第12話 敗戦への序曲

都市国家ヴィーネの前には〝アヴェリア平原〟と言われる広大な平原が広がる。今、そのヴィーネの外壁から10キロほど離れた場所には〝カプロス〝と、云う名の移動要塞が鎮座していた。

この移動要塞はロベルン社が販売している有名な移動要塞〝ベヒモス〟とはライバル関係にあるトマス社の移動要塞である。全長330M。最大幅130M、全高70M、と、ベヒモスよりも大きく、左右に大型実弾三連砲が一基づつ、前面に三連レーザー式主砲が縦に一基づつ計二基が装備してあり、移動要塞後部にも一基、備え付けてある。左右の三連砲は180度回転する為に後方の敵にも威力を発揮する。この辺りの武装はベヒモスと酷似しており、先に〝ベヒモス〟を販売していたロベルン社からトマス社に対して、本社をおく都市国家セドで訴訟が起こされた事があったが、ロベルン社は敗訴している。

今、その移動要塞〝カプロス〟の中は重い空気に包まれていた。特に中央作戦指令室の空気が重い。そこでは十名ほどの上級士官達が長方形の長い机を囲んだ椅子に座り、三次元立体映像ホログラフィーの地図を見詰めながら押し黙っていた。

その映像には凸型をした光点が青と赤色に分けられ表示されていた。人口衛星の機能を利用した即時表示地図リアルタイム・マッピングである。

現在の表示はアヴェリア平原の中央ギリギリの処に赤色の凸が三つ横に並ぶ形で表示されており、青色の凸型も三つ迎え撃つ様に対峙する様が表示されている。

押し黙ったままの中でも特に目立つのは上座に座る白髪をオールバックにしている齢七十五歳になるこの軍の総司令官ロベルト・ラビッツ辺境候で、彼は右手を額に充てて苦悩の表情を浮かべていた。


「今、一度、戦況報告を」


彼がそう告げると、一人の士官が敬礼の後に報告する。


「現在、アムルス陣営に動きがあります。アムルス本国方面から多数のトレーラーが敵陣営に参集している状況を衛星からの映像にて確認。特にコンバット・ホームが多数目立ちますので傭兵の補充が大量に行われている物と思われます。を越えてこちら側に進軍して来る可能性が極めて高いと思われます」


「総司令。非常に危険な状態です。本国は何と返答を?」


上座に座った総司令ロベルトの傍に着席していた上級士官が声を掛ける。


「・・・読んでみろ」


と、ロベルトが制服のポケットから取り出した一枚の手紙を投げ捨てる様に上級士官の目の前へ放り投げた。「失礼いたします」と、頭を下げてそれを読む。


「・・・これは・・・」


一言だけ呟くと、ロベルトの方へと今一度、顔を向ける。


「本国からの通達だ。書かれている通り、補正予算がようやく組まれて二日後に執行されるそうだ。その金額は・・・二億ディラー」


「遅すぎますッ!しかも、たった二億だなんて・・・敵は数日内にはレッド・ラインを越えてこちら側に侵攻作戦を開始するのですよ!」


一人の士官が文面の内容に声を荒げた。


「私に文句を言っても始まるまい。財政省の決定だ」


そして、二人のやり取りを聞いていた居並ぶ他の上級士官達も口々に意見を言い始めた。


「連中はこの期に及んで基礎的財政収支プライマリー・バランスを気にしているのかッ!?」

「この戦に敗れれば、我が国は地政学的に見て圧倒的に不利な状況に置かれるのだぞッ!?」

「連中は何も見えておらんのだ。見えているのは数字だけだ。しかも明らかに間違った化石の様な経済学に乗っ取った視点で見ているのだ」

「財政省は、恐らくこの戦で我が国が負けた後など何も気にしていないに違いない。財政的に厳しくなれば増税をして国民から搾取をすれば良いとでも考えているのだろうなッ!」


途切れる事のない財政省への批判の中、総司令官を務めるロベルト・ラビッツ辺境侯が片手を挙げた。それを目にした上級士官達は徐々に口をつぐんでいった。


「諸君。君達の言いたい事は良くわかる。私も同じ気持ちだ。だが、事、ここに至っては、手にあるだけで何とかせねばらなん。出来るだけ案を出してほしい」


しばらく皆は押し黙り、やがて一人が声をあげた。


「総司令官。この僅かばかりの予算で出来る事は限られております。しかも時間もありません。この上は正規軍の予備兵力の投入。そして、傭兵の再編しかないと進言させて頂きます」


他の者達も首肯しゅこうした。ロベルトも頷いた。予算も時間も無さ過ぎるのだ。平原で睨み合っている以上、作戦は限られており、相手は常に先手、先手を取って来る。敵軍であるアムルス陣営の方が予算も豊富な上に連携は取れており迅速に動く。ヴィーネは平和にうつつを抜かして来た為に〝いざ〟と云う時に備えて来なかったツケが回って来ていた。


「・・・やはり、それしかあるまいな」


総司令官であるロベルトが言葉短くそう言うと、居並ぶ士官達も皆、頷いた。しかし、士官の一人であるバルド・マッセという男が頷きつつも片手を小さく上げた。ロベルトが「発言を」と意見を促す。


「はい。私も皆様と同意見でありますが、細かい提案をさせて頂きたく思います。肝心の傭兵部隊の再編制なのですが、相手の傭兵部隊にぶつけるのであれば、それなりに名の知れた強者つわもの達を雇う必要が出てきます。もし既に契約解消した者達を再雇用するとなれば、我が軍の現状を知っている為、以前の契約金では応じる可能性が低いと思われます」


「契約解除した者達以外で強者達を集める。と、云う事は出来ないのかね」


「・・・我が軍がアムルス陣営に押されていると云う現状はニュースでも直ぐに伝わりましょう。いえ、既に情報を得ている者達がいるかも知れません。戦となれば、引き時が非常に難しく、下手をすれば敵の捕虜になった挙句に身ぐるみを剥がされるか、悪くすれば死亡する確率も高まります。非常にリスクの高い状況は経験豊富な傭兵ほど避けるはずです。特に今回の戦に一度も参戦しておらず、戦況が体感出来ていない強者つわもの達は募集をかけても応じて来ない可能性が高いと思われます」


「・・・なるほど。しかし先の意見で作戦を勧め何処かで押し返せなければ勝ち筋すら見つからんぞ」


ロベルトの声は苦悩に満ちていた。


「はい。ですので契約を短期に限定した上、費用が掛かっても実力のある者達から優先的に契約交渉する様にしてはいかがと具申いたします。腕に覚えがあり利にさとい者達ならば、そのギリギリの状況でならば多少なりとも集められましょう。後は数で補うしかありません」


ロベルトが硬い表情のまま「ではその方針で進めてくれ」と、短く答えるとバルド・マッセは「了解いたしました」と、頭を下げた。その他、細々とした各・士官の部隊との連携を話し終えた後、会議は解散となった。だが、退席しようとしたバルドにロベルトは、この後、自室に来る様にと声を掛けた。





そして、二人は今、テーブルを挟んで共に紅茶を飲みながら話をしていた。二人の後方にある執務机の横にはロベルトの雑務をこなす為に男性型のソレノイドが一体おり、直立不動の姿勢で立っている。二人は職務とは関係のない取り留めもない話に花を咲かせていた。そもそも、ロベルト・ラビッツとバルド・マッセは同郷の出身であり、知人でもあった。貴族・・・とは名ばかりの爵位を継承し続けているロベルト・ラビッツの家系に対してバルド・マッセの家系は代々、仕える立場にあった。

そして、バルド・マッセの代になった現在でも、彼は現・ラビッツ家の当主であるロベルトを事ある毎に陰に日向に支え続けて来た。


「・・・お前の指揮の下、野盗共を退治してから、もう、二十年程になるか・・・」


ふいにロベルトがかつて自領で発生した事件の事を話し始めた。バルドは唐突な昔ばなしにいぶかし気にロベルトを見た。


「閣下・・・いきなりどうされたのですか?」


ロベルトは笑みを浮かべながら「閣下はよせ。二人きりの時はいつもの呼び方で良い」と返した。


「では・・・ロベルト様。何故、その様な話を・・・」


「何、ふと昔の事を思い出してな。お前と話がしたくなっただけだ。私が現在、少将と云う地位にあり、戦場でと呼ばれる立場でいられるのは全てお前が私に尽くしてくれたおかげだ。改めて礼を言う」


そう言うとロベルトはバルドに頭を下げた。バルドは慌てて止めに入った。


「おやめください。ロベルト様。むしろ、私はロベルト様のご出世への橋渡しをしてしまった事を今では後悔しているのです。まさか、ロベルト様が現役の時にこの様な紛争が発生しただけではなくという立場を押し付けられてしまわれたのですから」


ロベルトが所属する軍務省という場所は平時であるなら何もする事もなく安全、安泰な場所であるはずだった。ヴィーネという都市国家は二百年間もの間、紛争や戦争とは関係なく他国の陰謀に巻き込まれる事もなく惰眠を貪って来られたのだから。


「はは。嫌味でお前に話しているのではないぞ。誤解せぬ様にな。あの時、ヴィーネとシトロスの国境の間の森林に住み着いていた野盗共を退治する指揮を執ってくれたのはお前だ。ソレにも関わらずお飾りの上司であった私に手柄を譲り渡してくれたおかげで私は出世し、今日こんにちまで安穏と暮らして来れたのだ。本当に感謝している」


ロベルトは穏やかな口調と優しい眼差しをでバルドに感謝を告げた。その様子に彼の醸し出す雰囲気とは別にバルドは何か嫌な物を感じ取った。まるで人生の最後に・・・そう。自らの終わりに際して何も思い残す事がない様に・・・と、云う様な縁起でもない気配を感じ取ったのだ。今では上官と部下の関係であり、現代では名ばかりとも言える爵位ではあるが、ロベルト・ラビッツは自らが住まう地域の領主である事に変わりはない。

領主の行う統治によって各地方は良くも悪くも変わる。しかし、ロベルトの家系は代々、住民に重税を敷く事も過剰な労働を敷く事も無く、領民達は常に自由を謳歌して来た。それ故に家系とは関係なく、バルド・マッセは温厚な性格のロベルト・ラビッツの為に全身全霊を持って現在まで仕えて来たのだ。


「案ずるな。バルドよ。戦いには勝つ。劣勢である軍が優勢である軍を打ち負かした事など人類数千年の歴史上には数え切れぬほどあるのだ。又、例え勝てぬまでも相手の戦力の多くを削ぎ落せば、ある程度こちらに有利な状況で講和に持ち込む事も可能だ」


「心得ました。今、我々に出来得る限りの力を用いて善戦する事をお約束いたします」


そう答えた物のバルド・マッセの心は晴れなかった。しかし、今、出来る事もやるべき事も一つしかない。只、〝敵を倒す事〟のみだ。ソレのみを心の中に留めながら、彼は尊敬する司令官と穏やかなひと時を過ごした。

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スティール・ロード 村雨 竜次 @murasamerin

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