第9話

 騙されたわけではないはずだ。


 宿屋の壁を破壊しながら上昇する、二メートルはある立方体の機械を見上げる。


 ジェム:A・A・キューブ。

 機械の印を持つ、体力が少ないキャラなら一発で瀕死になる程度の、かなり強めのモンスターだ。


 つまり、戦闘訓練していない民間人が食らえば即死である。

 王都でエンカウントすれば、多くの被害をうむ。


 俺は、ゲームの主人公特有のエンカウント率の高さがあったので、ベルとニゲラおじさんには王都に入る時は別行動しようと提案した。


 エンカウントのないタイミングで瞬時に城まで潜入して、王都の地下にある混沌迷宮に忍び込む算段だった。


 元々、ベルはまだしも、ただの薬売りであるニゲラおじさんを混沌迷宮に連れていく気はなかった。

 王都まで連れて行ってもらっただけでも感謝している。


 ここでパーティ解散するはずだったのだ。


 だが、ニゲラおじさんがそれを止めた。


「王都はエンカウントしないらしいよ。ホントホント。王都でモンスターが出たところを見たことがない」


 適当なニゲラおじさんのことなので半信半疑だったが、王都に入った途端、エンカウントがぴたりと止んだ。

 その時は、ニゲラおじさんの言葉は正しかったのだ。


「ここでお別れなら、パーっと遊ぼうよ」


 俺はおそらく、指名手配される。

 城へ忍び込み、地下にある混沌迷宮から聖魔剣を頂戴するのだから当然だ。


 だから、仮にも商売人であるニゲラおじさんと一緒にいる時間は、極力少なくしたかった。

 王都で一緒にいれば、仲間だと疑われる可能性が高まる。


 だが、また会う日が来るのはいつかわからない。

 永遠にこないかもしれないと考えると、少しばかりハメを外しても良いはずだ。


 俺は十分に顔を隠すことにして、ニゲラおじさんの提案に乗った。


 久しぶりの気の張らない時間に、俺とベルとニゲラおじさんは王都を練り歩いた。

 沢山の物を見て、触って観光を楽しんだ。


 宿屋に帰ってきた後も、夜が更けるまで遊んだ。


 そのせいで朝飯をすっぽかし、だらだらと過ごして昼飯を食べ、まったりと部屋の中で休んでいた。


 しかし、エンカウントに怯えずに済む休息は、突然終わりを告げる。


 部屋の壁がゆらゆらと揺れたかと思うと、その中心で機械の印が光り、A・A・キューブが現れたのだ。


 今まで出なかった反動だろうか。

 一人で倒すのは厳しい、ドルジークよりも強いモンスター。


 だが、面白い。


「ベルッ、怪我人がいないか下を見てくれ!」


「アプロは?」


「なんとかする」


 ベルはこくりと頷いて、へし折れているドアから出る。

 ニゲラおじさんは朝から居ない。文句を言いたかったが、それはこいつを倒してからだ。


 A・A・キューブは正方形の体を二つに割ると、その間から何十本もの細長い柱を吐き出す。

 それはキューブを中心に回り、バチバチと放電音を鳴らしている。


 強烈な電撃はゲーム時代でも面倒だった。

 放たれれば危険だ。


 だがすでに、俺の魔力充填は済んでいる。聖魔の印の上に、ぐるりと魔法陣が現れた。


「ジル・ウィンド!」


 突風が渦巻き、キューブの制御を離れて放電していた金属柱がまとめて吹き飛ばされる。

 これで放電は撃てないはずだ。


 金属柱は魔法の風に巻き取られ上空まで飛ばされたが、そこでピタリと動きを止め、俺めがけて打ち下ろしてきた。

 制御を復活させ、攻撃に転じたのだ。


「やばっ、弾丸かよ」


 半壊している宿屋から飛び出して屋根伝いに走る。

 俺が駆け抜けたすぐ後ろを金属柱が突き刺さる。まるで上空からマシンガンを受けているようだった。


 突き刺さった側から金属柱は回収リロードされ弾幕は途切れることはない。


「ゲームじゃ、そんな攻撃なかっただろ!」


 屋根を破壊しながらの鬼ごっこは長くは続かなかった。

 誰かが俺を蹴飛ばした。


「いってえ!」


「これは貴様が呼んだのか?」


 軍服のひょろながい男が屋根の上に降り立つ。

 男が片腕を軽くあげると、屋根瓦が意思を持ったかのようにめくれあがり、金属柱の銃弾を受け止めた。


 助けられた、わけではない。


 ——この男を知っている。


 主人公を何度もゲームオーバーに追い込んだ、始まりの村を襲った不死の軍勢の幹部。

 魔導死将ダチュラー。


 不死王に殺され、聖魔の印を死念の印に書き換えられてなお強力な聖魔法を扱った強敵が、目の前にいる。


「俺が呼んだじゃない。王都はエンカウントしないんじゃなかったのか?」


「信用ならん。まあよい。妄言は牢屋で聞こう」


「そのうざいキャラ、素かよ」


 不死王の仲間に加わっていないはずなのに、正気のないどろどろとした男は、俺をギロリと睨む。


 牢屋に捕まってしまえば、エンカウント率の高い主人公体質もバレて、即刻処刑のゲームオーバーだ。


 ここで最善の選択は、


「モンスターよろしく。逃げるコマンド!」


 なすりつけ、からの逃げる。

 屋根に魔法:フロウを放ち、柔らかくなった足場に吸い込まれるように下へ脱出する。


「ジル・スパイク」


 上からダチュラーの声が聞こえたかと思うと、逃げ込んだ家の壁や天井がアイアンメイデンのようにトゲトゲに変化する。


「シュートッ。殺す気か!」


 ぽかんと呆けていたこの家の住民を抱き抱え、書き仕事をしていたテーブルに加速魔法をかけた。

 テーブルは壁へと吹き飛び串刺しになったが、なんとか二人分のスペースは確保する。

 魔法:フロウで足元を崩し、さらに下へ逃げる。


「すまん、住民。修理費はダチュラーが出してくれるってさ」


 立てかけてあったホウキを引っ掴み、ついでに裸足だったので靴も拝借して玄関から出る。

 上では丁度、ダチュラーがA・A・キューブを倒すところだった。

 ダチュラーがキューブに向かって魔法を放つ。


「魔法:エグジスタンス」


 混沌物質を生み出す魔法:エグジスタンス。

 触れたら最後、混沌に飲まれて消えてしまう即死魔法だ。

 小さな物質が、黒い尾を引きながらキューブに触れると、紙を燃やすように真っ黒になった。

 キューブが生命のように蠢いて、錆び付いた泣き声をあげる。

 あれが人に向けられたらと思うと恐ろしい。


 ダチュラーはキューブが黒く染まるのを見終えると、俺を見た。

 躊躇いなくその右手を向ける。


「やべっ、ジル・シュート」


 俺は慌ててホウキにまたがると、加速魔法をかけて空に飛び上がった。

 ホウキに乗るというより、引きずられるような無様な格好だが、現状最速の移動方法だ。


「あああぁぁぁぁ!」


 俺はロケットのように、明後日の方向に吹き飛んで行った。






クリア・シンボル:ノート6『ジェム:A・A・キューブ』


 機械の印を持つモンスター。

 通常時は一辺二メートルのどでかい立方体だが、戦闘時は二つに分かれ、中から金属柱を展開する。

 機動力はないが、攻撃力は高い。

 蘇生方法が限られているクリア・シンボルにおいて、一撃死の可能性があるこのモンスターはかなり嫌われている。


 アサルト・エアクラフト・キューブ、つまり立方体攻撃機。

 つよい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

クリア・シンボル:攻略不可能の呪いのゲームを二週目プレイ? @husimi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ