第7話  重茂原子力発電所 ①


岩手県宮古市より内陸に位置するところ、早池峰山が見下ろすようにそびえたつ場所に川井市はある。

昔、川井八幡様が祀られていた場所から後ろ側の山々はすべて平地になり、川井中央駅を中心に碁盤の目のように区画整理された街並みは、

どこか京都に似せて作られたようなそんな印象を受ける街である。

川井中央駅前には、バスロータリーをはさむように、大型ショッピングセンター、遊興施設、原子力発電所に関連する企業のオフィスビルなどがあり、

そのオフィスビルの並びには、7階建ての川井市役所、私立川井高校などがある。

また、旧川井村役場付近には、川井消防署、川井警察署、川井税務署、ハローワーク川井、川井年金事務所などの公共施設がならんでいる。

少し離れた小国地区には、小国工場団地が立ち並び、原発関連で岩手に引っ越した家族が暮らしている。


寺田は、NR(ノースレール)山田線の川井中央駅内で新聞を読みながら、重茂原発へ案内してくれることになっている北日本電力の職員を待っていた。

新聞には数年前から、川井市を中心に女子高生ばかり狙う連続通り魔殺人の記事が一面を飾っていた。通算7件目の事件らしいが、未だ犯人は捕まっていない。

川井市と重茂原子力発電所は、ほぼ同時期にできて、重茂原発稼働により地域経済は飛躍的に伸びたのだが、犯罪発生率も同時にあがった。

重茂原発の主要下請会社の中に暴力団関係も入っていて、【 多井良(たいら)組 】と呼ばれている。もちろん破防法もあるので、

ヤクザによる目立った犯罪はむしろ少ないのだが、原発前ののどかな川井とはまったく違う街となってしまっていた。


川井中央駅から重茂原発までのリニアの運行は、朝6時から深夜0時まであり、旅客便と放射性廃棄物を乗せて内陸に戻る貨物便に分かれている。

もちろん、各車両はまったく別なのだが、人が通るところを放射性廃棄物も通るのは正直、複雑な気持ちになる。

待合室で、新聞をたたみ腕時計を見ていた寺田に声をかける男性がいた。


背の低いスーツ姿の男性「こんにちは、もしかすると寺田助教授でいらっしゃいますか?」

寺田「ええ、北日本電力の?」

背の低いスーツ姿の男性「はじめまして、わたくし北日本電力重茂原子力発電所所長の里見といいます。よろしくお願いいたします」

寺田「はじめまして、今日は、重茂原発の視察調査で来ました、寺田といいます。よろしくです」

里見「もうすぐ8時出発のリニアが来るので、ホームに移動しましょうか」


二人は、待合室を出てリニアのホームへ向かう。

間もなくリニアは駅のホームに入り、車両に乗車する二人。


里見「時速500㎞で約30キロの距離を走ります。所要時間約3分30秒なのでトイレに入っている間に重茂地区につきます」

寺田「リニアは、初めて乗ります。酔わないといいのですが・・・」

里見「それは問題ないです、【リニア酔い】はありえませんよ、振動と静音性は従来の新幹線の比じゃないです」

寺田「従来の廃棄物の陸上輸送と違う理由がわかりません。何故リニアなんですか?」

里見「それに関しては、施設に着いてからも説明いたしますが、他の原発より廃棄物が多いんですよ。従来の原発5基分の電力量を1基で出せるんです。

それを2基稼働させてますので、単純計算で1日当たり10倍の放射性廃棄物が出てしまうんです。そのためのリニアになるんです」


川井中央駅のホームには、寺田と里見以外にも、沢山の人々であふれかえっていたが、そのほとんどが重茂原発の作業員と

思しきものばかりで一般人はほとんど見当たらない。最近は、鉄道会社もイメージキャラクターを宣伝に利用するところも多く

【リニア男子】と呼ばれるイケメン乗務員のイラストが描いてあるグッズなどがあちこちで売られている。北日本電力のイメージキャラクター

【東方電子】と【リニア男子】のコラボグッズなどもあり、売店はさながらアニメショップと見間違えてもおかしくない感じである。


里見「寺田さん、リニアで廃棄物を搬出する理由はもう一つあるんですよ。重茂原発は、海洋上にあります。

特殊ケーソンの上に建てられているわけですが、敷地内はほとんど設備に埋め尽くされていて一時的に廃棄物を保管する場所はほとんどないんです」

寺田「つまり、置き場所がないからリニアで、ということですか?」

里見「そうなります。それから、数十年先の話しになりますが、海の下に最終処分場を設けて、陸地の処分場をすべて撤去する計画もでています」


寺田と里見を乗せたリニアモーターカーが、出発時間と同時に動き出す。


里見「本社の八乙女からも聞いていると思いますが、重茂原発は活断層が無い場所での運用をしています。このまま、自然災害への耐久実績が積み重なれば、

同じような海洋上の原子力発電所が国内に増えるようになる。それと同時に国内の陸地にある原発はすべて廃炉になり役目を終える形になる」

寺田「つまり、陸地にある原発設備をなくして、発電能力の高く少ない設備で、国内の電力需給をまかなえるように変わっていくということですか?」

里見「われわれも放射能をガスや電気のように扱えるものであったならここまでしません。危険を承知で人を放射能のリスクにさらすのは本意ではないんです。

世間では、原発を目の敵にしている人もいますが、技術がすすめば放射能もいずれ無害にまでできると私たちはそう信じて今の仕事を続けています」


リニアが出て1分で宮古に入り、2分過ぎには山田町豊間根を通過する。3分で重茂沖に達し、遂に目的地の重茂原子力発電所内のホームに到着した。

二人は下車して、北日本電力のライトバンに乗車して、中央管理棟を目指す。

中央管理棟内部は思ったより人でごった返していた。

作業員と警備員が何かの準備をしている、その手には電子銃も握られていた。

何かあるのだろうか・・・。


里見所長「先日、テロリストが宮古市に潜入したとの情報がありまして、外注の警備会社に警備の強化を依頼したんです。

防電チョッキがあるとほぼ防がれてしまうのですが、やれることはこれくらいの自衛手段しかとれません」

寺田「テロリストですか・・・、津波が来ればそれどころではないはずです」

里見「ええ、ですがこの重茂原発には、完全防衛機構として【GAIAシステム】があります。M10クラスの地震の揺れでも相殺できる特殊ケーソンが、

揺れを伝えないので、原発は止める必要がない。田老原発とは違います、従来のものとはまったく別物と言ってもいいでしょう」


管理棟の通路のいたるところに、ガラスケースに入ったワイングラスが置かれていた。

グラスの中には、ふちまでいっぱいにワインがこぼれそうなくらい注がれている。


里見「この重茂原発が稼働してから幾度となく小中規模の地震がありました、そのすべてで、地震の揺れを無くすことができたんです。

ワイングラスのワインは一滴もこぼれていません。重茂原発を止めるのはこのワインがこぼれたとき、そう私は決めているんですよ」


重茂原子力発電所は敷地の周囲を高さ5mの強化プラスチック製の壁で覆われており、旅客船などは停泊できるようにはなっていない。

見た目が要塞のように見える原発施設を山田町の人は【 船越の秘密基地 】、重茂地区の人は【 魹ヶ崎要塞 】などと各々呼び方が違う。

発電所には川井市と山田町、そして重茂地区の人が多く仕事で来ているのだが、意見の対立が少なくないのでいつもどこかでケンカが絶えない。

北日本電力の社員がいつも仲裁に入るのだが、悪いときは傷害事件にまでなるときもあるので、

人員は出身地区によって分けて配置するような配慮がなされている。


2011年1月中旬 重茂原子力発電所 中央管理棟内


寺田と里見所長はエレベーターに乗り5階までのぼる、途中、何人かの作業員が乗り降りするも5階まで行くのはこの二人だけだった。

エレベーターを出て、真っ直ぐ進んだ突き当りに【中央制御室】、その左隣りには、【GAIAシステム管理部】がある。

二人は【中央制御室】へと入っていく。


赤い防護服の男「里見所長、おはようございます。今日の来賓はどちらの方ですか?」

里見「来賓ではないよ、ここを止めるかどうか調査に来た大学教授の方だ。昨日、話しておいた電子銃の不法使用については連絡してくれたのかな?」

赤い防護服の男「ええ、重茂地区の住人からサンリクジカの大量の死体が出て困っていることは聞いています。

下請作業員の何者かが、電子銃で遊び半分にシカを撃ったものだと言われてますがね」

里見「県のシカ管理検討委員会から、【 植林による害獣抑止 】を進めている場所として宮古・山田・大槌・釜石地域が使われている。勝手に人が手を加えて鹿を殺すと正確なサンリクジカの繁殖率が、

データとして残らなくなるのでやめて欲しいとの依頼も来ている。テロ対策のためにある電子銃を野生動物に使われるのは我々としてもマズイからね」

寺田「電子銃は、原発敷地内の使用に限り認められた火器じゃありませんでしたか?」

里見「あ、マズいこと聞かれちゃいましたね。そうなんですが、暴力団関係の作業員もいるので、拳銃みたく使いたくなるんでしょうかね、困ったものです(苦笑)」


岩手の山林に限らず、シカによる農作物の被害(シイタケなど)は増える一方で、減ることはない。

それと相反して、狩猟人口は毎年減ってきているので、銃による間引き以外の解決策は昔から論議されていることだった。

近い将来、人がなるべく手を加えないでできる野生動物の保護と生態系バランスの維持は、必要になることなのである。



ちなみに、【 植林による害獣抑止 】とは、南米産のスギやマツにはサンリクジカのホルモン分泌を抑制する成分が含まれている樹種があり、

それを日本のスギ、マツと交配させたものを品種改良することで日本で育成できるものにします。

サンリクジカの雌はスギとマツが好物でこれを食べたフンを排泄します。サンリクジカの雄は繁殖期になると、雌の糞を食べる習性があり、

この糞の中に含まれているホルモン分泌を抑制する成分によって、繁殖期のオスの生殖行動を抑えるというもの。



寺田は、里見から一通り重茂原発についての説明を聞いたが、知識不足のためかわからない部分も少なくなかった。

二人は、【中央制御室】の部屋をでて、【GAIAシステム管理部】へ移動する。

GAIA(がいあ)とは、ギリシャ神話にでてくる大地の女神のことである。

名前に負けないその性能はまさに【女神に守られた原発施設】と言っても過言ではないのだろう。

里見所長と寺田が、GAIAシステム管理部に入室すると二人の女性職員が出迎えた。


里見「北日本電力の社員ではないですが、GAIAシステムのシステムエンジニアをしている方たちです」

彩羽(いろは)「初めまして、寺田さん」

斐布美(ひふみ)「スイマセン、今日の地下制御室は保守点検中なので見学はできないんですよ(苦笑)」

寺田「構いません(笑)これだけの施設です。津波なんて無いに等しいでしょう」


【 重茂原子力発電所 ①:END 】 


(注1:作中に出てくるサンリクジカは架空の動物です。また、【植林による害獣抑止】については、国内でそういう計画はありません。

ただ、作者が知らない国や土地ではあるかもしれません)

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