森の中

チカチカ

1話完結

私の生まれはN県。N県の出身だと言うと、大抵の人は、「趣があっていいところですよね」とか、「修学旅行で行きました」という反応をするが、私の生まれ育ったところはN県の南部で、N県出身の人ですら、「そんなところ、ありましたっけ」という顔をするくらいの田舎だ。有り体に言えば、村。そう、村としか言いようがない。


村のお年寄りはほとんど全員畑か田んぼを持っていて、子供の頃は田植えを手伝わされた。

父親世代は消防団に、母親世代は婦人会に属し、私たち子供はと言えば全員子供会に所属する。

消防団は自警団も兼ねていて、定期的に村の中の見回りを行っていた。

冠婚葬祭のうち「祭葬」は村の消防団と婦人会が担う。

秋には消防団、婦人会、子供会総出でだんじりを引くお祭り。

不幸事があったときには村で唯一の「お寺さん」で葬儀をするか、それぞれの家で行う。

村の道路がアスファルトになったのは、確か、私が小学校になってしばらくしてから。

信号が設置されたのは、それよりも後だったか。大勢の村人が信号を見に行っていたっけ(文明開化じゃあるまいし)。

子供が通う小学校は、数キロ離れたところにあり、私たちの村の子供だけが唯一、自転車で通うのを認められていた。


お宮参りも村にある神社で行っていた。

七五三や新年のお参りは、車で15分程度かかるところに大きな神社があるので、そちらに行く人の方が多かったけれど、生まれた子のお宮参りだけは、村の神社で行っていた。

今思い返せば、お寺さんもいるのに神社もあるって不思議だ。神仏混合とはこのことか。


さて、そんな田舎だが、確か私が小学校に入ったかどうか、というときにちょっとしたできごとがあった。

その日は日曜日だったと思う。

朝からなんだか家の中がバタバタしていて、なんだろう、と思っていると、父親も母親も慌てた様子で家の外に出ていった。

私は気になって、玄関の扉をそっと開けて、こっそり外に様子を見に行った。

そうしたら、たくさんの大人達が集まって、何やらひそひそ話している。

お年寄りもたくさんいた。

そして、皆、何というか、険しい、怖い顔をして、神社がある森の方を見ていた。


私の他にも、大人達の様子が気になったのか、子供が何人かいたと思うけれど、大人達が気付いて、「子供は家に入っていなさい」とか何とか怒られたような覚えがある。

その後、私は、つまらないなあと思いながらも素直に家の中に戻って、テレビを観ていたんじゃないかな。


それから次の日だったろうか、それとも数日後だったろうか。


村の子供達が集まって遊んでいると、一人の男の子が、

「なあなあ、あの日、神社の中で「呪いの藁人形」が見つかったらしいで」

とワクワクした顔をして、そう言った。

えーー! うっそだあ! とか、皆が驚くと、その子は、

「ほんとだって! 俺のおとん(※お父さん、のことです)、消防団だろ。あの日、消防団が神社の中に行って、木に釘で刺さってた藁人形を外してきたんだって。おかん(※お母さん、のことです)に話しているの、聞こえたんだ」

ほんとうーー! すごいね、と皆、ワクワク、キャッキャして、藁人形ってどんなんだろ、呪いって本当にあるのかな、と話をした。

何せ、田舎の村だ。娯楽なんてほとんどない。今と違ってゲームと言えばボードゲームかトランプか、そんな時代だったから、子供達にとって、「呪いの藁人形」という物騒なものだって「非日常」を感じさせる、何かわくわくする楽しいもののように感じたのだ。

そしてしばらくの間、子供達の間で「呪いの藁人形」に関する話が尽きなかったが、やがてすぐに話題としては廃れて、他の楽しい話題に興味が移っていった。まあ、子供なんてそんなものだ。


あれから、数十年が経った。

私は進学を機に独り暮らしを始め、そのまま就職もしたので、村に帰るのは年に1回程度になってしまった。

仕事が忙しく、また、遠い土地で暮らすようになると、帰省の数はさらに減った。

村ではご多分に漏れず、私のように若者は進学や就職を機に村を離れ、子供の数は減り、お年寄りの数が増え、畑や田んぼは維持できずに寂れていっている。

今では秋の祭りも行っていないそうだ。

寂しく思うが、これも仕方がないことなんだろう。


この間、久しぶりに帰省したときに、家の中に入る前にふと、神社がある方向に目をやった。

「森」とはよく言ったものだ。

大人になった今見れば、「森」なんて言えるような規模じゃない。

せいぜい、十か二十か、その程度の木に囲まれた、小さな小さなお社。

けれど、私は、決してあの中に足を踏み入れたいとは思わない。


あの頃には気付かなかった。

あの「森」は村の中にある。街灯もろくになく、家が密集している村で、村人以外の者があの森に入るのは目立つ。そんなことがあれば、消防団の誰かが見とがめていたんじゃないか。

村は市内の中でも外れたところにある。

村に来るには、自転車か車が必要だ。夜中に小さな村の中を灯りなしで走るのは危険だから、灯りは必須だろう。そんなことをすれば尚更、村の誰かが気付いていたに違いない。

だから、つまり、あの「呪いの藁人形」を神社の木に打ち付けた誰かが村人以外である可能性は低い。


誰かが誰かを、呪いたいほど憎んでいたのかもしれない。

誰かが誰かに、呪われるほど憎まれていたのかもしれない。

この小さな村の中で。


あの日の大人達の険しい顔。怖い顔。

それは、皆、そう考えたからではないのか。


そう思うと、なにやら背中がぞわっとして、あの「森の中」には決して入るまい、と思うのだ。




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森の中 チカチカ @capricorn18birth

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