最終話
青木書店の裏口付近では警察の鑑識員達が厳粛に作業をしている。その脇を抜けて頭髪の薄くなったベテラン刑事の清水は店内へと入っていった。中でも鑑識員達は忙しそうに作業をしている。先に到着していた短髪の若い牧田刑事が手帳を片手に近寄ってくる。
「被害者は青木隆義(たかよし)。この書店の店主です。扼痕から絞殺は間違いないとの事です」
「ん。そうか」
清水はザッと部屋を見回す。休憩室になっている部屋はそんなに大きく無く、店内へは扉一枚で繋がっていて廊下は無い。清水は店内も見回した。
「中は綺麗に片付いてるな・・。表にはシャッターが降りていた。裏口に鍵は?」
「はい。かかっていました。ただ鍵は無くて、犯人が持ち去ったか、どこかに捨てられたのか・・。ただ、強盗目的なら鍵を奪って店内を物色すると思うんです。怨恨なら、鍵を持っていく必要は無いかと思うんですが」
「あぁ、そうだな。実はここに来る前に一件、殺しの通報があってな。そっちが・・」
そこまで言いかけた時、裏口が騒がしくなった。鑑識員の一人が中に入って来て叫ぶ。
「清水警部。裏庭の茂みにもう一体、遺体がありました。女性です」
大通りから通りを一本入ると、長閑な住宅街が広がる。
「で、この男と面識は無いんですね」
須藤刑事は自身の白髪の混じり始めた短髪をサラッと撫で、青ざめてダイニングの椅子に座っている青木悠里(ゆうり)に尋ねた。
リビングのソファには男が座ったまま頭を垂れて冷たくなっていた。悠里は顔を背け、自分の体を抱きしめた。震えが止まらない。
「ええ、ありません。昨夜、あの男が主人然として帰って来たんです。私は訳がわかりませんでした。でも、青木と名乗ったあの男はとても自然で雰囲気も柔らかくて、強盗とかそんな雰囲気はありませんでした。それが、余計に怖くて私は普段通りに接する事にしたんです。兄が精神科医をしておりますので、時折そんな患者の話を聞いたりします。それで、もしかするとあの男もその類かもしれないと思ったのです」
「で、食事に睡眠薬を入れた」
「・・はい。私は少し神経質で普段から睡眠薬を使っていましたので。でも、男の人にどのくらいの量が効くかは分からなかったので、少し多めに・・・。でもまさか、それがこんなことに・・」
「ええ。もちろん、奥さんに殺意があったとは思いませんが」
「はい、はい、もちろんです。眠ったら警察に電話をしようと思って、でも中々そんな気配も無くて。その内に、ソファに座って怖い話を始めたので私は余計に恐ろしくなって」
赤田国雄(くにお)はその日、いつも通りに朝起きて食事をした。細身なので食事量はそんなに多くはない。食後は世話をしてくれる制服を着た女性が散歩に誘ってくれる決まりになっていた。その日もいつも通りに、建物の中庭に散歩に出たのである。いつもであると、その女性がそばにつきっきりでいるのだが、その日は違った。赤田は少し心細いなと思いながらも、一人で歩き始めた。自分で言うのも何だが、方向音痴である。時折、気がつくと知らない場所にいたりするのだ。その記憶はある。その日も、歩いて歩いて歩き回っていたのだが、いつまでも馴染みの建物に近づかない。そうこうしているうちに、道路を歩いていた。そして、何やら作業をしている男に出会ったのだ。
何をしているのか尋ねると、この建物は本屋で自分はそこの店主であると。今は開店の準備の為シャッターを開けるところだと言う。まだ、時間が早いので地面から50センチくらいの所まで開けておいて、開店の時間の2分前になったら、全部上げると言う。自分はそんな経験が無かったからやってみたいと言った。すると、その店主の男は良いよと答えてくれた。そして店の裏に回って、ついでに捨てる段ボールを束にするのも手伝うかい?と聞いてきた。赤田はもちろん手伝うと答え、やり方を教わった。
〔何だ。本屋って簡単じゃないか。ひょっとすると僕は本屋の店主なのかもしれないな。だから今日、この場所に導かれたんだ。ふむふむ。そうか僕は青木隆義というのか。そして、この書店の店主なんだな。わかったよ。ありがとう君〕
赤田は、手にしたビニール紐で青木の首を絞めた。
「何だが手が痛いな。でもこれも仕事の一つだもんな。仕方ない」
青木だと思い込んだ赤田は、店内の時計を確かめる。
「よし。2分前だ。シャッターを開けなくちゃ」
「そんな話をするんです。そして、いつものように仕事をこなして帰ってきたよって。実は秘密の日記をつけているんだけど、君が奥さんだから特別に教えてあげるって」
「日記の事は知っていましたか?」
「いいえ。でも、主人は文学中毒ですから書生気取りでそんな日記を書いていても不思議はありません」
「それから他に何か話しましたか。」
「ええ・・」
「店番をしていたんだよ。君みたいな素敵な奥さんがいるんだ。本当に浮気をする気は無いんだけど、僕も男だからね。妄想の中でそんな気を起こす時もあるんだよ。それは本当にごめんね。でもビックリしたよ。僕の好みでは全然無いんだけど、女の人が来てさ。僕を誘いたかったのかな。でも、僕が冷たくしたもんだから怒って青木は何処だって言ってきたんだ。僕が青木なのにさ。それで、落ち着かせて大人しくして貰ったんだよ」
「その大人しくと言うのは・・」
天然パーマの若い小柴刑事が聞くが、悠里は首を振った。
「怖くて話の続きは聞けませんでした。・・すみません・・」
「いや。奥さんを責めてるんじゃないんです。それから?」
「それから少しして、目を閉じたんです。でも眠ったのかどうか分からなくて。だから私もじっとしていたんです。何時間経ったかわかりませんが、動かなくなって随分時間が経った気がしたので、警察に電話をしました」
「そうか。分かった」
電話を切った清水は牧田を手招きで呼ぶと歩き出した。
「行くぞ」
「え?何処へです?」
「道々話す」
二人は車に乗り込んだ。
着いた先は、地区の南病院で主に精神科を主体とした病院である。先に到着していた小柴刑事が二人を案内した。
「須藤さんは先に話を聞いています」
出迎えてくれたのは白峰悠太(ゆうた)医師で、精神科医師らしく物腰柔らかく顔つきも優しい。30も半ばを過ぎているという事だが、年齢より若く見える。
「昨日から行方がわからなくなっていた患者の方です。看護師が目を離した一瞬だったんです。昨日は電気系統の点検のために、裏門のセンサーを一時間ばかり切っていて、気がついた時にはもう院内にはいませんでした」
「日中に点検をするんですか?」
「夜中の方が人手が無いんです。何か起こった時に見逃す可能性が高い」
「点検の時間が分かっているなら、散歩の時間をズラすとか出来なかったのですか?」
「ここに入院している患者の方々は、そういった理由を理解しません。自分を取り巻く世界の時間や匂い、触感というものに非常に敏感で、それ以上の世界を認識出来ていません。ですので、その通りに行動出来なければパニックになります。ですが、秩序の保たれた世界では非常に穏やかで、時には友好的でさえある。日常の営みを遂行する分には危険性は低いと判断しました」
「だが、事件は起きてしまった」
「ええ。非常に残念です。赤田さんは、記憶系統に障害のある方で、自分の行動を記憶出来ません。ですが、日常生活を送る分には障害がありません。電気をつける、消す。水道の蛇口を捻って水を出す、止める。赤信号は止まれで青信号は渡って良し。等の行動に関しては問題がないと言う事です。それに担当の看護師とも仲が良く、趣味の話や季節に咲く花の話しをするそうです。とても穏やかな患者です。ですから、何故こんな事になってしまったのか我々も驚くばかりです」
「担当の看護師さんと話が出来ますか?」
白峰医師を先頭に廊下を歩いていると、数メートル先のドアから、女子高生が白いワンピースに花柄のエプロンドレスをつけた少女を抱えて出てきた。少女は眠っているのか手足はダラリとぶら下がっている。子供とはいえ意識の無い人間というのは重いものだ。
清水はその少女を見て、チラリと何かぎ頭を掠めた。頭の中の情報を探る。長年刑事をしていると、必要な情報は無意識に選別出来る様になるものだ。
昨日、一件少女の捜索願いが出ていた筈だ。
『白いワンピースに花柄のエプロンドレス』
少女の年齢、服装が一致する。
「もし、そこの可愛い子を抱えたお嬢さん。ちょっと話したいんだが」
女子高生は清水の方を見やると、一瞬で表情を強張らせた。すぐ様踵を返しスタスタと歩き出す。
清水は須藤と顔を見合わせると足早に追った。
「待ちなさい」
美玖は美桜を抱え直すと走り出した。追いかける清水と須藤の後ろから牧田と小柴が二人を追い抜く。若い二人の方が動きが軽い。
美玖がエレベーターのボタンに手を伸ばすと、ちょうど停止していたのかすぐ様ドアが開いた。中に滑り込み、閉じるのボタンに手を伸ばした瞬間、牧田と小柴も乗り込んだ。
「ちょっと良いですか?」
「怪しい者じゃありません。話が聞きたいだけです」
そう言うと二人は警察手帳を開いて見せた。
スタッフルームで須藤と小柴は、赤田の担当の看護師の桃川笑子(えみこ)と話をしていた。
「ええ。申し訳ありません。ほんの少し目を離しただけなんです。他にも患者さんがいて、いつもなら皆で一緒に歩いているんですけど、昨日は黒坂さんがつまずいて転んだんです。助け起こしているうちに、いなくなってしまって・・。もちろん、直ぐに報告をしました」
「その黒坂さんなんですが、こちらの看護師の方ですか?先程のお嬢さんの母親という事でしたが」
「以前はそうでした。でも、今は入院患者です。ですが、本人はまだ働いているつもりなんです。時折、お嬢さん達がお見舞いに来ますが、本人は自分が急なシフトで家に帰れない時に顔を見に来ているんだと思っています」
「それで、昨日は赤田と一緒に散歩をしていた」
「はい。他にも患者さんはいますから、黒坂さんは私と一緒に患者のケアをしているつもりなんです」
「その黒坂さんですが、何故こちらに入院する事になったのですか?」
「数年前に下のお嬢さんを亡くされて。名前は美桜ちゃんです。夜勤明けに参観日があったそうです。参観日が終わって美桜ちゃんを乗せて車を走らせていた時、対向車が車線を飛び出してきたそうです。夜勤明けで疲れていて眠気もあり、一瞬判断が遅れたと。彼女も足が痺れる後遺症を負いました。時折転ぶのはそのせいです。その事故で美桜ちゃんは亡くなりました。黒坂さんは最初、自分を責めていました。ですがある日、美桜ちゃんが亡くなった事を記憶の外に追いやってしまいました。それ以来入院しています」
「あなたは黒坂さんと一緒に働いていた?」
「ええ。半年ほどですが。良い人です。真面目で一生懸命で、職場でミスがあった時も人を責めるより、自分に落ち度が無かったか考える人です」
「同僚がそんな事になって辛いでしょう」
「ええ。勿論です。娘を亡くすのは辛い事だわ。黒坂さんがあの状態になってから、ご主人は離婚を申請したそうです。美玖ちゃんはご主人の方と一緒に暮らしているみたいですが、数ヶ月前に再婚されたそうで」
「上手く行ってない?」
「少し気は使うけれども、良い家族になろうとしてるとは言ってましたね。でも、お母さんの事があるから、心から嬉しいとは思えないとも。そういう意味では美玖ちゃんが可哀想」
「ところで、赤田の趣味について話していたとか」
「はい」
「赤田の趣味は何ですか?」
「わかりません。本人もわからないんです。僕の趣味って何と聞かれるので、私はいつも思いついた事を言います。すると、あぁ、そうだったと言ってその話を始めるんです」
スタッフルームの隣にある医師の休憩室では、清水と牧田が美玖に話を聞いていた。
「何故逃げたんだね?」
「驚きました。可愛い子を連れたお嬢さんなんて話しかけて来るし、先生と一緒にいたし、入院患者さんなのかと思ったんです。関わらない様にしようと思って帰ろうとしたら、怖い顔になって追いかけてくるし」
美玖の発言に二人は顔を見合わせた。
「やっぱり清水さんの話しかけ方が良く無かったんですよ。一昔前の誘拐犯みたいな声掛けだなって思ってましたもん」
しれっと言う牧田に清水は苦虫を噛み潰した様な表情になった。
「だったら早くそう言え、牧田。そこは遠慮するな。今度からは声がけはお前に任せるぞ」
「えっ。強面の人には清水さんがお願いしますよ。僕、若い子担当しますんで」
「ったく。遠慮するなって言った途端こうか」
「はい。現代っ子刑事なんで」
牧田は元気よくうなづいた。
「ところで、その子は?確か君の妹は事故で亡くなったと聞いたが」
医師達の仮眠用の簡易ベッドに寝かされている少女を見やる。
「父の再婚相手の子で、義理の妹の夏美です」
先程まで、若者に手こずる中年刑事の風体であった清水の目付きが一瞬にして鋭くなった。
「随分長いこと寝ているね。身じろぎ一つしないで。人間はね、眠りには波があって深くなったり浅くなったりするんだ。浅くなった時には体も動くもんなんだよ。寝返りを打ったりとかね」
「・・・」
美玖は黙ったままだ。
「清水さん、どう言う事ですか?」
牧田は清水が何を言いたいのか理解しかねる様だ。
「この子は薬で眠っているね?」
「・・・はい」
「話してくれるかい?」
「母の部屋から睡眠薬を貰って夏美に飲ませて、眠らせてからここに連れて来ています。以前に母から美桜が自分に会いに来ないのは、自分に対して怒っているからだと言われた事がありました。美桜が亡くなった事を理解しなくなってから、何度か別の理由を言ったこともあります。ですが、だんだん母が元気がなくなってきて。自分はダメな母親だと。このままだと、私、美桜だけじゃなくママも失うと思ったんです。パ、父は私の事を心配してくれていて、今の家族に馴染ませようと努力してくれています。嬉しくは思うけれど、半分は本当の家族じゃないの。どうしたら良いのか・・頑張っているパパにこんな相談なんて出来ないし。だから、時々夏美に美桜になって貰ってお見舞いに来ていました」
「よくバレなかったね」
牧田が関心した様に言うと、
「だって、ほかの人にはちゃんと義理の妹ですって言ってるもん。ママにだけ美桜だと思われれば良かったの」
「いや、そうじゃなくて。お父さんと夏美ちゃんのお母さんに」
その後、黒坂哲郎が病院に迎えにやって来た。大手食品会社の常務をしているとの事で、堂々とした佇まいだが紳士的な話し方をする人物だ。今回の事は黒坂の意向で厳重注意という形になった。事件にしたところで家族間の出来事になる。警察は民事不介入を取らざるを得ない。
病院から出て行く親子3人の後ろ姿を刑事達は何とも言い難い表情で見送った。
「私は、妻と娘を既に失っています。もう一人の娘も失いたくは無い。今後二度とこんな事がない様にしますから」
「あの。すみません」
日記を読んでいた赤田はふと顔を上げた。
「はい。何でしょうか」
「今日は青木さんはお休みなんですか?」
紫は困惑したように声をかけた。青木と関係を持ってから数ヶ月。彼が他に従業員を雇った話は聞いていないし、自分と会う日に休みだった事も無かったので。
「いいえ。青木は僕ですが」
紫は更に困惑した。
「あの、青木さんのご兄弟ですか?隆義さんの事を聞いたのですけど・・」
「はい。僕が青木隆義ですよ。えーと、お客様は?」
「いえ。何でもありません。私の勘違いかもしれません」
紫はそう言うと、店を出た。看板を見上げてみる。やはり青木書店である。紫は訳がわからなくなった。今店主然としている男は青木では無い。が、自分の事を青木だと言う。紫は戸惑いながらも店の裏に回った。時折、そちらから店に入る事もあったので。
そして、紫が見たものは。
「っっ」
紫は声にならない悲鳴をあげた。と、思った。後ろから紫の口に回された手に紫の悲鳴は消されたのだ。
誰と思う間もなく、紫の首にビニール紐が回され、直ぐに呼吸が出来なくなる。そして、視界が赤く揺れた後、ブラックアウトした。
「はあ。はあ」
息を切らして、地面に倒れた紫を見ているのは紫の夫の高谷だった。
そして、紫を引きずり茂みに置く。と、裏口の扉の横に倒れている青木を一瞥し、何食わぬ顔で会社に戻った。
桃川笑子はみどりを連れてマンションのエントランスを抜けて、エレベーターに乗り込んだ。たった今、目の前で、女性二人と若い男性一人が何やら話していたが、その内のこのマンションの住人らしい女性が一緒にエレベーターに乗り込み上に上がる。
〔何か揉め事かしら。あの若い男の子を取り合って?まさかね。この人は若くて美人だけれどあの花柄のワンピースを着た人は少し年増よね。男女の間柄になりそうもな・・〕
と、思ったところで女性はエレベーターを降りた。
〔まぁ、どうでも良いわ。揉め事なら大歓迎。人間は"自分が思うほど他人は自分の事を気にしてない"と言うけれど、他に気を取られている方が、尚の事こちらの顔を覚えられなくて済む〕
と、思っている内にエレベーターが部屋のある階に到着した。
「ついたわ。ここよ」
笑子はみどりを促した。
「ママの足大丈夫?ママ痛いの可哀想」
「そうね。でも、大丈夫。おばさん、看護師だから。今、家で手当てしたところなのよ」
「ママはみどりのお迎えの途中に転んだの?」
「そうらしいわね」
「でも、今日お友達と遊ぶ約束してたの。その後でお迎えに来るって言ってたのに」
子供って可愛いわね。自分から何でも話してくれて。うちの娘もそうだったわ。
「用事が出来たのかもしれないわ。そこは聞いてね」
「うん」
「うちにもみどりちゃんと同じ歳の娘がいるのよ。少し遊んでくれない?」
「うん。いいよ」
部屋のドアがパタンと閉じた。
警察署では、清水が須藤と話をしていた。
「どうだ?このヤマ」
「あぁ、気になる事がいくつかある。だろ?」
「そうなんだ。どうもむず痒いカンジがする」
「青木をヤッたのは赤田だ。それは間違い無いだろう。手の平に跡があったからな。だが、高谷紫の方はどうだ。同じ扼殺だが、青木の遺体は無造作に投げ捨てられていたのに対して、高谷紫は茂みの中に隠される様に置かれていた」
「ああ。そうだ。赤田に記憶障害があったとして、青木の方を最初に殺しているなら高谷紫を殺す時に気付くはすだ」
「その赤田にしても青木の妻が睡眠薬を多量に飲ませて殺している。何となくだがしっくり来ない。自己防衛の事故で片付けるには出来過ぎだ」
その時、ドアが開いて牧田と小柴が書類を持って入ってきた。
「今、科捜研から連絡が来ました」
「こっちもです」
二人はそれぞれに報告をした。
数日後
須藤、清水の両刑事は白峰医師と向かい合っていた。
「白峰先生。あなたは青木悠里さんのお兄さんですね」
「はい」
警察が帰った後、白峰悠太は妹の悠里を訪ねた。
「警察の人と話をしたかい?良く頑張ったね」
「兄さん。私、あの人が浮気をしていたのを知っていたわ。でも変なの。殺された事よりも浮気をしていた事の方がショックだったんだから。おかしいのかしら」
「いや、そんな事はないよ。今はまだ、ショックを把握しきれていないんだよ。嫉妬という概念は人間にとって根深くあるものだから、それがおかしいという事はない。逆に、女性にとって死は危険なものだから、冷静に判断して処理することが出来るんだよ。捕鯨は鯨の夫婦を狙うんだが、先に仕留めるのは雌なんだ。死んでしまった雌を恋しがってオスは雌の周りをグルグル回っているから、ゆっくり仕留めることが出来る。だが、逆に雄を先に仕留めてしまうと、雌はこの区域は危険だからと逃げ出すんだ。これは何も薄情だからじゃない。子供を守らなければならないという観念が元々備わっているからなんだよ。だから、相手が殺人犯と分かった時、自分の身を守るために冷静に行動した事は当たり前なんだ。自分を責めなくて良いよ。今はまだ、ショック状態なんだ。頭で理解していても感情が追いつかないんだよ。大丈夫。僕がいるからね。それに父さん母さんも君の味方だよ。だから、今は寝ると良い。薬は飲んだかい?」
「ええ。ありがとう。兄さん」
そう言うと悠里は静かに目を閉じた。
白峰医師は刑事達に語りかける。
「妹は青木を恨んでいました。確かに私は妹に睡眠薬を処方していましたがあくまで軽度の物です。でも、妹が赤田に盛った薬は、睡眠薬ではなかったんですね」
「はい。ヒ素です。元からご主人の青木を殺すつもりだったんです」
二日後
高谷紫の夫が妻殺しの容疑で逮捕された。高谷の手の平にはビニール紐の跡があり、紫の首を絞めた凶器と繊維が一致したのが決め手となった。
「革の手袋でも用意しない限り、自分の手にも傷は付くのさ」
また、桃川笑子が真中みどり誘拐の容疑で逮捕された。
「彼女は"娘を亡くすのは辛い事だわ"と言ったんだ。"子供を亡くす"と言わずにな」
「事件が片付いたんだ。家に帰って寝るか」
清水が無精髭の伸びた顎をさする。
「ああ。サウナでも寄って帰るか。どうだ」
須藤は同じサウナ好きの牧田を誘う。
「良いですね。と言いたいところですが、彼女に会いに行かなきゃならないんで、今日はすんません。また今度お願いしまーす」
牧田は言うとサッサと部屋を後にする。
「お前は?」
小柴に話しかけるが、
「すみません。自分、今日オフ会なんで」
「ああ?何のだ?」
「ネットアイドルの〇〇ちゃんを応援する会のです」
「何だそりゃ」
よくぞ聞いてくれましたと言う顔つきになった小柴が勢いよく話し出す。
「スタジオ デルタっていう事務所があるんですけど、スタジオ ナブラっていう事務所と人気は二分なんですが、自分はデルタ派っす。で、そこに可愛いネットアイドルが沢山所属しているですよ。特にそこの・・」
「わーった。もういい」
須藤は付き合ってられんと手を振る。
とその時、捜査一課のドアが勢いよく開いたかと思うと三課の石塚玲奈(れいな)刑事が近づいてきた。つい先日三十路を迎えたばかりである。前下がりのショートボブの髪を耳に掛け直す。
「良いですね。一課は賑やかで」
「ん?どうした。機嫌が悪いのか」
「こんな事言うのもアレですけど、何か情報ありません?」
「ああ。家人の留守中を狙う強盗事件か」
「うちの署じゃ、三課の領域だろ」
暗に勝手に課を跨いで良いのか仄めかす。
「ええ。でも、この間から行き詰まりで。手掛かりになりそうな証拠が無いんです。だから、容疑者も浮かばない。そうこうしているうちに逃げられるわ」
「まぁ、強盗殺人にでもなりゃ俺等の出番だがな。そうならないのが一番さ」
「ですけど」
「証拠が出ねえって事は中々に頭の切れる人間って事だ。そういう時はな、相手がミスるのを待つしかないんだ」
殺される事の条件 木野原 佳代子 @mint-kk1001
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