ポンコツ義妹は恋愛脳〜モテるはずなのに彼氏ができない。どうやら彼女には好きな人がいるらしいが、その相手は……えっ、俺なの?

黒瀬 カナン(旧黒瀬 元幸 改名)

第1話 二人の夜

「輝夜ぁ〜、お風呂上がったよ〜!!」


「ん〜、分かった〜」

風呂場の方からリビングに入ってきた妹の声が聞こえてくる。


その声を俺はテレビを見ながら生返事で答える。

会話そのものは特に何のこともない兄妹のただの日常だ。


だけど、ここ数日の俺にとっては何かの修行なのかと思うほど、辛い時間だった。


えっ、何が辛いかって?


高校生になる妹が最近、妙に扇情的な姿でリビングに戻ってくるからだ。


今日とて、髪を拭きながらリビングに戻ってきた妹はホットパンツにタンクトップ。そのタンクトップからチラチラと目につくナイトブラの紐がやけにいやらしさを増す。


妹のそんな姿を目にして興奮するなんて、兄として終わっている……普通ならばそう思うだろう。だが、俺と妹は兄妹であって兄妹ではない。


両親の再婚……と言う名の事実婚で家族になった、いわゆる義理の兄妹なのだ。


名前は夜野かぐら、俺と同い年の17歳。

中学校の入学前に両親が再婚し、同居する事になったのだ。


最初はどこか他人行儀だったが、俺と血の繋がった姉の存在があり、その仲裁で少しずつ仲良くなっていった。

とはいえ、妹と兄妹になって既に4年という月日が流れている。だから思春期だったとはいえ、意識するほどの仲ではない。


むしろ、つかず離れずをモットーにこの3年間を過ごしてきた。


……いや、過ごしてきたはずだった。


だけど、ここ2ヶ月で妹はやけに綺麗になった。

1ヶ月前まではあまり飾りっ気もなく、身長も胸部も成長しない地味な女だった。


だけど、1ヶ月前の姉の結婚式に参加した頃から、妹がやけに色気付き始め、最近では誰がどう見てもかわいい美少女になったのだ。


そんな変わっていく妹を俺はさして興味もなく、彼氏でもできたかな?と眺めていた。


だが、妹の行動が変なことに気がついたのはここ一週間前の事だった。


俺は普段は部屋に籠っている事が多いのだが、みたいドラマがあるときはリビングに降りる。テレビはリビングにひとつしかないから完璧に篭り切る事ができないのだ。


だが、そんな時に限って妹も決まって部屋から出て来るのだ。


今日にしても、見たい映画があるから部屋から出てきた俺を待ち構えていたかのように妹も部屋から出て来る。


そして双方に無言で一階のリビングに向かうのだけど、妹はチラチラとこちらを見ながら先を行く。その視線に耐えかねた俺はぶっきらぼうに、「なんだよ?」という。


「……今からお風呂に入ってくるから、絶対覗いたらダメだからね!!ダメなんだからね!!」

と、いかにも大事な事なので2回いいましたと言わんばかりに言ってくる。


妹の発言には驚きはするも、すでに慣れたもので俺は冷静に、「バカか、覗かねぇよ!!」とツッコむ。


脱衣場のドアには入浴中の札があり、鍵もついている。第一、そう言われて覗きに行く人間がいるだろうか?


……いや、いないだろう。

流石に義理の妹とはいえ、家族だ。


家族に怒られてまでそんな危険を冒そうとは思わないし、血は繋がっていなくても家族だ。俺が姉に魅力を感じないのと一緒で妹にも魅力を感じない。


だからこそ出張で家を開けることの多い両親がおらずとも、こうやって家族として過ごしてこれたのだ。


……第一、好みじゃないしね。


そんな失礼な事を考えていると、妹は「あっそ!!」と言ってふいっと顔を背ける。


その態度に俺は頭を掻きながら脱衣場に向かった妹と別れてリビングのソファーに座りテレビを見ていた。


それが冒頭……今に至るわけだ。


妹は髪を拭きながら、その艶かしい肢体を俺とテレビの間に割り込ませる。


「何やってるんだ?見えないんだけど……」


「別にぃ〜」

俺の疑問をはぐらかすように、妹は視線を逸らす。


その意味不明な態度に、俺はため息をつきながら身体をテレビが見える位置までずらす。


妹の身体がようやく視界から離れ、テレビの画面が見えた……と思ったら、再度、妹は俺の前に立ち塞がる。


「ねぇ、お風呂入ってきたら?お湯が冷めちゃうよ」

そういいながら、顔を俺の視線の位置に合わせるように屈ませる。


妹の顔が近い。意識はしていないとはいえ、タンクトップの隙間から見えてくる、その小さな胸部も目につき俺は目を逸らす。


「あ、ああ。この映画が終わったら入るよ……」


「……あっそ」

俺の答えにつまらなそうに返事をすると妹は立ち上がり、俺の視界から離れる。


ようやくテレビが見れることに安堵した俺はホッと一息つき、映画の続きを見る。だが、妹が何をするのか気になった俺は横目で妹を追う。


妹はゆっくり動き始めたと思うと、ストンと俺の隣に腰を下ろし、髪をタオルで拭いている。


「……部屋に行かないのか?」


「髪をドライヤーで乾かさないといけないから」


「そっか」

そんな会話を皮切りに、会話が途切れる。


両親が出張でいないたった二人だけのこの広い家に映画に出ている役者の声だけが響く。


今までであれば、姉もいたから気にする事なく過ごしてこれたが、今はなんとなく気まずい。


「ねぇ……」

妹も気まずい空気を察したのか、短く声を出す。


俺も声を出そうとするが、情けないことに「ん?」としか答える事が出来ない。


再び沈黙が流れる……。


先手を打ってきたはずの妹からの続く言葉がない。

どことなく彼女も気まずさを感じているのだろう。


そう思い、俺は「どした?」と、言ってみる。

すると彼女は何かを言おうとして……やめる。


「……この映画、面白い?」

妹がようやく絞り出した言葉がこれだった。


「ああ、面白い……と思うぞ?」


「あっそう……」

単調な会話だった。


たしかにこの映画は面白い。一時期話題になった恋愛映画なのだが、今日に限ってはさして中身が入って来ない。


ただ、その会話を聞いた妹は流し見をやめ、集中しはじめた。その様子を見た俺も合わせて画面を食い入るように集中する。


しばらく二人並んで静かに映画を見ていたのだが、次第に描写が艶かしものになる。


所謂濡れ場……家族と一緒に見るには恥ずかしい場面が次々と流される。


気まずい空気がますます重くなる。

この映画を面白いと妹に勧めた俺は顔は火を噴いたように熱くなる。


……何が感動の名作だ、畜生!!

心の中で映画に対して八つ当たりのような文句を言い、ふと気になって妹の様子を見る。


すると、妹は耳まで真っ赤にして俯いている。

予想外の様子に俺は不意をつかれ、笑いそうになる。俺が見た事のない妹の一面だったからだ。


しばらく気まずい場面が続いたが、CMに入ると妹は急に立ち上がり、「あ、あー、髪乾かさなきゃ!!」と言ってリビングから出ていってしまう。


取り残された俺は最初は呆然としてしまったが、先ほどの様子を思い出し……笑ってしまった。

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