魔法使いと烏の化身
神埼 御鞘
第1話魔法使いと烏と蝶
さてさて、これはとある森でのお話。
彼。彼はこの森を守っている者。見てくれは、背が高くいつも黒の洋装に黒髪と黒一色。背中には黒い大きな羽が生えている。その大きな羽で森を飛び回り異変がないかを日々確認している。皆は彼をクロと呼ぶ。
おや、今日は森の少し南の方で何かが起きているようだ。
彼女。彼女はこの森の周囲を守る者。薄い紫色の髪は波を打ち背中のあたりまで伸ばしている。髪と同じの薄い紫色のごてごてとした着物で身を包み、自分の背丈よりも長い木の杖を携える。皆は彼女をフジと呼ぶ。
何やらフジが揉めているようだ。どうやら人間がこの森に入ろうとしているようだ。
「見かけぬ顔だな。よそ者か。この森へは入ってはならぬ」
人間の男が二人、森を横切ろうとしていた。男たちはこんな所で見慣れぬ格好をしている女に戸惑っている。しかし、彼等も行商の帰りでこの土地の者ではなかった。次の町に行くために森を横切ろうとしたのだ。
「お嬢ちゃん、そこをどいてくれないか。俺たち次の町まで行かなくちゃならないんだ」
「ならぬ。立ち去れ」
「参ったな。おい、どうする」
男たちが立ち往生していると先程いた町の方から別の人間が血相を変えて走ってきた。おぉーーーい。石に躓き、草に足を取られながらようやく男たちに追い付いた。「申し訳ございません」何故かその人間は女に謝った。そして、男たちに説明をしはじめる。
「すみません。先程、伝え忘れまして。御手数ですが迂回して隣町までお願いします。これが地図です」息を切らしながら、紙切れを渡した。
「申し訳ございません。フジさん。私共の不手際で」
「そう言う事なら、仕方がない」そう言いながら、張り詰めた線が切れたように息をはいた。
一方男たちは不満そうに引き返していった。
そこに羽音をさせながら大きな鳥が舞い降りた。いや、降りて来たのは大きな羽を持った男、クロだった。
「またお前か、フジ。今度は何をやらかした」あからさまに嫌そうな顔をしながらクロが問う。
「はぁ、何故私だと決め付ける」
「あ、いや、今回は私共の不手際でフジさんに御迷惑を掛けてしまった次第で」町の人間が割って入りフジの弁解を図る。
「そうか、それならばよい」
「おい、まて。こやつらは良くて私は駄目なのか?それ、おかしくないか?」
こうして何時ものようにクロとフジの喧嘩が始まってしまった。
「そうだ、勝負をしろ」
やれやれと言わんばかりにクロはため息混じりに首をふっている。また面倒に巻き込まれると思い、この場を立ち去ろうとフジに背を向け羽を広げ羽ばたこうとした。その時。
「おい、待て、逃げるな」フジは、クロの腰にしがみつくようにし飛ぼうにも重すぎて飛び立てなかった。
クロはと言うと。「やれやれ、またか。飽きないな」
そういいつつも、しっかり相手をしてくれるのがクロさんであった。
地に足が着いたところでフジの方へと向き直ったクロは羽から力を抜き器用に、そして綺麗にたたみ落ち着いた。
「で、今度はなにをさせようと言うのだ」
「ふふふ」意地の悪い、不適な笑みを浮かべて、傍らに落ちている己の杖を右手で拾い上げその腕をいっぱいに広げた。そして、コンと杖の先を地面に突く。すると杖を中心に僅かに風が巻き起こったかと思うと、ほんのり青白く輝き出した。その光がだんだんと収束していき一つの玉に変化する。そして徐々に光が消えていき、現れたのは青地に所々白の入った蝶だった。
「蝶狩りだ」フジは、少し斜め上の方へ視線をやり唇の端を上げながら言い放った。「この蝶を先に捕まえた方の勝ちだ」と続けた。
「それではフジ、お前に利があって不公平ではないか?それはお前が作り出したモノ、いわば使い魔のようなものだろ」
「ようなもの、ではない『使い魔』だ。無論、これは自律起動の術式を仕込んである。この蝶は、自身に触れようとする者に対して防衛反応を示すようなっている。いかに私であろうと、な」
「いいだろ。で、どう言った規定で行う」
なんだかんだ言いつつもルールにはしっかり乗っ取るクロさん。
ルールは、今からこの蝶を森に放し五分後に捜索開始。先に見つけた者の勝者。フジが説明した。
「それでは、蝶を放つ。おい、そこの村人。五分後に合図を出せ」
立ち去るタイミングを逃してしまい、一部始終を見守っていたは突然自分に振られた事に戸惑いながらも、はいと返事をしてしまう。内心では、しまったぁまた面倒な事に、となげくのであった。
蝶はと言うと、ヒラヒラと優雅に飛び森の闇へと消えていった。
村人はチョッキのポケットから懐中時計を取り出して鎖が繋がっている付け根の部分のボタンを押しカチっと蓋を開ける。満月の月明かりに照らされた時計の針は、短針が十と十一の間、長針が六を指していた。
こんな時刻にと又なげく。こんなときの五分と言うのはことのほか長く感じるものである。しばらく星を眺めながら時間を待つ。
長針が七を少し過ぎたのを見逃してしまったが、まあいいかと諦めフジに時間がきた事を報告した。
それと同時にフジは杖を横にし真ん中辺りに、腰を掛けるように乗せそのまま宙に浮き始める。クロも綺麗にたたんでいた羽を、バサリと広げひと羽ばたきで宙に浮く。ふた羽ばたきすると勢い良く森の方へと飛んでいった。
フジはと言うと、こちらは上空へと上っていく。森の上から俯瞰するつもりなのでしょうか。
森の中へ先に着いたクロ。中心辺りで一度止まり着地した。
「やれやれ、面倒たがフジに負けるのは釈だからな」なんだかんだ言いつつも、勝負事には熱くなる負けん気を持っているクロさん。
と、独り言をつぶやいた視界の隅に青い蝶がヒラヒラと舞っている。即座に方向転換した。翼を使うまでもない。あと一歩、手が届くと言うところで蝶が一変。蝶の姿が変化した。先ほどまでヒラヒラと羽ばたいていたその羽がみるみる硬く、羽の先も尖りはじめた。そして、クロの手が届く紙一重のところで、文字通り『光速』で飛ぶ。蝶が移動した導線にのみ青い光の線が残る。
「これは厄介な」ヤツが作り出したモノ故、ただでは行かぬと思っていたがここまでとは。思わぬ蝶の性能にクロも心を引き締める。
羽を広げ、そして羽の付け根に力を入れ引き締める。一気に羽ばたき初速から最高速に達し蝶との距離を詰める。
蝶も、最早物理を無視した起動でクロから逃げる。ジグザグに逃げる蝶を、その青い閃光を追うクロ。
その激しい旋回や羽ばたきで木々はしなり、木葉が舞い上がる。しばらく続いたドッグファイトの後、ふと頭上にわずかな光が見えたような気がした。次の瞬間オレンジ色の光の棒が降ってきた。その棒は勢いよく地面に突き刺さり物凄い音と土煙を上げた。
クロは反射的に右に回転しながら軌道を変え回避した。蝶は見失い、見上げるとそこには杖に乗ったフジの姿があった。
「おい、危ないだろ!」
「おしい…、あ、いや、すまない」いかにもわざとらしく侘びを入れてゆっくりと降りてくる。
「今のは私もろともに放っただろ」こめかみに青筋を浮かべながらも穏やかな口調でしうクロ。
へらへらと笑いながら、「あわよくば」とクロに聞こえるか聞こえないか位の小声で言うフジ。
「まあ良い、私は私のやり方ある」
再びクロは飛び始める。その斜め後ろをフジが飛ぶ。
クロは感覚を研ぎ澄まし眼を凝らした。その先に小さな青の点を見つけた。速度を上げようと羽を強く羽ばたいた。
が、旁に風が走っていった。自分よりも早い速度でフジが飛び去っていった。負けてなるものかとクロも更に速度を上げる。しかしフジのが先に蝶に追いついた。
フジは杖に腰掛けたまま右手を開き、五本の指の先に小さな青い光の玉を作り出す。それを前に突き出した。光の玉はフジの指から離れ各々が蝶を追いかける。
一つ、また一つと蝶にかわされては木に当たり消えていった。最後の一つが蝶に触れようとしたが左にかわされる。その先に、風に巻かれた木葉の柱があり蝶は中へと入っていった。しばらくすると木葉は風を失い何事もなかったかのようにハラハラと落ちていく。
そこには蝶の羽を人差し指と中指で掴んでいるクロの姿があった。それを見て呆然とするフジ。
「なぜだ、いつの間に」
先ほどまで自分の後ろにいるものと思っていたクロが、蝶を持っていることに戸惑いと怒りが沸いてくる。
「何。簡単な事だ。初めの追いかけっこでこいつの軌道は読めていた。お前のお陰で一度は見失ったが、またしてもお前のお陰で私は先回りが出来たと言うわけさ。念のため木葉で目眩ましを作って。上手くいった」
「きーーーー。またしても」
「毎度毎度、己が言い出したものを。世話がないな」
「次こそは見ていろ」
そう言い残してフジは森を去って行きました。
こうして今日も問題が解決されたのでした。
魔法使いと烏の化身 神埼 御鞘 @M-kanzaki8821
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。魔法使いと烏の化身の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます