Rias coast time ribaiveÐ
@hana04181
第1話 始まりの日 クマ除けのスズが見た過去と未来
2011年3月11日 宮古市摂待地区(原発なしルート)
宮古市摂待地区は、海に面した岩礁が土地の大部分を占めていて、住めるとこはわずかしかない。
そんな狭い土地ではあったが、地元に住む人はみな幸せだった。
春は山に山菜を取りに。誰も来ない摂待の山には、タラの芽が田んぼの稲穂のごとく生い茂った場所があった。
タラの芽好きにはたまらない光景、たくさん自生しているタラの芽が盗採にも合わず残っていられるのは、
地元の人がいつも誰かがいて見張っているからである。
夏には磯釣り、川釣り両方できた。お盆には、商店街の人がこぞって夜店を出して、夏の夜は賑わっていた。
わずかな人と小さい規模ではあったが、派手さはないが盆踊りも開催され年寄りから子供まで、
夜空の星が瞬(またた)いてる間中、踊りあかした。
夏祭りは、小さいモノから大規模なものまで、宮古市内の各所で執り行われていた。
過疎は進む一方だったが、それでも地元を愛してやまない人々からは、
摂待はもとより宮古全体が楽園だった。
その日、その時が、来るまでは・・・。
【 チリンッ ・・・ チリンッ ・・・ 】
スズの音が聞こえる。
このスズはおばあちゃんのスズの音。
いつもクマ除け用のスズを体に身に着けていた。形がちょっといびつなせいで、音が低め。
クマが気づかなければ意味がないのだが、それでも買い替えることをしないおばあちゃん。
耳が遠くなったからなのか、スズの音が低くなったのもわからないのだろう。
そんなスズの音を目印に主人公はイタズラをする。
主人公「わっ!!」
おばあちゃん「これっ!ビックリしたでね~の、いづのまに後ろに来た?」
主人公「ばあちゃん、とうちゃんかあちゃんが、今日は岩泉に出かけるから留守頼むって言ってたよ」
おばあちゃん「そうかい、じゃあ今日はおばあちゃんと何して遊ぶんだい?」
主人公「おばあちゃんはゲーム知らないからつまんないよ、友達ン家に行っていい?」
おばあちゃん「おばあちゃん、そう言われると思ってゲーム練習したんだよ。ほら、お前のいつもやってるやつ
おばあちゃんもできるようにしたよ」
どこから出してきたのか主人公の手にゲーム機を持たせるおばあちゃん。
おばあちゃんも同じものをもって、線でつなぐ。対戦もののゲームらしい。
耳は遠いが目はいいので、主人公が一方的に勝つものでもなかった、苦戦する主人公。
おばあちゃんのキャラのコンボがきまって、主人公が負けた。なかなかどうして、やり込んだ主人公を負かす
おばあちゃんの腕は侮れなかった。
主人公「おばあちゃん、勝ちすぎ(怒)負けて~!」
おばあちゃん「いつもおばあちゃんを負かしてるじゃろ、頑張って勝ってみい」
主人公「ちぇっ、よし、次は勝つかんねw」
時間を忘れて、孫とおばあちゃんはゲームに没頭しているときにそれはきた。
【 ドンッ 】
家、というか空間そのものが動いた、家もおばあちゃんも自分も一斉に跳ねた。
《 グラグラグラグラ ドンッ ガダガダガダガダ 》
家の下から突き上げるような衝撃、絶え間なく動く家。
もう立っていられないほどの揺れが二人を襲う。
おばあちゃん「地震、地震、伏せるんだよ、頭低くしろ!」
主人公「ばあちゃん、ばあちゃん、怖いよ~」
揺れはかなり長い、こんなに長い揺れは初めてのように感じたおばあちゃん、
嫌な感じがする、何かもっと酷くなるような気がしてならない。
と、揺れが止まった。
止まってしばらくして、防災無線の放送が始まった。
よく聞き取れない、孫に何を言ってるか聞くおばあちゃん。
**************************
おばあちゃんは、格闘ゲームに悪戦苦闘中だった。
携帯ゲーム機のメインシナリオにあたるところ、最終ボスが固い+復活があるので、
なかなかクリアできずにいたが、3時間ぶっ続けでプレイして、やっと倒せた。
わずかだが、自信はついた。明日は孫に勝てるかもしれない。
いつもあっさりおばあちゃんが負けるのを見て、孫が不機嫌なのには気付いていた。
互角は無理でも、これで少しは孫も見直してくれるだろうと考えていた。
最近、中学の同級生の影響か、やたら反発する。
孫は、おばあちゃんの耳が遠いのをいいことにバカにすることがある。
そういうときは、気付かないふりをしてバカにされるがまま怒りかえすことはない。
普段のしつけは厳しくしてる分、遊ぶときは思いっきり甘えさせる。
おばあちゃん子にならない程度に・・・。
おばあちゃん「何だい?防災無線が聞き取りにくいね・・・。無線で何ていってる?
最初の地震後からしばらくして流れた防災無線は、わずかに聞こえてはいるが内容はわからない。
孫に聞く。
主人公「( 摂待地区の住民は至急、摂待公民館に避難してください)だって」
おばあちゃん「公民館は遠いね・・・。近くの神社の境内のほうが早いのに公民館かい。
ブツブツ・・・」
家の中はメチャクチャになっていた。玄関までタンスやら何やら、様々なものが散乱していたが、
普段、山道を歩いているからか、容易にそこをすり抜けて玄関にたどり着くおばあちゃん。
おばあちゃん「おや、早くいかないと逃げ遅れちゃうよ」
主人公「ばあちゃん、先、行ってて。オレ、ちょっと荷物持ってくから」
おばあちゃん「そうかい、早く来るんだよ」
おばあちゃんは、先に家を出て、海側の摂待公民館へ移動し始めた。
おばあちゃんのスズの音が聞こえなくなるまで待つ主人公。
スズの音が聞こえなくなってから外に出るが、手には何も持っていない。
そして、【おばあちゃんとは逆方向】へ向かう主人公。その方角にあるのは神社。
主人公 (どうせいつもの訓練と一緒、津波なんて来るわけない。
おばあちゃんには悪いけど、今日は一人で公民館に行って。
大丈夫、津波来ないし、またいつもどうり夕方には家帰るだけだしね・・・)
2011年3月11日 宮古市 摂待神社
主人公が歩くこと10数分、神社の境内についた。
思ってたより人が多い。境内からは接待の防潮堤が一望できる。波は・・・まだ超えてなさそうだった。
ま、来るはずないから当然かな。と思ったそのとき
【 ドーーーーーーン 】
地の底から突き上げてくる衝撃は、さっきの地震を遥かに超えるものだった。
神社に向かって張ってある電線が大きくたわむ。鳥居も大きく揺れて傾く。
石階段の下のほうで何かが倒れるような音。その直後、電線が引っ張られてちぎれ飛ぶ。
とうとう電信柱は倒れてしまった。幸い近くに人はいなかったが、石灯篭の上に電信柱が倒れて、灯篭が二つに割れる。
鳥居は、耐えきれなくなって海側に横倒しになった。
まだ、揺れは収まらない、どこにいても危険な気がして身動きが取れなくなってしまった。
恐怖で動けない。
意識してなかったが、体は小刻みに揺れていた。
その揺れは地震ではなく、怖さでたまらない自分の気持ちがそうさせていた。
長い長い地震。正味5分の揺れなのに、30分くらいに感じた。いつもの地震とは違うのは明らかだった。
揺れがやんだ。
住職が、境内の人々を神社の中に招きいれていた。
主人公も列に加わり、神社のなかへ。
住職「ちょっといつもよりかなり大きいので、しばらく待ちましょう。いつもの訓練ならもう帰っても差し支えないですが、
これは、危険です。まだ、余震あるかもしれないんでしばらく動かないでいましょうか。」
周りに近所の人はいない。
昼間、仕事中だからみんな出先なのかな、とうちゃんたちが心配。
主人公(あっ・・・おばあちゃん海に近いとこ、ん~・・・)
主人公「あ、あの~おばあちゃんが・・・」
住職「いや、とりあえず待つんです。逃げ遅れたかどうかは、今は確かめるべきじゃない。
とにかく待つ。自分の身の安全が最優先、待ちましょう・・・」
しばらくして外が何か変なことに気付く。
何か音がする。ここでは、聞くはずのない音、それは。
「?ん?何か変な音しないか」
海の見えるほうへ数人のオトナが歩いてく。
「海が、海が、ちょっと大変、これは、こんなことあるの!」
誰かがそう叫んだ。
一斉に外が見える場所に人が集まる。
「何だ?えっ?津波だな、ていうか、もう防潮堤壊れかけてる。
これ、どうすんだ。ここも危ないよな。いや、こんなの見たときない・・・」
主人公の眼にもそれは映っていた。
こんなものは初めて見た。
海が生き物のようにうねりをあげて、海に近い家々を押し流しながらどんどんこちらのほうへ押し寄せてくる。
真っ黒な水の固まりが、意思を持ったかのように見えた。これが、海なのか・・・。
それは普段の海からは想像できない姿だった。まるで、海とは言い難いそれは、確実に神社の境内に迫っていた。
主人公(ばあちゃん!!)
海が神社の石階段を上り切った瞬間、
あと少しでも水かさが増せば境内に水が入っていたであろうが、そこで津波は止まった。
永遠に増え続けると思わせる水の勢いは徐々に収まりはじめた。
2011年3月11日夜 宮古市 摂待神社
もう暗くなって外を出歩くとこではなかったので、その日、神社に集まった人は、寺の本堂で
寝起きすることとなる。電気は止まったが、寺に自家発電が備わっていたため、寺の外は、
ずっと常夜灯の明かりが灯り続けていた。
神社は海を見下ろせる高台に、公民館は海の近くにある。
あの水の勢いでは、公民館は無事では済まないのは、主人公もわかっている。
気になるが今は動けない。明日、朝一で出かけるつもりでいる。
無事でいて欲しい。
2011年3月12日早朝 宮古市摂待神社
まだ誰も起きていない。
顔を洗い、出かける準備をする主人公。
境内を出て、石階段を下りる。上の方は何ともなかったのに下の方は、階段が、
石の階段がすべて流されていた。
ひとまず家に向かう。途中、ひっくり返ったカメのような乗用車を何台も見た。
その近くには、魚や海藻がいろんなとこに散乱していた。
家に着く。家の中は、ほとんど変わりがない。
家の裏の倉庫に入って、腕くらいの長さのスコップを持ち出す。
部屋に戻って、リュックにチップスターやゲーム機を無造作に突っ込み、足早に家を出る。
家から海側の公民館までは、少し遠かった。
家を出て最初の自動販売機に10円を入れて見る。おつりはすぐ出てきた。
電気が通じてない、歩く途中の自動販売機にお金を入れて、通電を確認しながら行く。
しばらく、泥まみれの道なき道をひたすら歩く。木々の少ない開けた場所に出た。
が、いっこうに家が見えない。いや、見えないのではない、家は沢山あるが、
ほとんどの家は、壁や屋根までまるごと流された後だった。どこも残っているのは基礎部分だけ。
たまに見かける形を維持した建物と言えば【 蔵 】、蔵は流されずに済んだものを2カ所見かけた。
泥道をよけながら歩きやすいとこを歩く、主人公は公民館にたどり着いた。
何故か平屋の公民館だけ残っていた、公民館の周囲は、ブロック塀に囲まれている。
周囲を見渡すとかなり遠くだが、もう一軒、流されずに残った家があった。これもブロック塀らしきものが囲んでいた。
*
摂待公民館に入る主人公。
窓ガラスはすべてない。人は、・・・いない。
中にあったはずのものはすべて流されて、建物の壁と天井以外なにもない。
一通り見渡し外に出る。
【 チリーン 、 チリーン 】
風のない海のそばで、その音は主人公の頭上から聞こえてきた。
主人公の眼前には大きな山桜があり、そのスズの音は、山桜の枝から聞こえる。
『 おばあちゃん 』が、山桜の枝に引っ掛かっている。
片腕が、左腕がちぎれていた。
足は、複雑に曲がって、つま先もあらぬ方向を向いている。
その腰にはクマ除け用のスズが、風はほとんどないにもかかわらず音を出し続けている。
主人公 「ばあちゃん・・・、やっぱり・・・」
主人公はその場にへたり込んだ、
頬を伝わる感触、あとからとめどなく溢れてくるそれのせいなのか
胸が苦しい。
声にならない嗚咽を交えながら、主人公は泣いていた。
主人公「オレがあのときウソを教えてなかったら・・・」
しばらくそのまま泣き続けて、20分は経っただろうか。
リュックのタオルで鼻水と涙を拭きながら、また『おばあちゃん』を見る。
『おばあちゃん』の顔をよく見た、その顔は・・・。
破顔、
体の状態からは想像がかなわないであろう、その表情は、
満面の笑みをその顔にたたえていた。幸せそうな死に顔だった。
後日、お葬式でまた「おばあちゃん」の顔を見た。
参列者のみんなが口々にこう言う。
「こんな、おばあちゃんの顔を見るのは、初めてだ」と、
おばあちゃんは、息子にも嫁にも厳しかった人で、ほとんど真顔だったと聞いた。
親戚のほとんどの人に笑うことがなかった。
おばあちゃんが笑ってくれていたのは孫だけだったと
そのときはじめて気が付いた、普段見慣れていたから、まさか、自分と遊んでいるときだけしか
笑っていなかったとは思えなかった。
主人公は、クマ除けのスズを形見にした。
それ以来、
嘘をやめた。ウソをつかなくなった。
ウソをつかなくなってからの間、何故か、スズも音を出すことが無くなった。
2021年3月11日 宮古市接待トンネル内
主人公は、給食センターに帰る途中だった。
突然、車内にぶら下げてるスズの音が鳴りはじめる。
ビックリする25歳の主人公。と同時に、向こうから見慣れない大型車両が数台、列をなして走ってくる。
その中の一台が対向車線を大きくはみ出て配送車の前へ飛び込んできた。
ブレーキを思いっきり踏み込む、ヘッドライトがまぶしくて目をつむった瞬間、
主人公は意識を失った。
【 始まりの日 クマ除けのスズが見た過去と未来:END 】
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