結婚記念日と夜の小学校

久野真一

第1話 嫁が小学校に忍び込もうと言って来た件

「なるほどな。戦国時代と言っても、昔習ったのとは違って、随分研究が進んでるんやな」


 ベッドでごろつきながら、最近の研究者が書いた室町・戦国時代についての話を読みふける俺、荒山浩二あらやまこうじ


 春の夜は、こうして、ごろごろして読書するのが最高だ。


「んー、あたしはもううろ覚えやけどね」


 横合いから抱きついてくるのは妻の紅葉もみじ。今は、結婚一周年を祝って自宅でのささやかなパーティを終えて、二人でベッドで寛いでいる。


 と、何やら紅葉の手が下半身を弄ってくる。ちょっと。


「紅葉。その、いきなりだと、ちょっと困るんやがな」

 

 彼女は唐突に、そういうことをしてくることがある。


「ええやん、ええやん。こーちゃんのソコも元気やろ?」


 そんな事を邪気の無い笑顔でいうものだから、本当に困る。


「そういうのは、もうちょっと夜が更けてからでええやろ?」


 もちろん、大好きな紅葉にそうされて嬉しくないわけがない。とはいえ、ちょっとタイミングがあると思うのだ。でも、そんな気分屋なところも可愛いのだけど。


「んー、それやったら、こーちゃんは動かんでええから。というわけで~」


 と、ズボンをずりおろしにかかる紅葉。男のサガか、色々反応してしまうのが悲しい。


「いや、だからちょっと待てや。もうちょっと準備をだな……」

「こーちゃんは変なところロマンチストなんやから。恥ずかしがっとるだけなのはわかっとるんよ?」


 にっしっしと笑顔を浮かべて、蠱惑的な表情で迫ってくる紅葉。本音をズバっと言い当てられているのが、非常に困る。


「じゃあ、わかった。お願いするな」

「そうそう。素直になればよろしい♪」


 というわけで、まだ午後八時だというのに、紅葉に色々されてしまった。


◇◇◇◇


「どう?満足した?」


 彼女からの行為を終えて、ズボンを上げた後、感想を聞かれる。


「満足なんやけど。紅葉は嫌じゃないんか?舐めるのとか」


 紅葉からの愛情を感じて嫌じゃないんだけど、どうしても少し気になる。


「毎回言っとるけど、気にし過ぎ!愛してる旦那を喜ばせてあげられるんやし、それに、あたしが主導権握っとる感じがして嬉しいんよ」


 本当に、本当に、ただ嬉しそうな顔で言われてしまうと、やっぱりそれは彼女の本音なのだろうと思える。それに、長年の付き合いだし、本当に嫌なプレイを言い出したりしないしな。


「そっか。ありがとな」


 愛情を込めてしてくれた紅葉の気持ちが嬉しくて、彼女のきめ細かな髪をゆっくり撫でさすっていた。


「ごろにゃーん♪」


 なんだか、わざとらしい声を上げて、より密着してくる。もっと、紅葉の体温やシャンプーのいい匂い、ブラ越しの膨らみを感じて、くらくらしてしまう。


 結婚して今日で一年なのにこの調子だ。


「なんか、ラブラブやな、俺たち」

「そらそうよ。こーちゃんも、いつもあたしのこと大事にしてくれるし、どんどん好きになってくよ」


 ちら、と視線を合わせると、にっこりとした微笑み。

 暗い寝室の中での、こういうひと時はやっぱり好きだ。


「俺も、紅葉がいっつも尽くしてくれるし、メロメロやな」

「んふふー。尽くす女やろ、あたし」

「ああ、ほんと、尽くしてくれてるな。ありがとな」


 目線を合わせて礼を言うと、ついとそっぽを向かれてしまう。


「もう……!ツッコミ待ちやったのに、そういう台詞ずるいわー」


 こいつも、妙なところで恥ずかしがるんだから。


「別に夫婦の愛情表現はしてもし過ぎることはないやろ?」

「それはそうやし、嬉しいんやけど……」


 そっぽを向いたまま、どこか恥じらう様子の声が可愛い。尽くしてくれるのに、素直に礼を言うと、途端に照れる、妙に初心な所は昔からで、本当、いい嫁をもらったと思う。


 しばらく、そうして、雰囲気を楽しんでいたところ。


「あ!思い出した!」


 急に紅葉が声をあげるものだから、ビクっとしてしまう。


「どうしたんだ?何か思い出した?」

「いや、あたしらって、小学校の頃、こーして寝たことあったよーな」


 その言葉に、確かに、朧気だけど、そんな情景が浮かんでくる。


「あれ、いつの頃やろな。確か、紅葉のおかんがお前を連れてきた時?」


 二十歳も過ぎて数年も経てば、その頃の思い出というのもぼやけるもの。


「んー、私も思い出せんのよね。なんか、ぽかぽかして気持ちよかったんやけど」


 うんうんと考え込んだと思うと、くるっと姿勢を回転させて、視線を合わせてくる。


「なあ、ちょっと思いついたことあるんやけど。夜の小学校、探検しに行かへん?」


 暗い中で爛々と輝く瞳。彼女が何か思いついた時の瞳だ。


「別にいいけどな。どうしたんや、急に?」

「小学校探検したら、もっといっぱい思い出せるんやない?」

「まあ、そうかもやけど……。よし、行くか!」

「二つ返事で言ってくれるところ、大好きー」


 と、また密着されてしまう。


「いいから。小学校探検行くんやろ?」

「あたしは、別に、またしてからでもええんやけど」

「優先順位、入れ替わっとるやろ。さ、行くで」

「はーい」


 紅葉の奴はスイッチが入ると、よくこうなる。まあ、それだけ愛されていると思うと嬉しくもなるけど、二連続はちょっと疲れる。


 というわけで、まだ少し寒いので、コートを羽織って、二人揃って、夜の小学校に向けて出発。


 なのだけど。


「んー♪」


 歩きながらも、紅葉は俺にしがみついて離れない。


「本当、甘えん坊なんやから」

「そんなの知っとるやろ?」

「まあな。ほれほれ」


 彼女のきめ細やかな肌を、ふと、ぷにぷにしてみる。


「こーちゃんも好きやね。ぷにぷにするの」

「紅葉の肌やわらかいからな。癖になるんよ」

「もー。困った性癖なんやからー」

「紅葉も人のこと言えへんやろ?」

「そーなんやけどねー」


 閑静な住宅街だから、もうほとんど人も歩いていない。

 こうして、夫婦でいちゃついていても見咎める人は居ないので、やりたい放題だ。


 そんなこんなで、歩くこと約十五分。無事、目的地の、味吉あじよし小学校に到着。


「とうちゃくー!」


 夜が深くなってきたからだろうか。

 やけに、紅葉がハイテンションになっているな。


「味吉小見るの、久しぶりやけど。そんなに変わってへんね」

「ああ。細かいところは改修入ってるけど」


 妙な校章に、門も概ねそのまま。遠目に見る限りは、そのままだ。


「とにかく、侵入するか」


 なんだか、俺までワクワクしてきた。


「もう。こーちゃんも、なんだかんだで、ワクワクしとるんやからー」

「男はいつだって、探検にロマンを感じるもんやの!」

「女だってそうよ?」

「紅葉はそうやな」


 というわけで、低めの校門を乗り越えて、無事、侵入成功。

 そこにあった光景は、不思議と何かを刺激して。


「なんか、帰って来た気がするな」


 なぜだか、そんな事を言っていた。

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