第2話 時間遡行


2021年3月11日 宮古市 摂待トンネル内


主人公は、震災後、宮古北高に入学、卒業後、地元の給食センターの配送員の仕事をしていた。

毎年、摂待のおばあちゃんの命日3月11日には、おばあちゃんに引き合わせてくれたクマ除けのスズを配送車の中に飾っている。

あれから、10年。両親は離婚して、父親と暮らしていたが、その父も去年、亡くなった。

摂待の主人公の家には彼一人が住んでいた。


3月11日、今日の配送も一段落したので、摂待にある給食センターへ主人公が戻る途中にそれはおこった。

突然、車内にぶら下げているスズの音が鳴りはじめる。

驚く25歳の主人公。と同時に、向こうから見慣れない大型車両が数台、列をなして走ってくる。

余程、重要な荷物なのだろう。普通の箱トラックとはまったく異質な形状をしたトレーラーのような車両が3台。

その中の一台が対向車線を大きくはみ出て配送車の前へ飛び込んできた。


主人公 ( !!! )


ブレーキを思いっきり踏み込む、ヘッドライトがまぶしくて目をつむった瞬間、

主人公は意識を失った。


冷たい風が主人公の頬をなぶる。寒気を感じた主人公が目を開けた。

ヘッドライトの光を眼前に捉えた瞬間、意識がなくなった。

しかし、体に衝撃はなく、痛みもない。目を開けて起き上がり周囲を見渡す。

主人公の少年が立った後ろの数メートルのところにトンネルの出入り口が。どうやらトンネルの外の路肩に寝ていたようだ。

そして少年は、自分の体の変化に気付く。作業服がダブダブ。何か変な感じ。なんだろうと立ち上がって自分の体をまさぐる。

体が、縮んでいるような気がした。もう一度自分の手や顔を何度も触る。

やはりおかしい、何か体に違和感がある。靴が、靴のサイズが明らかに違っていた。

全体的に、体が一回り小さくなったようだ。一体、何が自分に起きたのか・・・。


20?年?月?日 宮古市 摂待トンネル付近(原発有りルート)


少年は、身に着けているモノを探す。おばあちゃんのクマ除けのスズが唯一胸ポケットに残っていただけで、

あとはサイフもスマホもなくなっていた。鏡があれば、自分の状態を確かめられるんだが・・・。

摂待トンネルからしばらく歩いて、毎日タバコを買いに行くタバコ屋の前についた。店に入る主人公。


主人公 「ごめんください」

女店主 「は~い、今いきます」


中から年の頃は40代後半くらいの女性が出てきた。

見た覚えがある顔なのに、どこか違う。女店主は眼鏡をかけていなかった。

眼鏡をかけていないのでわからなかったが、実は2021年までほぼ毎日顔を見ている女店主と同じ人だった。

違うのは、まだ老眼が進む前の顔だということ。


女主人 「あ、神社の近くのぼっちゃんだね。今日はおばあちゃん、まだ見てないね」

主人公 「あの、実は、ちょっと変な事聞きたいんですが・・・」

女主人 「どうしたの?」

主人公 「あの・・・、ボクいくつくらいに見えますか?」

女主人 「いくつ?あれ?まだ中学卒業してなかったでしょ、おばさんには、15歳に見えるけど、何かあったの?」

主人公 「あっ、いいんです。ありがとうございました」


と、挨拶をしながらタバコ屋のおばちゃんの背後にあるカレンダーの日付に目が釘付けになった。


   【 2011年1月11日 】


わざわざ古い日めくりカレンダーをお客の見えるとこに置いているとは考えにくい。

やはり、今のカレンダーなのだろう。それが間違いないなら、オレは10年前の時代にいることになる。

しかも、震災の2か月前じゃないか。こんなことってありえるのか・・・。

で、またこれから震災を体験するとか、嫌な思いをまたするのかと主人公は気分が悪くなった。


しかし、結論付けるにはまだ早計だとも思い、とりあえず、店を出て、45号線沿いに家へ向かう。

何か、今の時代がわかるものを探そう、そう思いながら歩く。

30分は歩いただろうか、しばらく木々が国道を挟む、木陰ばかりが続いていたが、ようやく開けたとこにでた。

ところが、開けたところではあるんだけど、妙なフェンスや派手な黄色と黒色の看板が沢山、道路わきに並び始めた。


おかしい・・・。給食センターに帰る途中に、こんな看板、しかも沢山あったとは思えない。というか無かったはずだ・・・。

ここ、本当に宮古?と半信半疑に想いながら、先を進む。

さらに10数分歩くと、明らかにこれは以前無かった風景が目に飛び込んできた。

大きな交差点、1車線の国道と交わる道路は2車線でその向こうには、横長のゲートが道路と敷地内を遮るように伸びている。

さらに、敷地内には様々な建物が乱立していた。

何かわかるかもしれないので、ゲートまで距離はあるが歩いて確かめることにした。


主人公の少年がゲート前にたどり着くも、人は、いないようだ。

いないわけでは無くて守衛所の人が見えないだけなのだが、主人公は気付いていない。

建物の名前らしきプレートを見つける。


【 北日本電力 田老発電所 】


そこには、【 原子力 】の字はない。しかし、内部の建屋によく似たものを震災後のテレビで見たものを覚えているr。

福島第一原発。おそらくここも原子力発電所であろうと主人公にはそう見えた。

だが、主人公がいた未来の宮古には原発はない。2021年の宮古市には原発はないはずなのに、何故、過去の時代に・・・?

というか、もしこのまま東日本大震災が日付どうりに起これば・・・。宮古も放射能に汚染される。

いや、宮古市だけにとどまらず、被害は岩手沿岸全域まで及ぶのではないか。

2011年1月の時点では、誰も津波が来ることは予知できていない。

今の自分に出来ることと言えば、家族に地震のことを伝えるくらい。子供の自分ではできることはそう多くない。

主人公は、家には帰らず、来た道を戻って摂待中学校の担任に話そうと決めた。親にはそれからでも遅くはない。

出来るだけたくさんの人に話を伝えてくれそうな人物といえば、今の自分の状況中学三年の自分では担任くらいしか思いつかない。

ゲートを背に来た道を戻る。

『TAROU nuclear power station』と書かれていた。バス停もあったが確認せずゲートを背にもと来た道を戻る。

日が沈み前に摂待中学に間に合えばいいが・・・。


2011年1月11日 宮古市 宮古市立摂待中学校


2021年から2011年1月にタイムスリップした主人公は、摂待中学の担任に、2011年に津波が来ること、

原発が事故を起こしてメルトダウンする。宮古だけじゃなく、釜石や久慈も人が住めなくなることを訴えるも相手にされない。


担任「おとといは、宮古市役所に爆弾が仕掛けられただった?昨日は、宮古湾にシロナガスクジラが入ってきただったよな。

   で、今日は、津波で岩手沿岸が壊滅するか・・・

   明日は、東北に原爆でも落ちてくるのか(笑)

   ウソは、面白いウソなら先生も聞くが、捻りが足りないぞ、それじゃ~小説家はおろか漫才師も難しいな」


主人公「先生、それだけじゃないよ。ボク、未来から来たんだ、本当のボクは25歳。

    学校給食の配達の仕事をしてたんだ。昨日の午前中までは・・・

    というか、多分、昨日までの俺と今、先生の前にいる人は別人かな」

担任 「ん~、確かに顔は同じだが・・・ってそんなことあるか~

    未来から来たは、面白い(笑)座布団9枚やろう。

    さて、先生、部活のコーチ行くから話の続きはまた明日な」

主人公「そんな・・・」


うなだれる主人公。それを尻目にそそくさと職員室を去る担任。

主人公は、話を聞いてくれそうな大人を考えた。

学校給食の仕込みしてるパン屋のおばあさん。

いつも、朝早くから給食の準備に誰よりも早く仕事始めてるおばあさんがいた。

おばあさんは、摂待中学のそばにあるパン屋にいる。

この人なら、聞いてくれるかもしれないと期待しつつ学校をでる主人公。

時刻は夕方3時、日が落ち始めて辺りは少しづつ暗くなり始めていた。

パン屋にあと数百メートルのところで、自分より背の高い男子生徒三人がこちらに向かってくる。

よく見ると、中学の制服ではなかった。悪名高い『田老高校』の男子生徒。

嫌な予感がした。2011年、当時の噂を思い出したからだ。

『田老高校』は私立高校で、田老原発に従事している金持ちの子供が通う高校だが、ヤンチャな生徒が多く入学することでも有名な高校だった。

通りすがりに何も起こらないことを祈りつつ、高校生三人とすれ違う主人公。


木田「おいっ!おめえ~よ、今、にらんだよな!!」

主人公「なっ、ボ、ボクにらんでなんかないですよ(汗)」

木田「あ~っ?にらんだっつったら、にらんだんだ!!おいっ、のらしてんじゃねえぞ、こらっ!!ちょっとツラかせや!!」


主人公より頭二つ分くらい背が高い。太ってるからか顔はパンパンにはれている。

デブの眼が、カミソリで顔に「す~っ」と切れ込みをいれた部分に申し訳ない程度に薄く開かれた眼は、

大のオトナでも震え上がるくらいの強烈に鋭い目を主人公に向けて威嚇する。

デブの隣にいるサルのように背中を丸めた、もう一人の男子生徒に、主人公は襟首をつかまれて、引っ張られる。

パン屋とは、反対方向の薄暗い林の中へ消える4人の生徒。


主人公「やっ、やめてください・・・ボク何もしてないじゃないですか・・・」

木田「そっちからにらんどいて何もしてないは無いわな(怒)」

猿沢「兄ちゃん、摂待中学か。エライ人にガン飛ばしてくれたな、おいっ!」


ドッと突き飛ばされて地面に屈する主人公。

立ち上がろうとした瞬間、強烈な拳が顔面に飛んでくる。

顔が火が付いたように熱くなって、口の中いっぱいに『鉄のような味』のものが広がる。

ゴロゴロした口の中の異物を口から落とす。

それは、白いカタマリが三個。歯が折れた。激痛で口の中がおかしくなりそうだった。

【殺される・・・】本能的に主人公はそう思った。

地べたに突っ伏した状態の主人公を足で踏みつけるデブ。体重のせいもあってかなり苦しい。

腹の中のものすべてが逆流して口から出てきそうな感じがした。苦しすぎて涙が出てきた。


猿沢「お、兄ちゃん泣いてんのか?これくらいでおねんねするのは、まだ早いぜっ!!」


続けざまに背中を何度も踏みつける。このまま続いたら腸が破けるのではないかと思うくらい三人に足で踏まれる。

その様子を木の陰から見ていた男がいた。

細身の体の眼鏡をかけた50代後半くらいのその男はゆっくりと4人の男子生徒に近づく。


眼鏡の男「高校生三人がかりでやることじゃないよな、それ以上やったら生徒指導だけじゃ済まなくなるぞ」

木田「げっ!宮商の先公がなんでここに・・・?」

眼鏡の男「あいにくオレには学区とか関係ないんだ。摂待だろうが宮古だろうが、生徒指導はやる主義さ」

主人公「・・・(宮商?宮古商業?)」


高校生三人は、蹴るのをやめて、足早に去る。

それを見届けてゆっくりと主人公に近づく眼鏡の先生。


眼鏡の先生「大丈夫・・・じゃないな・・・歯が折れてる。背中、痛いよな。起き上がれるか?」

主人公「・・・・」


主人公は、腹が苦しすぎて立てない。うずくまったまま座ってるのがやっとだった。

その主人公にハンカチタオルを渡す先生。


2011年1月12日 宮古市内 熊本病院2階の病室内 (原発有りルート)


主人公は、摂待トンネルでの事故から昨日までの出来事を病室のベットで振り返っていた。

昨日は、寺田先生に連れられてここに運んでもらい、病院で治療を受けた。アバラ骨が折れてて全治2週間と言われた。

正直、殺されると思った。寺田先生が運よく通りかかってくれてたから良かったものの、あのまま殴られ続けたら死んでいたかもしれない。

口が痛い。前歯が三本無くなっていた。先生に、前歯が欠けているとこを見られるのが恥ずかしくて話がしにくい・・・。

ふと、ベットの脇を見る。寺田先生が毛布を体に巻いて寝ている。家に帰らなかったのはやはり心配してくれてるからなのかな・・・。


寺田「おっ、起きたね。どう?痛くないかい?」

主人公「先生、おはようございます。昨日は助けていただいて、ありがとうございます」

寺田「私も三対一でやりあってたらどうかな?逃げてくれて私も助かったよw正直、殴り合いは専門教科じゃないからね」

主人公「先生、今日はどうするんですか?あの~できれば地震の事をみんなに知らせてほしいんです」

寺田「もちろんそのつもりだ。で、今日はその前に昨日の続きを聞きたくてね」

主人公「続き?」

寺田「うん、君がタイムスリップできた原因を知りたいんだ。何かいつもと違うことをしなかったかな?」

主人公「いつもと違うこと、ですか?う~ん、スズを車に吊るしたくらいです。」

寺田「スズ?それは、今、持ってるかい?」


主人公がクマ除け用のスズを寺田に手渡す。ちょっと変わった形のスズ。

寺田は、スズを振ってみるが音がしない。中の振り子がかたまってるのだろうか。

見た目の大きさと違ってずっしりとした感じ、金属の比重の高さを感じた。


寺田「これを少し私に預けてくれないかな?残念ながら宮古には詳しく調べる設備がない。

盛岡の発掘を専門にしている人のところに持っていこうと思うんだ」

主人公「いいですよ、先生、スズが何かの役に立ってほしいです」

寺田「ありがとう、分析してもらえば色々わかると思う。時間遡行の秘密もね」


寺田は、埋蔵文化財センターの米山氏に、スズの分析してもらうつもりでいた。

その間に、原発関係者と宮古市長に津波のことを伝える。津波襲来まで二か月、できるだけのことをやって被害を最小限に食い止めたい。

寺田は、病室をあとにして、車に乗り106号を盛岡方面へ向かった。


2011年1月13日 盛岡市 岩手埋蔵文化財センター


1995年から北上山地をまたいだILC建設予定地に建設前に発掘調査を大々的に行われたことでも

記憶に新しい岩手埋蔵文化財センター。ここの責任者が私の先祖のファンという妙な縁があってたまに訪れる場所である。

ILC建設前の発掘調査は、1995年から2002年までの7年間、江刺市、一関市、気仙沼市の3県が同時に調査され、様々な遺構が発見され

また新たな仮説も提唱されたらしいが詳しいことは私もわかっていない。

今から会うのは、そのILC発掘調査の陣頭指揮をしていた米山所長である。発掘だけではなく、地震学にも造詣が深い。

『寺田寅彦』が結んだ縁と言えなくもないが、いざと言うときは頼りにできる旧友である。

センターに入り、部屋に案内される寺田。米山氏が来た。


米山「寺田さん、岩手沿岸の地震予測の研究、日本地震学会の長老たちに潰されたとか・・・心中お察しします」

寺田「ああ、ま~今日はそれとは違う用事で来たんだけどね」

米山「うちらは、個人的な調査依頼は基本受けてないんですが、寺田さんなら無条件で調べますよ」

寺田「米山さん、ありがとう。実は、話せばちょっと長くなるんだけど・・・」


寺田は、米山に、宮古市で会った不思議な少年のことを話した。地震が2011年3月に東北一帯を未曽有の大津波が襲うこと。

そして、原発がある三陸沿岸は、本当に津波が来れば、100%放射能の汚染を受けて、人が住めなくなること。

少年は、2021年の未来から2011年の過去の宮古市に転移したこと。


米山「ん~ちょっと突飛すぎて、ついていけないですね・・・。その少年の話は寺田さんしか知らないのでしょう?」

寺田「ただ、話からすると私の仮説より若干地震の時期が早いことと規模が桁違いに大きいのを除けば、私が予想した状況がこれから起きる。

それを未来から来た少年が教えてくれた。私はそう納得しているんだがねw」

米山「寺田さんの仮説どうりだから信じた。ですか?ん~、わかりました、私も信じて見ましょう。ただ、このことはまだ公には・・・」

寺田「時間がとにかく少ない。だから、色々同時に進めていかないといけないと思う。で、調べてもらいたいものは・・・」


そういって少年から預かった【クマ除けのスズ】を米山に手渡す寺田。


寺田「これは、その少年が時間遡行をおこしたときに持っていたものなんだが、私が見たところ特殊な金属を使われてるように思うんだ。

宮古には分析できるところがなくてね、ここを頼りに来たんだが」

米山「うちで出来ることもそう多くないです。足りないとこは岩大に手伝ってもらいます。それで構いませんか?」

寺田「ありがとう、スズの分析中に官公庁を回って、なんとか事情を説明してみる。厳しいとは思うが・・・」

米山「大体1週間くらいだと思ってください。ただ、日本にない鉱物だともう少しかかるかもしれませんがね」


米山所長にお礼を言い、埋蔵文化財センターをあとにした。

今日は盛岡に泊まることにした。あと、行かなければならないのは岩手県知事と北日本電力。

果たして、地震がこれから起こるので原発をすべて止めて欲しい。

沿岸の人々を内陸部に疎開させてほしい。

などのことを聞いてくれるだろうか・・・。無理かもしれない。

でも、何もしないでただいられずにはいられない。

いろいろ考えてしまってすっかり夜中になってしまった、不安もいっぱいだが、できることでなんとか解決できないものかと思案する寺田だった。


【 時間遡行:END 】

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