うみちゃんとりく君と空野さん
「わぁ~~~~!」
数日後、同じ公園のベンチに座っていると、ダックスとラブラドールのうみちゃんを連れたお兄さんと再び会うことができた。
「あっ……この前は、服大丈夫でしたか……」
お兄さんはうみちゃんが飛び乗って来たときにスカートに付いた土を未だに気にしていたようで
「いや、もう、ぜ~んぜん気にしてませんから!むしろわんちゃん触らせてもらってありがとうございます!」
言いながら屈むと、二匹は相変わらずの人懐っこさでこちらに突進してくる。
さすがに前回のことがあったのでお兄さんはリードを強く引いて、特に勢い強めのうみちゃんはしっかりと制止できている。ちっ……お兄さん、腕上げたねぇ。
「そう言えば、こちらのダックスちゃんはお名前何て言うんですか?」
「あ、この子は『りく』です」
「りく君~~~~っ」
可愛い。
そもそも犬というのは可愛くて、ダックスは
わしゃわしゃと耳の周りを撫でてやると、嬉しそうに頭を擦り付けて来る。
もう、婿に来てくれ……お姉さんが一生懸命働いて養うから……
「はぁ~~ん可愛い~~~……」
無心になって二匹を愛でる。無心は嘘だった。実はちょっと後ろめたい。
無銭娯楽を探す一環でペットショップに癒されに通った頃、顔見知りになった店員さんに飼育の大変さをよくよく聞かされたから私は知っている。
触らせてくれる人懐っこくて優しい子に、それを許してくれるお兄さんだからいいものの、本来ならば多忙極まるであろう毎日のお世話の苦労を一切負わず、こうして公園で出会えば愛でるだけなど可愛さのサクシュと言っても過言ではない卑劣な蛮行。動物愛護過激派ツイッターに火炙りにされても文句は言えない。
ただ気持ちにのみ正直に表明するなら、毎日こうして会って愛でたい。
「犬がお好きなんですね」
「あっ、ハイっ。もう、大好きすぎて、このベンチで道行くわんちゃんを眺めながらぼんやりするのが趣味なくらいでもう~~…………」
犯行自白。
唐突なお兄さんの問いに、人様のわんちゃんを無遠慮に撫で回した後ろめたさもあってか、つい聞かれてもないことを答えてしまう。これがわんこじゃなくてその辺の小学生だったら事案である。私は留置所へ。詳細は明日の朝刊へ。
「ここ、お散歩のわんちゃんが多いみたいですね。僕も最近知って……」
「そうなんですか~~。いや~~お兄さんがここに来てくれて良かったです。おかげでうみちゃんとりく君みたいな可愛い子に会えて……」
お兄さんはキューピットだった!?
思えばわんちゃんにばかり注目してよく見ていなかったが、伸ばしっぱなしっぽい天パ頭は、その童顔も手伝ってどこか天使のように見えなくもない。
「お兄さんのお名前は何て言うんですか?」
「えっ……」
「あっ……」
いや不審か!?
可愛いわんこと触れ合わせてもらっておいて、お連れのお兄さんを視界から外すなんて失礼もいいところなのでは?なんて考えていたらそんな突拍子もないことを口にしていた。
唐突も過ぎる。そんで思い浮かんでから理性のフィルターをすり抜けて口を
これもこのご時世なら立場が逆だと事案……
「あー……えっと……
「空野 晴さん」
何て雲一つ無さそうなご機嫌なお名前だぁ。
「私、浅葱 海未です」
「浅葱……さん、髪留めとお揃いですね」
「あ、分かります?物知りですね空野さん」
サイドテールを束ねる髪留めの飾り。特に高価なわけでも、誰かから贈られたわけでも、思い出や思い入れがあるわけでもない。よくあるサブカルごちゃごちゃショップで何となく色が気に入って買った安物だ。
苗字が「浅葱」だから浅葱色……言っても中々理解されない、というかそもそも「浅葱」という文字列から「色」は中々連想されない。ので、人に説明する時にはキャッチーにターコイズブルーだとか言っている、まぁそんな色のガラス細工かレジンだかの装飾がついた髪留め。個人的にはチャームポイントだとかシンボルマークだとかそういうつもりで気に入っている……まぁ触れられたことないんだけど。
「ああいや、あー……まぁ、ハイ。色とか結構好きで」
「色が好きって面白いですね」
色が好きって、何にどう触発されてどう好きになるんだろうか?
ところでこのお兄さん、まだ夕方も早い時間にジャージにパーカーってえらくラフな格好で散歩してるけど、何してる人なんだろう?大学生?あ、美大生とか?気になる。聞いてみたいけど、さすがに一口に問い詰めすぎても不審がられそうだ。本日は質問〆切です。
と、そんなやり取りをしている内にうみちゃんは興味が順路に移ったようで、空野さんの手を引いてのしのしと歩き出そうとする。
「あぁっ……すみません、今日も可愛がってもらって……」
「いえいえ、むしろ触らせてもらってありがとうございます!ではまた!」
一旦お別れかな。未練がましく縋らずあっさり。しっかり「また」と含めて分別アピール。
……してみたけど、うみちゃんの猛進に引かれてあたふたしている空野さんには多分届いていなかった。
うみとわんこと青空先生 金沢美郷 @ngsk_ikoi
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