Running Poet
矮凹七五
第1話 Running Poet
一人の男が
男の走る速さは、尋常ではない。馬に乗って追いかけても追い越せない程の速さで走っている。
草藪の中を走り抜けた男は、やがて山林の中に突入する。
山の中には多数の木々が生い茂っている。男は木々を
男の前に一匹の黒い熊がいる。胸の所に白い三日月模様を持つツキノワグマである。成長した個体なのか、大きさは大人の男と同じくらいである。
大抵の者が恐れをなしてしまうような獣だが、男は恐れる事なく熊に向かって走っていく。
あまりの速さで走って来る男を見て、恐れをなしたのか、熊は、ブルッと体を震わせた後、横の方に飛んで、男から逃げるようにして走り去った。
山林を駆け抜けた男は、農村に辿り着く。
田んぼと畑が広がるのどかな農村である。
例え雰囲気がのどかでも、男の足が止まる事は無い。
男は相変わらずの速さで
農村を抜けた男は、町に辿り着く。
多数の民家や店が立ち並び、老若男女様々な町人達で溢れている。
にぎやかな町である。
男は民家の前に来ると、天高く跳躍して屋根の上に着地。そこからまた跳躍して、別の民家の屋根に着地。
男は、家々の屋根から屋根へと次々と飛び移りながら進んでいく。
ここは屋敷内の庭園。
庭園には、いくつもの庭木が植えられており、岩で囲まれた大きな池もある。
美しい庭園である。
ここでも男は走っている。
男の走る先には池があるが、男はそのまま走っていく。
男は池に突入した。
しかし、男が沈む事は無かった。
男は水の上を走っている。バシリスク――中南米に生息するイグアナ科の爬虫類――のように。
足が沈み切らない内に足を上げるという動作を、素早く繰り返しながら、走っているのだ。
男の視界に一匹の蛙が飛び込んできた。黄緑色の背と白い腹を持つ可愛らしい蛙である。
蛙は岩の上にいたが、やがて池の中に飛び込んだ。ばしゃっ!
「!」
何を思ったのか、男は神妙な顔つきをしている。
しかし、神妙な顔つきをしたところで、男の足が止まる事は無かった。
隅田川近くの庵に沢山の俳人が集まって、
沢山いる俳人の中に、先述の水上を走ってきた男がいた。
ばしゃっ!
何かが水に飛び込んだような音が、男の耳に入ってきた。音のした所は、庵の外と思われる。
男の
何か因縁めいたものを感じたのか、それとも神の
――蛙は言っているのだな。私に一句詠めと。ならば、遠慮なく詠ませてもらうぞ。
俳句を詠む前に男は深呼吸する。そして――
「古池や
男は言葉の一つ一つに魂を込めた。
男が俳句を詠み終えると、周囲から「おおーっ」という声が上がった。
伝説の一句が誕生した瞬間である。
皆、男が詠んだ俳句に感心しきっているようである。
この俳句を詠んだ男は松尾芭蕉。後に俳聖と呼ばれる人物である。
Running Poet 矮凹七五 @yj-75yo
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