堕落の王
にゃ者丸
堕落の王
注意!!
こちらの短編には残酷な表現、または暴力的な表現が用いられています。
端的に言えばグロい単語や文章が出てきます。
続きを読む方々は、それを了承した上でお読みください。
◈――――――◈――――――◈――――――◈――――――◈――――――◈
思えば、誰も俺に期待などしていなかったのだと理解できる。俺が何かをしようとすると、必ず恐怖を浮かべて、やめろと騒ぎ立てるのだ。
ずっと孤独で、ずっと一人だった。
最後まで信じられると思っていた両親は、ある時から俺を周囲の人間と同じように否定した。
お前を産んだ事は間違いだった。お前が生きている事が間違いだった。お前が憎い。お前の顔を見る度に、お前の奥にある絶望がちらついて離れない。
ああ、そうかと、幼い俺は朧気ながら理解した。この
なのに、俺を殺せなかったのは、偏に俺の能力のせいか。
過剰な自衛を働いてしまう、この
なぜだか分からなかったけど、その時に俺は涙した。両親も、そんな俺を見て泣いていた。耳に入る両親のか細い「ごめんなさい」「すまない」という声が、俺の心を締め付けた。
痛くないのに、なんだか痛い気がして、俺は薬草を呑み込んで痛みを消そうとした。
だけど、痛みは消えなかった。
生きている意味が分からなくて、死ぬ事を考えた。
生まれて初めて自傷行為を働いた。何も与えてくれなかったから、何も触らせてくれなかったから、石を砕いて尖らせて、自殺しようと喉に突き立てた。
その瞬間、俺の足元が揺らいで、鱗のようなものに覆われた腕が伸びてきて、俺に触れずに尖らせた石を砕いた。
高い所から落ちて死のうと思い、崖から落ちた。地面から生えてこれないだろうと思ったから。これで邪魔されずに死ねると思った。
だけど、地面ではなく、俺の腹から怪物の首が生えてきて、崖の壁を噛み砕き、俺が落ちるのを阻止した。
今度は溺れて死のうと思った。森の中の湖に服を着たまま入り、思いっきり息を吐いて溺れようとした。だけど、背中から赤黒い枝が生えてきて、強制的に俺を岸に運び込んだ。
また、死ぬのを邪魔された。
今度は火に焼かれて死のうとした。身体中にたっぷり油を塗り、灯りにも使われる油の原液を頭から被って、自分に火を点けた。息が苦しくて、邪魔も入らなかったから今度こそ死ねると思った。
でも、俺の腰から黒い触手が生えてきて、大量の土を俺に被せて焼死を阻止した。
自分から土に埋まれて死のうとした。直ぐに腕により土から引っ張り出された。
毒を飲んで死のうとした。触手が喉に入ってきて、強制的に毒を吐き出させられた。
何度も死のうとした。その度に邪魔された。
自分からやるから駄目なんだと思い、盗賊の拠点に忍び込んで、彼らに殺して貰おうとした。
でも、俺の身体からまた腕と枝と触手と首が出て、残らず盗賊を皆殺しにした。残酷な光景だったと思う。そこら中に肉片が転がっている。
よく分からない、濁った黄色の混ざったピンク色の内臓が転がっている。
ピクピクと動いて、残った血を吐き出している。
辺り一面が真っ赤な血の海に沈んでしまった。近づいて来た魔獣らしき何かも殺していた。
死ねない。誰かに殺して貰おうと思ったのに、逆に殺してしまった。俺の能力は残酷だ。何があろうとも俺を死なせてくれない。
生きたいと思ってないのに、死にたいと思っているのに。
死屍累々の惨状を作り出しておきながら、俺の感想は「残念だ」という淡泊なものだった。
成長して、何かを学べるようになり、俺は自分が回りとは違うことに気づいた。いや、何で違うのかを理解した。
その上で、俺は自分が異常なのだと分かることが出来た。
常識、倫理、道徳………普通とは何なのか。
それを学ぶ為に、俺は学校というものに通うことにした。
年齢的に少年の頃。俺は勝手に俺を防衛する【能力】を、ある程度だが制御できるようになっていた。
以前のように、殴られたからと言って勝手に飛び出して反撃することもない。
流石に、死の危険があった場合は別だが、死の危険が無いなら勝手に出てくる事もなくなった。
これで、俺は普通に近づけたのだろうか。
友達と呼べるものは、一人もできなかった。いつも一人だった。
いじめられた。抵抗はしなかったけど、こんな事が楽しいのかと、俺は俺をいじめる子供達に対し、好奇心を抱いていた。
試しに反撃してみた。そして、同じことを一人一人にやり返してみた。そしたら、彼らは泣いて喚いて、もう俺に関わる事はなくなった。
俺は、また一人になった。
いじめは楽しいとは思えなかった。だって、誰かを嬲ることに必要性を感じなかったから。楽しいから誰かをいじめることなど、俺にはできなかった。
いじめる事よりも、俺には普通を知るという大事なことがあったから。
普通に振舞うよう心掛けた。その度に気味悪がられて、俺は孤立した。
学校で学べる事は無くなり、俺は外に出た。身分証欲しさに組合に入り、適当に諸国を巡りながら旅をした。
何がしたかったのかも分からないから、自分が楽しいと思える事を探そうと思ったから。
年齢的に青年と呼ばれる頃。俺は成人して、大人になった。
気紛れというか、偶然にも誰かを助ける機会があった。魔獣を殺すだけで感謝の言葉と共に金を渡された。
半ば無理矢理ではあったけど、俺は確かに、その誰かを助けるという行いに生き甲斐を感じた。
それから、俺は誰かを助けるという行為をする事にした。自分に何ができて、何が誰かの助けになるのか。
必死に考えた結果、やはり冒険者の仕事が手っ取り早いと考えた。
誰かを助ける仕事をして、口だけの感謝の言葉と共に、金を渡される。
その繰り返しではあったけど、俺は気持ちが良かった。
何だか、ようやく自分が誰かの一員になれた気がしたから。
誰かが俺を偽善者と呼んだ。意味が分からなかった。その時は、その言葉を思考から切って捨てて、何時もの用に人を助けた。
なるべく優しく、壊れないように。
ある時、二人の冒険者と偶然にも依頼を共にする機会があった。二人の冒険者に対し、親近感のような感情が沸いて、俺は自分のことを相手に話した。
なんで自分が人を助けるのか。なんで偽善者と呼ばれながらも、人を助けることを止めず、無理矢理にでも人助けをするのか。
二人の内、女の魔術師が笑みを浮かべながら俺を指さした。
「君は〝壊れている〟んだね。自分が人ではないと自覚しているが故に、誰かに自分は人だと言って欲しいと泣いている」
その顔は笑みを浮かべていたが目は笑っていなかった。真剣な眼差しで、彼女は俺をそう評した。
「君はどう思う」
女の魔術師は、片割れの男の剣士に向けて、問いかけた。俺も彼の回答が気になり、思わず前のめりになって耳を傾けた。
男の剣士が口を開く。
「俺には………お前が誰かに認めて貰いたいと、必死に足掻いているように思える。俺と同じようで、違う………まるで、お前は僕はここだよと鳴いているひな鳥みたいだ」
その返答は予測していなかったのか。女の魔術師はクスクスと笑った。
「なるほど、言い得て妙だ」
その時の俺には、まるで理解できていなかったが、後に俺は思い知った。
あの二入の冒険者が俺に言った、言葉の意味を。
◈◈◈
否定され、否定され、否定され、否定され――――――俺の人生は否定されてばかりだった。
人間に生まれたのに、人間として扱ってもらえず。
人間なのに、怪物を見る目で俺を見る。
俺は疲れた。愛する人を見付けても、必ず最後は否定される。
一時の肯定は直ぐに否定に裏返る。
そんな事の繰り返しなら、いっそのこと、俺は何もしなければ良かったんだ。
今なら分かる。あの
ああ、そうさ。悪いのは全部、俺だった。俺が全ての元凶で、俺が全ての原因だったんだ。
誰かの為になってみたかったのも、結局は人として見て欲しかっただけ。
怪物の俺を、同じ人間だと認めて欲しかっただけなんだ。
それに気づいた時には、もう全てが遅すぎたんだ。
【準英雄】とまで言われた実力者に命を狙われて、世界中が俺を殺そうと躍起になったこともあった。
ただ、狂った【聖獣】を殺しただけなのに。
元に戻ることなど無かった哀れな獣を、苦しみから解放しただけなのに。
お前らのエゴで、この獣は苦しんでいるというのに。
初めて、その時は憤りを抱いたものだ。結局、俺は怪物だから、人間の気持ちなんて分かり様が無かったんだ。
救おうとする行為は、単なる身勝手な行為でしかない。自分がそうであって欲しくないから、勝手に助けているに過ぎない。
そう、俺がそうだった。いや、少し違うか。
俺は、誰かに一人の人間だと肯定して欲しかったから、誰かを助けていただけだ。俺の方が、ずっと醜い。偽善者よりも身勝手な生き方だった。
人など入り込む余地のない、この災厄だらけの大陸だけが、俺に安寧というものを抱かせてくれる。
それに気づくのが、遅すぎたんだ。
俺は怪物らしく、人間の世界から離れていればよかったんだ。それなのに、必死にしがみついて足掻いて喚いて………自分は人間だと吼えていた。
ああ、ああ、何とも愚かだったのだろう。
俺の能力は、能力であって能力じゃなかったんだ。
これは、俺の一部。既に魂から根付き、肉体にまで顕現した、俺の怪物としての側面そのものだった。
怪物らしく、俺は好き勝手に生きるとしよう。
俺は悟った。人間でいる事が苦しみならば、獣として生きてく法が幸せなのだと。
だから俺は堕落したのだ。
人の生活など要らず、怠惰に生きる事を、俺は選んだ。
真なる災いの渦巻く地………そう呼ばれたこの大陸でも、俺はどうやら怪物らしかった。
しかし、俺はもう決めていた。怪物として生きることを。身勝手に生きることを。
そうして、怪物として自由に生きていく事を決めてから、何十年も経った頃。
俺は、何時しか【堕落の王】と呼ばれていた。
堕落の王 にゃ者丸 @Nyashamaru2
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