第2話 ポンコツな風景
立てば芍薬 座れば牡丹 歩く姿は百合の花
という言葉を聞いた事あるだろうか。
美しい女性を表した言葉で有名だが、うちのクラスでもよく聞かれる言葉だった。
これは誰を表した言葉か……言わずもがな。
うちの妹、夜野かぐらを表した言葉だ。
妹は学年でも1、2を争うほどかわいいと噂になるほどの人気を博している。
顔は目が大きくつぶら、細くすらっとした小柄な体型に大和撫子を思わせる黒く長い髪、そして物腰が柔らかく控えめな性格が学内での評判にいっそうの箔を付け、今では彼女に惚れない人間はいないというのだから恐ろしいものだ。
そんな妹を、俺は教室の片隅で本を読みながら横目で見ていた。昼休憩になり、彼女はクラスの女子とクスクスと楽しそうにおしゃべりをしている。
まさか高校入学から2年続けて同じクラスにされるとは思っていなかった。どことなく気まずい……。
幸いな事に彼女と姓が違う為、クラスメイトに義理の兄妹だということはバレていない。
バレようものなら学校内の男子から嫉妬をされそうで怖いから、自分の口からは言わない。
穏やかで何もない平凡な日々が続いて欲しいものだ……。
そう願っていると、俺に人影が近づいて来て前の席に座る。
「よう、輝夜!!昼飯食おうぜ!!」
「おう、和也。おせぇよ。腹減った!!」
こいつは鳥居和也。俺の保育園からの幼馴染で、小学校は一緒だったが、中学では俺が転校した為別々の学校に通っていた。
だが高校でまさかの再会を果たし、こうやって一緒に昼食を取る仲だった。
「なんだ、また本でも読んでたのか?好きだねぇ」
「はん、うっせぇわ!!」
弁当の風呂敷を開きながら、和也は笑ってくるのをこちらも弁当のを取り出しながら鼻で笑う。
こいつも背が高くイケメンで性格はいいのだが、本来ならクラスのトップカーストに入りそうな奴なのに、人見知りのせいでわざわざ違うクラスの俺のところまで弁当のを食いにやってくる残念な奴だった。
それを知っているからこそ、その軽口を軽く流せるわけだ。
「「いただきます」」
二人揃って弁当を開けて律儀に食前の挨拶をする。
別に食前の挨拶をする理由はない。
この弁当は俺が作っているからだ。
昔から姉と一緒に料理をする事が多かったが、姉が仕事で家を開けるようになってからは、俺が作るようになったのだ。
「お前の弁当、美味そうだな……」
和也が自分の弁当を頬張りながら俺の弁当を見てくる。
「食いながら話すなよ、行儀悪りぃ……」
「相変わらず、お前の、姉ちゃんが、作ってる、のか?」
「いや、違うぞ?俺が作ってる。中学に入ってからは弁当はほぼ自分で作ってるよ」
弁当を食べながら、俺は淡々と自分で料理をしている事を伝えると、和也はごくりと口に入っているご飯を飲み込む。
「ほぇー、すげぇな……お前」
「顎にお弁当をつけてんじゃねぇよ。ガキか……」
イケメンに不釣り合いなほどガキっぽい和也の顎についた米粒を俺はティッシュを取り出して拭き取ってやる。
「……あ、悪りぃ」
「どーいたしまして」
拭き取ったティッシュを和也の手元に置くと、俺は改めて箸を取る。
すると、その様子を和也はマジマジと見てくるので、「なんだよ……」俺は和也を睨みつける。
すると奴は、「なんか、オカンみたいだな」と笑う。その言葉に俺は恥ずかしくなり、「うっせぇわ!!」と強い口調でいう。
好きでこんな性格になったわけではない。
こうなったのにも原因があった。
その原因たる妹の方を見てみると、妹達もお弁当を食べ始めるようでお弁当を前に手を合わせていた。
「うわぁ〜。かぐらのお弁当、おいしそう!!」
そして蓋を開けた妹の弁当を見た友人の声が聞こえてきた。それを聞いた妹も、「でしょ!!」と、得意げに答えていた。
……なぜお前が胸を張る。
声のでかい妹達の会話が筒抜けの俺は呆れながら、妹を遠目に睨んでみるが、妹はその視線に気づく事なく楽しそうに話を続けている。
「ねぇねぇ、かぐらがつくったの?」
「えっ?」
「えっ?じゃないよ、このお弁当、かぐらが作ったの?」
友人から作った人間を問われ、妹は急に目を泳がせる。
……それはそうだ。そのお弁当を作ったのは俺だった。さて、どうする?
なんか妹の旗色が急に悪くなったのを俺は聞き逃す事なく、彼女がどう言った反応をするのかを伺う。
「も、もちろん私が作ったでありんす!!」
急に花魁言葉で嘘をつく妹に俺は口角を上げる。
もちろん嘘だ。
あれも俺が作ったものだった。
だが彼女の性格上、出来ないことをできると見栄を張る癖があるのは既に3年同居していて既に分かりきっていた。
……さて、どうするものやら。
これはとばかりに彼女の様子を見ていると、視線を彷徨わせる妹と目が合う。
俺の視線に気づいた彼女はしゅんと肩を落とし、大人しくなる。
「すごいね〜。彩りとかちゃんと考えられてるし、すごく美味しそうじゃん!!」
「ま、まぁね……」
旗色が悪くなっても見栄を張ることをやめない彼女に笑いが込み上げくる。
間違いなく、あのお弁当は彼女のために作ったものだった。彼女は料理などできないので、多忙な両親に変わり俺が妹の弁当を作るようになった。
だから妹の弁当は彩りを気にするようにしている。
俺の弁当はどちらかというと彩りなど気にしない。まさにザ・男の弁当にし、妹のものとは違う人が作った感を出すようにした。
その理由は入学式の日、同じクラスになった事から兄妹と言うことがバレないようにするためのカムフラージュだった。
「へぇ〜、夜野さんって料理も得意なんだ。すげぇな。あれだけかわいいのに調子に乗る事なく、家事まで熟るなんて」
和也もそんな妹達の会話が気になったようで感心して俺に話を振ってくる。
和也の話に俺は鼻で笑いそうになっていると、妹の友人の一人がいい出す。
「この腕なら家庭科は安心ね!!あたし、料理が苦手なのよ!!」
その言葉に妹の表情が凍る。
だが、人気者の彼女の周りにクラスメイトたちが集まってくる。こうなったら妹が言うことは……。
「ま、任せてよ!!」
急に立ち上がり、ない胸をふんすと張る。
その頼もしい姿に男女問わずクラスメイト達が湧く。最初は悦に浸っていた彼女も自分のしでかした事に気づいたのか、我に帰る。
そして青くなりながらゆっくりとこちらに顔を向けてくる。
ご飯を食べ終わった俺は彼女の視線を無視する様に手を合わせると、弁当を風呂敷に包み、同じく食べ終わった和也と共に教室から出て行く。
その様子を妹は絶望した表情で見てくる視線を背中に感じながら、俺は自販機に移動した。
その後、帰宅した俺に対して妹が「裏切り者〜」と、理不尽な猫パンチを何度も繰り出してきたのは言うまでもなかった。
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