼女に彼氏がいた事に絶望する。


もちろん、俺も驚いた……。

感情的な嫉妬もなく、絶望でもない、ただの驚きだった。


彼氏がいると言うそぶりを家では一切見せなかったのだ。


妹はそんなに家から出る方ではないし、どちらかと言うと奥手……。俺とまともに会話できるようになるまでに一年近い時間を要したほどなのだ。


そんな彼女に彼氏がいようものなら見てみたい気はするが……、それを嘘だと見抜くまでにそう時間は掛からなかった。


遠目から見ても目が泳いでいるのである……。


……さて、どうするのか。見ものだ。

阿鼻叫喚、地獄絵図と化した男たちの怨嗟の声をよそに、嘘を見破った俺は高みの見物と言わんばかりの余裕だ。


「えーっ、かぐらって彼氏いるの?」


「う、うん……」


「えー、どんな人?写真ない?」

そんな義妹に友人の一人が嘘と知ってか、知らずかぐいぐいと絡んでいく。


嘘をついている妹はどんな嘘をつくのだろうと興味深々に聞き耳を立てていると彼女の口からすらすらとその特徴が出てくる。


「えっと……、背が高くて、優しくて、かっこよくて、勉強ができて……、かっこいい人。ごめん、写真はまだないの」

確かに表面上の特徴はすらすらと出てきたが、肝心な人となりは出てこない。


「えー、それじゃあわかんないって。どんなひと?どこで会ったの!?」


「え、えーっと……」

さっきまですらすらと出てきていた嘘が途絶える。


何の為に嘘をついたのか、甚だ疑問になる。

だが、ふと妹と目が合う……。今度は目を泳がせている訳ではなさそうだ。


「えっと……、幼稚園の頃に知り合って、そこからずっと好きだった人で同級生の子!!もういいでしょ!?恥ずかしい……」


……ふむふむ、幼稚園から好きだった子で同い年の男の子かぁ〜。よくもまぁ、そんな設定を作り上げたものだな。


真っ赤な顔で彼氏との馴れ初めをクラスメイトに語る妹の嘘に呆れながらも感心していると、次の瞬間「じゃあ、今度会わせてよ!!」と言う声が聞こえる。


「えっ!?」

妹の表情が急に固くなるのを見逃さなかった。


そりゃそうだ。


妹の話はフィクション。この物語の登場人物は実在しません!!仮にいようものなら俺は全裸で校内を一周してやる!!


口に出さないから言える事ってあるよね☆

QEDが完了した俺は余裕の笑みをこぼす。


だが、口から出た嘘を妹が簡単に訂正するはずもなく、冒頭……今朝の話に戻るのだ。


「なんで断らなかった?」


「だってぇ〜、仕方ないじゃない。日曜日に遊ぶ約束しちゃったし、その時なら会えるって言っちゃったんだもん!!」


……だもんじゃねぇ!!

妹のぶりっ子に若干の……いや、かなりの殺意を抱いた俺だったが、可愛いは徳だな。簡単に許せてしまう。だが、だからと言って怒りが収まる訳ではいので、一応聞かなければいけない事は聞いておく。


「んで、なんで俺が行く事になったんだ?えっ?」

と言うと、妹は話を逸らすために口笛を吹く真似をするが、ちゃんと吹けずにすこーっと言う息を吹く音だけが室内にこだまする。


その音にイラつきを覚えた俺はついに我慢の限界を超え、指の骨を鳴らす。もちろん、女子に手をあげるわけにもいかないので、軽く脅す程度だ。


だが、俺の対応に妹は恐れ慄き始める。


「ごめん、ごめんって!!だけど、これには深いわけがあるの!!」


「どんな?」


「そ、それは……」

彼女はおずおずとその理由を話し始める。


要約するとこうだった。

1.男に告白をされて困っている。

2.断りにくいから今後は告白されたくない。

3.彼氏がいることをみんなが知れば告白されなくなるだろう。

4.クラスメイトが見れば疑いようのない事実に認定されるだろうと言う事らしい。


「なんでだよ。告白されたく無いなんてもったいねぇ。もしかしたらいいのがいるかも知れねぇぞ!!おモテになるやつのことはさっぱりわからん!!」


こちとら一度も女子に告白された事のない俺には分からない答えだ。そこはかとなく腹が立って来るのを堪えていると、妹は「だって〜」と続きを話し始める。


「私は王子様を求めてるの!!そこらに転がってる芋じゃダメなの!!」


……はぁ!!王子様だぁ〜?そんなん、いるわきゃねぇだろ!!それにさっきのラブレターの相手、クラスメイトでもイケメンの方だぞ!?


妹のお花畑な脳内と振られたイケメンくんを哀れに思っていると、妹は話を続ける。


「それに、私、好きな人がいるから……」

妹のその一言に、俺は衝撃を受けた。


その目が真剣で一切……泳いでいなかったからだった。

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