島尾

ある一人の人間の支えとなっている犬

 家に飼い犬がいる。


 黒柴である。


 体毛が灰色〜茶色で、くすんだ灰のように白みがかり、黒いツヤは一切ない。


 せんだって、別の若い黒柴を見た。機敏な動きで、電柱の側面に鼻を走査させ、他の者に大いなる関心を示していた。


 昔は、私の家の飼い犬も同様だった。凄まじい勢いで草むらの奥底に鼻を差し込み、ありとあらゆるにおいを学習・記憶しているふうだった。そこには若さという活気があり、反映だろうか、毛もツヤめいて黒黒として輝いていた。ことさら注意を払うのは大便をする場所であり、入念ににおいを嗅いだ後そこを何周も旋回し、辺りの景色に警戒と不安の色を呈した目つきで、ゆっくりと大便が排出されていた。


 今はもう、白髪まみれの灰色な犬だ。動きはヨタヨタし、座ると右後ろ足がだらしなく外側に広がる。まともに歩けず、座れず。

 今日玄関扉を開けると、犬の大便が転がっていた。ボケが進行しているのだ。

 薄い悲しみと、無常な世界に抗えないことへの諦めが、反射的に湧いた。俺は犬を忘れてはいなかったけれど、今日初めて犬の魂が燃え尽きようとしている現在を知った。

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島尾 @shimaoshimao

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