第11話 軍師フェリックス

会議後、解散したベヒモス内の中央作戦指令室には二人の人物が残っていた。一人はアムルス軍・総司令官カール・エッケル伯爵、そして、もう一人は軍師フェリックス・メンデルであった。エッケル伯爵は立ち上がるとポットに入れてあったヌルくなった紅茶をティー・カップに注いだ。


「君も飲むかね?冷めても紅茶に変わりはない」


「閣下からの手づからとは・・・喜んで頂きます。私は俗に云う〝ツウ〟ではありませんから」


にこやかに言うとフェリックスは立ち上がって皿に乗ったティーカップを受け取った。そして、未だにテーブルの上に浮かんだままの三次元立体地図ホログラフィー・マップを眺めながら長机の中央部分まで歩いて行く。そして、冷めた目で地図を見詰める。そんな彼を見ながらエッケル伯爵が問いかけた。


「先ほどの会議で気になっていたのだが、君が先の戦闘行為で目立った活躍をしていた騎兵アーマー・ギア達の事は見知っていたのかね?ソレともバイエル少佐や調査していた連中達から情報を得ていたのかね?」


彼は薄っすらと笑みを浮かべながら、しかし、目線は地図を見詰めたまま答えた。


「いえ。彼らから報告を受けたという様な事は御座いません。しかし、戦場を耐えずモニタリングしていれば、であれば、ありとあらゆる情報は手に入る物です」


「・・・なるほど。そういう物なのか」


と、エッケル伯爵は言った物の、実際に生き物の様に変化する戦場で細微に至るまで戦況を把握する事などイチ個人では不可能である。先程の情報ではバイエル少佐より情報が挙がって来たが、何百機もの機体が同時に動いて攻防を繰り返している最中、優勢、劣勢の区別は出来てもどの様な機体が特徴的な活躍をしているかなど判別する事など相当に難しい。そもそも、バイエル少佐に情報を報告した者がいる様に、それぞれの場所を絶えずモニタリングしている担当官がいるのだ。それをこの男は戦域全体を己一人で見ている。と、言っているのだ。確かに彼は通常の衛星からの映像だけではなく、自身のコンバット・ホームから八基もの小型衛星を打ち上げてあらゆる戦況をモニタリングしている。エッケルもそれを知ってはいたが、まさか、刻一刻と移り変わる映像全てを把握していると云う事なのだろうか・・・それを考えると一瞬、おぞ気が背中に走った。


「メンデル君。ところで〝見えている範囲〟の事はわかったが〝見えていない範囲〟はどうするのだ?と、云うか〝見えていない範囲〟とは一体、何なのだね?」


間髪をおかずにメンデルは答える。


「閣下。見えていない範囲と云うのは相対する敵の『なか』の事です。相手国の国家の経済状況、市民感情、軍の動員数、装備、予算、そして、国家運営の方針。コレら〝見えている範囲〟を分析する事によって紛争や戦争によって戦端が開かれた場合、相手国の行動を予測出来ます。しかし、戦いが始まった場合、最も重要になってくるのは、相手国の指揮官のです。臆病なのか、傲慢なのか、はたまた慎重なのか・・・そうした個人の本質は必ず指揮に影響する物なのです。ソレこそが〝見えていない範囲〟です。こうした指揮する者の性格を把握する事によって、戦況に影響するイレギュラーな部分を出来る限り排除する事が出来ます。ドレだけ時が流れようといくさ等と云う物は人と人の戦いでしかありません。〝勝利〟とは、人間の本質という物を抜かりなく考慮して準備する事によって得られる物と私は考えております。故に戦いが始まる前に全てを分析し、準備を終えている勢力こそが最も勝利に近しいと言えるのです」


エッケル伯爵は思わず目を見開いた。確かに敵国の分析をする事は必要だろう。祖国も以前からヴィーネの状況を調査しており〝勝利〟という公算が『大』である。と、

確信したからこそ、相手との話し合いを蹴り『紛争』に突入する道を選んだのだ。

それほど〝無限エネルギー〟を生み出す鉱石が眠る〝アストラル鉱山〟と、云う存在は国家にとって重要なのである。

しかし・・・そう、しかし、だ。事、いくさに関して、我が国はここまで徹底的に情報を取得していたのだろうか。甚だ疑問だ。只、今回の戦にあたってこの男を招聘出来た事は本当に僥倖ぎょうこうだった。何せ現在のアムルス軍の作戦立案、陣形展開は全てこのフェリックス・メンデルという男の意見に従って進めて来たのだから。しかも、現在までの状況は、ほぼ、彼が初期に予想した通りの展開に事が進んでいる。


「閣下には感謝しております。この様な仕事をしておりますと、〝軍師〟と云う立場で私を雇用しているにも関わらず私の意見を聞き入れて頂けない事も多いですから・・・」


メンデルがエッケル伯爵に感謝を述べた。


「そうなのかね?」


「はい。何度か実戦を経験した事などが指揮官にありますと、自分が経験した〝型〟に当て嵌まらない戦略、戦術などを聞いた時に拒否反応を示して、私の提出した案を却下して口を挟み始めるのです。そして、無謀な作戦を計画して実行した挙句、失敗すると責任を私に押し付けて来られる方もおられました」


「・・・むぅ・・・それは・・・災難だったな」


エッケルは何とか言葉を紡ぎ出した。暗に〝自分の作戦に口を挟まないでください、口を挟んだ場合は責任の所在を押し付けないで下さい〟と、云う彼の意志を自らに突き付けたも同じだ。そして、思い出した事がある。今回、彼を招聘するにあたり、彼から提示された条件の一つに〝自らが提供する作戦に関しては異議を差し挟まない事〟と云う一文が入っていたのだ。過去にこの様な経験をしていれば、その一文が入った事にも合点が行く。


「しかし、その様な状況下で良く無事に済んだ物だね」と、当然の感想が漏れ出た。


「ハハ。それは今回もそうですが、事前の契約には、私の責任を一切、問わない旨を記していましたからね。私の責任を問うて来た指揮官殿は契約の内容など覚えていなかっただけなのです。私はあくまで裏方です。表に出る事は御座いません。勝利した時には閣下を含め、今回、この戦に携わった方々の功績で御座います。又、逆に敗北した時の責任もそうなります・・・」


「・・・ふむ」


と、エッケルは納得したが、同時に(相手が契約を反故にして責任を追及し始めた時はどうするのだろうか?)そういう思いも湧いて来た。だが、口八丁手八丁でこの男ならば逃げ切る気もする。一般人は良く勘違いしているが、相手国の人間が責任ある立場であればあるほど、であれば、傍若無人で無体な行いは早々、出来ない物なのだ。責任ある立場であるにも関わらず、全く軍に関係がなく、表に出て来ない様な人間に責任を押し付ける行為は、多くの関係者の信頼を一気に失ってしまう事に成りかねない。


「それでは閣下。紅茶、ご馳走様でした。私もそろそろ自室に戻らせて頂きます。何か急用が御座いましたら直ぐにでもお呼びください」


「うむ。次の会議までゆっくりと休息してくれたまえ」


メンデルが礼を言って出て行くとティーカップを机に置いたカール・エッケルは一つ息を吐いた。そして、胸の前で右拳をグッと握ると目を瞑った。もう、後、一歩・・・後、一歩で今回の紛争を終わらせる事が出来る。改めてその思いを強くするのだった。





コンバット・ホームのロックが外れる音がすると一人の男が中に入って来た。男の名はフェリックス・メンデル。無言で室内にいた男性型ソレノイドに上着を脱いで渡すとダイネットの椅子にドサリと腰をかけた。そして、着ているシャツの胸元のボタンを外すと「ふぅ・・・」と、一つ息を吐いた。ソレノイドは渡された制服の上着をハンガーに通すと丁寧にラックに掛けた後、落ち着いた様子で彼の目の前のテーブルにケーキを置くとティーカップにを注ぐ。フェリックス・メンデルが室内に入ってソレノイドが紅茶を注ぐまでの一連の行動は、阿吽の呼吸とでもいうべき物で、互いを知り尽くした者同士にしか成し得ない動きだった。


「お疲れ様です。フェリックス様」


と、金髪を短髪にして青を基調とした服装の男性型ソレノイドがにこやかにフェリックス・メンデルに対してFNファースト・ネームで呼びかけた。このコンバット・ホームはフェリックス・メンデルがアムルスに乗って来た彼所有のコンバット・ホームであった。


「あぁ。すまんなブラウニー」


と、言いつつケーキをスプーンで掬うと口に運ぶ、ほのかな甘さが口の中に広がる。さらに紅茶を一口飲んで彼はやっと人心地ひとごこちが着いた。


「先ほどカール・エッケル殿と話をしていた時、あの方は「冷めても紅茶に変わりはない」とおっしゃられた。私もソレに同意したのだが、確かに紅茶に変わりはないがかは又、別の話になる」


ブラウニーと呼ばれた彼のソレノイドが黙って頷く。


「どの様な食べ物にも飲み物にもと、云う物が存在する。例えば紅茶だ。暖かくとも冷めていても紅茶に変わりはないが、飲み頃の温度と云う物が存在する。90~100度まで熱した後、60~70度まで冷めた温度が最も適しただ。同様にいくさと云うにも適した瞬間が存在する。ソレはどの状況で守り、攻めるかと云う物だ。コレを逸すると、途端に状況へと早変わりする。今こそ、その適した瞬間。敵を疲弊させ、攻めに転じる絶好の好機だと言える」


ここまで言うと手を組んで目を瞑った。フェリックスの脳裏に過去の記憶が浮かび上がる。彼は先程の会議で〝戦い全体に影響を及ぼす『個』等と云う物は存在しない〟と発言した。その言葉に嘘は無い。だが、過去にたった一度だけ、ソレを覆し兼ねない〝個〟と云う存在を見た事があったのだ。


極悪魔ハイパー・デビル〟と呼ばれる傭兵がいる。紫と黒のカラーリングの紫紺の機体を操る戦場を駆ける〝戦鬼〟の如き傭兵だ。一年前、フェリックスは軍師としてではなく一人の傭兵として、とある作戦に参加した。

一人の傭兵として参加した理由は、戦士として現場を知る事によって軍師として雇用された場合、マクロ的な視点とミクロ的な視点を同時に思考する必要があるからだ。その時にと出会ったのである。


数々の機兵アーマー・ギアが倒れ伏すその中に只、一機、両手に一刀づつを持ち、毅然と立つその紫紺の機体・・・後方からその姿を見ながら心の底から味方で良かったという思いと、戦場に出て初めて《恐怖》という感情を実感した瞬間だった。


(・・・彼が敵側にいれば異なる作戦を考えねばならかった処だが・・・現在、得た情報に彼の存在はない・・・ならば、このまま推し進めるのみだな)


と、思い自らの作戦の続行を再認識して目を開けた瞬間、彼のコンバット・ホームの扉を何者かがノックした。ブラウニーが「どちら様でしょうか?」と、尋ねると、ノックをした者はアムルス陣営の連絡担当の人間でメンデル宛の郵便を届けに来たという事だった。扉を開けてブラウニーが手紙を受け取り礼を言うと、届け人は中のメンデルと視線が合い敬礼をして立ち去った。


「・・・ふぅむ。ここでも同じだな。私のパートナーであると言うにも関わらず、一人の兵士もであるという理由だけで誰もお前に敬意を払わん」


メンデルはそう言うと憮然とした表情になった。ブラウニーは苦笑しながらメンデルを諭す。


「仕方がありません。フェリックス様。ソレノイドは『物』と同じで御座います。故に彼らの態度もあくまで一般的な対応でありますし、悪意があるわけではないと思われます。それほど気分を害される必要はないかと・・・」


「・・・まぁ、確かにそうではあるのだがな・・・だが、お前は私の指示で様々な雑事に対応しているのだ。お前に敬意を表さないと云う事は見方を変えれば、私に敬意を表してないと云う事にもなると思うのだ」


「確かに広い視野で見ればそうですが、しかし、どの様な高官の方のソレノイドに対しても誰しも態度は変わりはしないのですから、余りお気になさる事はない方がよろしいかと思います。変に周囲との関係に良くない変化をもたらし兼ねません」


「ふぅ・・・ソレノイドであるお前に気を使われるとはな。確かに気にしすぎなのかも知れん・・・」


「はい」


ブラウニーが笑顔で「どうぞ」と、郵便を渡すと。フェリックスは丁寧にペーパー・ナイフで封を切り、中の物を取り出した。ソレは小さなケースに入れられた縦3センチ横1センチ程の小さな電子チップだった。厚みは1ミリほどだ。他には何も入っていない。フェリックスはソレを机の上の三次元立体PCパーソナル・コンピュータの小さな本体横のスロットに差し込む。スイッチをONにして差し込んだファイルをクリックすると、良くわからない文字列が目の前の空間に表示された。様々な数字と幾何学模様が羅列がされており、何が表示されているのかサッパリわからない。

フェリックスは黙ったまま、胸ポケットから小さなケースを取り出すと中からチップを取り出し、先ほど差し込んだスロットの隣のスロットに差し込んだ。すると見る間に意味不明だった文字列が意味のある文字列に置き換わった。先ほどの電子チップに内蔵されたいた文章は暗号化された文章だったのだ。そして、フェリックスが差し込んだのが解除キーである。

こうした暗号化されたメッセージのやり取りは隠密にやり取りをする場合には必須である。しかも、フェリックスが用いている暗号化ツールは、あらかじめ設定した解除キーでないと解除不能なツールであった。

フェリックスは内容物に目を走らせる。しばらくすると、フェリックスの口から含み笑いの様な物が漏れ出て来た。


「クク・・・はは。お笑いだ」


「どうなさったのですか?」怪訝けげんな表情を浮かべがらブラウニーが声をかけた。


「お前も読んでみろ」


そう言われたブラウニーがフェリックスの対面に座る。フェリックスは空中に浮かび上がっている表示エリアに触れると、ブラウニーが読み易いように、くるりと指で反転させた。ブラウニーは読み終えると思わず愁眉しゅうびを寄せた。


「これは・・・」


フェリックスが見せた文章・・・それは情報屋から送られて来たヴィーネの内部情報であった。ヴィーネの中央庁に勤務する人間から得た内部情報だが、別に軍の重要な情報というわけではない。内部で決まった諸々の事案であり、二~三週間後には外部でニュースとして発信される程度の情報だ。だからこそ、守秘義務が存在するにも関わらず、遵法意識じゅんぽういしきの低い人間の中には、大した事だと考えもせずに情報屋に、はした金でそうした内部情報を情報屋に売り渡す人間がいる。だが、その二、三週間後に外部に向けて発表される情報を事前に敵国の人間が知る事には、時として計り知れない戦略的価値が生まれる事になるとも知らずに・・・

暗号化された電子チップはフェリックスが所持する電子キーでないと解読出来ない特殊な物である。しかし、例え解読する事が可能だったとしても情報を生かせる人間が見ないと、この程度の情報は無意味、無価値でもある。


フェリックスがブラウニーに見せた情報の大半はたいした事のない情報が並んでいたのだが、その中に一か所だけ見過ごせない情報があったのだ。それに彼も彼のソレノイドも気づいたのだ。


「気づいたか?どうやらヴィーネは今回の紛争に関してようやく補正予算を決めたそうだ。おそらく前線で指揮をしているロベルト・ラビッツ候からの強い要請を受けて、しぶしぶ財務庁が重い腰を上げたと云う事だろう」


「・・・しかし、今頃になって補正予算の編成をしても・・・しかも、額がたった二十億ディラーですか」


「そうだ。遅すぎる・・・何もかもな。情報が確かならば執行予定は一週間後だが、その一週間が運命を決めるのだと彼らに教えてやろう」


フェリックス・メンデルはニヤリと笑みを浮かべた。

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