第2話 旦那と小学校に忍び込んだ件
「なんか、帰って来た気がするな」
こーちゃんの、しみじみとした言葉。
「私も、なんか、わかる気がするわー」
これは、郷愁っていうのかな?私たちが幼い頃を過ごしたこの場所が、そのままで、なぜだか、帰ってきた気持ちになっていた。
「とりあえず、校庭見て回ろっか」
「うん。そうやね」
すっかりこーちゃんもその気になっている。街灯が校庭を薄く照らす光景が、なんだかとても幻想的で、結婚一周年のデートとしてもいい。
「あー、ここ。ドッジボールよくやったよなー」
「うんうん。こーちゃんは、いやらしいプレイしとったけどな。キャッチできないところピンポイントで狙ってくもん」
ふと、思い出す。小学校低学年の頃は、ドッジボールの授業があった。
「いやらしいプレイとは失礼な。紅葉やって、わざと当たって、外から好き放題攻撃するの楽しんどったやろ」
そうだった。正直、限られたスペースを逃げ惑うのは好きじゃなかったので、さっさと当たってしまって、ボコボコ、中にいる相手チームの子にボールを当てるのが好きだった。
「あ、お互い、似たもの同士ってことで」
あえて、正攻法から外れたプレイをしたがるところは、確かに似たもの同士だったのかもしれない。そんなところが、昔から面白かったけど。
「あー、飼育小屋!うさぎとかまだおるよー」
その昔、小学校で飼育委員をやっていた事を思い出す。
「もう、でも。かなり代替わりしとるんやろな」
「でも、今も続いとるみたいで安心したわ」
私たちが昔を過ごした光景があって、嬉しくなる。
「あー、でも、フンの掃除とかめんどかったのも思い出してきた」
「同じく。ウサギもインコもアヒルも同じ小屋におったもんね」
まだ小学校の感性だったから、不潔だの何だのはあまり思わなかったけど、臭かったのと、めんどうくさかったのは覚えている。
「あ、そうそう!こーちゃん、よく、アヒル虐めて遊んどっったやろ!」
小屋の中にいるアヒルを見て、思い出した光景。
「虐めて……?滑り台から、アヒル滑らせとったな。でも、虐めちゃうって」
「いやいや、アヒルにしてみれば、虐待やって」
「ま、そうかもな。子どもは残酷なものってことで」
こーちゃんは、小屋で飼っていたアヒルがお気に入りで、抱えあげては、滑り台の上に乗っけて、ざざーっと滑らせていた。今思えば残酷な話だけど、私も楽しんじゃってたから人の事は言えない。
「ていうか、思い出した。紅葉もニワトリを無理やり滑り台に乗っけとったやろ」
「あ……あれは、ニワトリが空を飛べるかという実験っていう奴で」
無理やりな弁解を試みるが、少し分が悪い。
「あん時、既に、ニワトリが空飛べんことはしっとったと思うけどな」
こーちゃんに、じろっと見られる。
「あ、でも。羽、ばたばたさせて、少しは飛べとったやん。少し、だけ」
「紅葉も同罪な」
「そうやね……」
なんだか、やけに記憶が美化されてしまっていたけど、意外と私たちはひどいことをしていたらしい。当時、飼育委員だった他の子も似たようなものだったけど。
「よし。次は遊具を見て回るか」
「うん」
校庭の一角にあった遊具の数々。
ジャングルジムに滑り台。その近くに鉄棒。などなど。
「ジャングルジム、昔はお互い好きやったよね」
「ああ。どれだけ高いところから、着地できるか競ったりな」
そもそも、ジャングルジムの趣旨からは外れているかもしれない。でも、何故か、私たちの間では、ジャングルジムに登って、どれだけ高いところから、うまく着地できるかが流行っていた。
「今思うと、あれ、よく、怪我人でんかったな」
「そやねー。私も、ほんと、やんちゃやった」
でも、今見ると、ジャングルジムは凄く小さく見える。
「なー。ジャングルジムから飛び降りるの、やってみいひん?」
「えー」
途端に嫌そうな顔になるこーちゃん。
「可愛い妻のお願いやん。それに、この高さやったら、大丈夫やろ」
「そうだな。なんで、昔は大きく感じてたんやろな」
というわけで、二人して、ジャングルジムの上の方に登る。
「よし、いっせいのーで、でジャンプするぞ!」
「うん!」
一息に、たんと、足場を蹴って、ジャンプする。
一瞬、ふわっとした感触がしたけど、無事、着地成功。
「そういえば、小学生の頃は、この高さからは無理やったな」
しみじみと語るこーちゃん。
「うん。私らも、成長したってこと」
変わらないものもあれば、変わるものもある。
きっと、今、ここに通っている子たちも、その子たちの遊び方を開発しているだろう。
それから、しばらく校庭を見て回って、かつての景色を懐かしんだり、昔との違いを楽しんだりした。
「でも、廊下は鍵かかってるかあ」
「まあ、仕方ないよね」
防犯に関しても、きっと、私たちの代よりうるさくなっただろう。
「じゃ、そろそろ、帰ろう?」
十分満喫したのか、こーちゃんは言うけど。
「んー、もう一箇所だけ」
せっかくのいい雰囲気のデートだ。締めは……。
「まさか、体育館に侵入できるとは」
「鍵かかってないところがあったの思い出したんよ。それで、もしかしてって、思って」
「セキュリティー意識が低いわ」
「無粋なこといわない!」
「はいはい」
そう。やっぱり、体育館は色々思い出に残っている。
だから、ぜひとも訪れておきたかった。
「なんか、始業式とか終業式とか、入学式とか行事色々やったけど、ほとんど覚えとらんな」
「だいたい、早く終わらんかなーってノリだったよね」
真っ暗な体育館を懐中電灯で照らしながら、語り合う。
「で、紅葉は体育館で何したかったんや?」
私の方を見て、ニヤニヤしている。さすが、旦那。よくわかってる。
「壇上で、キス、したい」
「紅葉は乙女やな」
「そりゃー、私は乙女ですとも?」
だって、思い出の場所で、キスとか、凄いやってみたかったのだ。
コン、コン、と私たちの足音だけが響く中を、歩いていく。
卒業式の頃のわたしは、何を思っていたのかな?
中学校への期待だった気もするし、不安だった気もする。
こーちゃんも、何か思う所があるのか、ただ、無言だった。
そして、数分も経たずに、私たちは壇上に上がる。
壇上中央で、私たちは、あと一歩の距離で向かい合う。
対面には、やさしげに私を見つめてくれる彼の姿。
「今まで、ありがと。これからも、よろしくね。旦那様」
「俺の方こそな。これからも、よろしくな。紅葉」
キスなんて慣れているはずなのに、少しだけ緊張する。
ちゅ。と唇を合わせる水音が響くのを感じる。
ちゅ。ちゅ。と何度も、何度も唇を合わせる。
一度だと全然足りなくて、何十分もそうしていたのだった。
そして、帰り道。
「なあ、紅葉」
「どしたの?こーちゃん」
「なんか、その、ムラムラが収まらないんやけどな」
少し恥ずかしそうに、正直に言ってくれる旦那様。
「ふっふっふー。当然、狙ってたんよ?」
ああして、何度もキスしてれば、興奮してくれると思って、というのも実はあったのだ。
「あー、もう。紅葉は悪い嫁やな」
でも、そういいつつも、口元が笑っている。
「こーちゃん、今夜は寝かさないからね♪」
「俺の方こそ、寝かしたらんぞ!」
こうして、やっぱり、腕を組みながら、私たちは家路についたのだった。
結婚記念日と夜の小学校 久野真一 @kuno1234
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