第3話 白森神楽


2011年1月13日 宮古市内 某所


寺田が盛岡にいる間、主人公は療養中なのだが15歳の少年がじっとしていられるはずもなく、たまに抜け出して市内をうろついていた。

学生のときはあまり来なかったが、大人になってからよく通っていたラーメン屋へ。

店はそれほど広くはない、メニューはラーメン一つだけ。煮干しのダシがメインのちょっと癖になる味のラーメン。

地元の人では知らない人はいないくらい有名だが、【15歳の自分】で一人食べにくるなんて初めてかもしれない。

何か新鮮な感じがした。いつもどうりラーメンを注文、病院食に飽きていたので湯気の立ったラーメンは胃袋が素直に喜んでくれた。

主人公が食べ終わるころ、女子高生が三人、店に入る。

騒がしい、三人しかいないのに店の中は沢山女性がいるようなそんな錯覚をさせるくらいウルサイ。


ショートの子「あ~わかった、マユちゃんもいろいろ大変なんだよね」

ロングの子「うん、家の用事が忙しくてみんなと遊べなくてごめんね」

ショートの子「あたしも継ぐ稼業がある家に生まれたかったよ。あと、2年で宮古ともおさらばか・・・」


そんな会話をしているほうを見た主人公。

実は、2021年の未来で付き合っていた子が、宮古高校出身の女の子だったからまさか同じじゃないよなと思いながら見た。

ロングの子は「マユ」と呼ばれていた。他の女子生徒より少し大人びた顔をしている。クラスでは人気があるだろう。

ロングヘアの子と一瞬目が合う。顔が熱くなっている自分に気付くも気取られないように平静を装う。

悔しいが好みの女性で反応してしまう自分が情けないと思いつつ店を出ようとしたとき・・・。


     【 ガチャン 】


女子高生のテーブルの脇で派手に転んでしまった主人公は、マユの注文したラーメンが彼の足に落ちてしまい、足全体が汁まみれになる。

ヌルヌルして気持ち悪いのを我慢して早く店を出ようとした主人公に、


ショートヘアの子「大変!大丈夫ボク?」

マユ「どうしよう・・・。ボク着替えある?」


と言いつつ主人公の足にかかったラーメンの汁を拭き始める女子高生たち。


主人公「あっ、そ、そこはいいです・・・(照れ)自分で拭けます・・・」

マユ「・・・・・((〃▽〃)ポッ」


主人公の股間も拭こうとしたマユを制止する主人公。主人公の腕にマユの肩が触れて、マユの顔が赤くなっている。


主人公「もう大丈夫です。拭いてくれてどうも・・・ありがとう・・・」


何となく気まずい雰囲気のままラーメン屋【まんぷく】をあとにする。

足がヌルヌルして気持ち悪いのを我慢しながら病院へと戻ったが、このあと程なくして、二人はまた会うことになる。


2011年1月14日 宮古市 白森神社


作務衣の男性「ダメだダメだダメだ!何度も言わせんなや。そんな神楽じゃ舞い納め出れないぞ・・・マユ」

マユ「ス、スイマセン・・・もう一度お願いします」


30代前半くらいの男と女子高生のマユが寺の本堂で、神楽の稽古をしている。今日は、いつにもまして厳しい。

ここは、宮古市の中心部にある権現様を祀っているお寺【白森神社】である。


岩手沿岸ではかなり名の知れたお寺で、沿岸一帯で神楽を舞う巡業を行っている。

実は、近々、【白森神楽】の後継者を決めることになっていた。

必死の形相で演目を演じている少女、年のころは、高校一年生であろうか。

名前は【佐伯舞裕(さえきまゆう)】この寺の住職の娘である。

友達には『マユウ』は言いにくいので、『マユ』と言われている。

その稽古中に客が来る。マユは、けいこで忙しいのにと思いながら、本堂を出て来客向けの玄関へ。


老人「たのうもう~誰かおらぬかっ・・・たのもう~」

マユ「はい、どちら様で」

老人「なんだ、娘っ子か。住職はおらぬか。【 御山 】から来たといえばわかるはずじゃ」


父親であり住職の賢正(けんせい)を呼びに行くマユ。本堂とは別方向から、

体の大きい男性が老人の前にあらわれた。火箸のように細い老人とは逆に太っている住職とは、とても対照的である。


住職「誰かと思えば、【 御山 】の親父殿ではないですか。こんな辺ぴなところまで何用で来られましたかな?」

老人「わしも来たくて来たわけじゃない。【 御山 】のものが『見た』というので来たまでじゃが、

しかし、原発とかいうもののせいなのか、やけに物騒な者たちがおるとこじゃの。昨日も道端で会ったヤクザもんと遊んだわい」


*** 2010年 秋 和歌山県伊都郡高野町 高野山総合診療所内 ***


ICUの前には、火こそ焚かれてはいないが護摩壇が置かれていた。中には、老人と沢山のチューブに繋がれた幼女が一人。

老人はしわがれた手で優しく幼女の手を握る。幼女は握り返してはいるのだがほとんど握れていない。


老人 「月弓(つきゆみ)、急がんでいいからの。【来黄泉(こよみ)】は、体力の消耗がキツ過ぎるでな・・・」

月弓 「親父・・・殿、いまだ、東北沿岸一帯を覆う不穏な・・・影は・・・消えませぬ。禍々しい影は・・・日を追って濃くなり・・ます・・る」


幼女が老人にそう告げた直後、幼女の握る手の力が無くなる。

老人の想いもむなしく、7歳の幼女は息を引き取った。

【来黄泉(こよみ)】は、生まれたときから目が見えない純潔の女性にしかできない、

生命力を代償に、見えない目で常人が見ることができないものを見る行(ぎょう)をいう。

己(おの)が命を削って、【来黄泉】の行をおこなったせいで幼女は力尽きた。

老人には、身寄りがない、いれば、こんな孫もいたであろう・・・。

たまに、【御山】には捨て子があった。その捨て子の一人が月読である。

小さい頃から育てた。顔の前で動かす指を追わない目だとわかったときから幼女の運命は決まっていたのだが、

それでも老人は目に入れても痛くないほど可愛がった。そんな孫のように育てた月読が、自分のような破戒僧より早死にをした。

このときほど世の中の理不尽さを呪ったときはない。悔しさ怒り悲しみが綯交(ないま)ぜになって老人を包む。

老人が老人自身が殺めた以外の人間で、初めて供養を執り行った。

月弓の巫女の命を無駄にしたくない。何としても影の正体を突き止めなければ・・・。



2011年1月14日 宮古市内 白森神社 本堂


白森山は、宮古市内を見守るように街の中央より北側にある。

街中にある赤い鳥居から入り、山道を登っていくとその山中に白森神社が、

神社の周辺には、樹齢1500年余りの御神木が二つ、地元の市民によって大事に育てられている。

老人は、その白森神社に用事があって宮古を訪れていた。


老人「【 御山 】の月弓が見た東北沿岸を覆う影、何か心当たりはないかの?」

賢正(けんせい)「月弓様が見た影とは、地震か津波の類(たぐい)ではないでしょうか。しかし、そんな広範囲で大規模な災害なんて本当におこりうるんでしょうか?」

老人「わしにもわからん。だから聞いておるではないか。賢正殿、しばらくここにやっかいになりながら調べようと思うが・・・」

賢正「いくらでも、ただ、近々、神楽の後継者を決めるので、いささか忙しくはなりますがね」

老人「神楽で思い出したが、この地の白森神楽には門外不出の神楽があると聞いたがの」

賢正「門外不出とは、どのようなもので?」

老人「聞くに、神を祝うのとは違う、神を呪う神楽じゃと。というより、魔を祓う神楽という位置づけのもんかもしれんがの」

賢正「神楽で逆打ち(さかうち)とは、聞いたことがございませんな・・・実は、神楽のほうは私も詳しくはないのですよ・・・」

老人「逆打ちや呪詛返し(すそがえし)とも違うじゃろ。呪う者がいないとできない呪術とは違うやもしれんからの」


この後も、老人と賢正の談義は、1時間以上にも及んだ。

たまにマユが二人をのぞきに来て、お茶を出したり菓子を勧めたりする。

話も終わりかけるころ、老人の顔が険しい顔に変わる。


老人「賢正殿。わしは、この地で終わろうと思おておるのじゃが、供養を頼まれてはくれまいか?」

賢正「親父殿、月弓様は残念なことですが、親父殿まで死に急ぐとは・・・いかに」

老人「思いを寄せた親(ちか)しいものに先立たれるのは、ほんに辛いのう。たとえそれが他人だとしてもじゃ・・・」

賢正「ああ・・・、マユもそうです。縁あって親子ですがね、でも、私の娘です。本当の娘と思っております」

老人「うむ、縁(えにし)は大事にせい。【 人事を尽くして天命を待つ 】じゃ、悔いのないように生きねばの」


白森山は女の神様(山の神には男神もいるが稀)で、基本女人禁制である。そのせいもあって神楽衆は全て男性で、奉納する舞を演じるのも奏者も男性である。

そんな中にマユが紛れているのだが、何故、マユは舞を教えてもらえるかは、実は彼女には特別な事情があるからだった。

それは、父親が39歳で亡くなった白森神楽の伝説の舞手で、その忘れ形見が舞裕(マユウ)なのだ。

幼少の頃から父親にまつわる沢山の逸話を聞かされた。

【神楽の天才の娘】というレッテルは、正直、マユには重かった。そのプレッシャーは計り知れないものがある。

何度投げ出したくなったことかわからないのだが、それでも続けるマユにも神楽に対するある思いがあった。


*** 1999年 宮古市内 某所 ***


マユは、白森神楽を見るのは、その日が初めて。父親の東雲賢正(しののめけんせい)の隣に座しての観劇。

ずっと大人たちが舞っていたのだが、途中、場内がざわつく。周囲の大人たちがささやき合う声が嫌でも耳に入る。


後ろの男「なんでも、原発の下請会社の社長の息子らしいが、たった一度見ただけですべての舞を覚えたと聞いたな」

斜め後ろの男「いくら覚えがいいと言ってもな~6歳の子供に容易にできる舞じゃない」

後ろの男「地上げで土地を奪って、次は神楽まで奪うつもりか?ヤクザとは欲深いものだ・・・」


幼稚園児のマユには何のことかそのときはわからなかったが、あまりよくないことを言ってることは何となくではあるが理解できた。

その男の子がこれから舞う。

大衆の前に顔を見せる。可愛い顔をした6歳の男の子。だが、見間違いだろうか、一瞬、眼が青白くなったように見える。

顔は柔和だが、目は・・・真剣、。まっすぐ前を見て舞はじめる。

楽器のリズムに合わせて踊る男の子は、とても軽快にそして力強く舞う。

どの場面も間違えもなく踊り終える。大人の舞と遜色ない、むしろ怖いモノ知らずの度胸を感じさせる舞は大人の舞をも超えていた。

ようにマユには見えた。凄い。同い歳とは思えなかった。

その翌年、同じ場所で少年の神楽を見ようと楽しみにしていたマユだったが、少年の演舞を見ることが叶わなかった。

翌々年も少年は来なかった。賢正に尋ねると、転校したのではないかとか、神楽をやめたらしいとか聞かされたのだが、マユ自身は納得してない。

あれだけの才能を周囲が放っておくはずがないからである。

私も神楽を踊るようになれば、いつか、会えるのではないかと、また少年の演舞が見られるかもしれないという期待を持ち続けている。



2011年1月14日 宮古市田老地区 私立田老高校 山王館内


山王館は、田老高校の中にある文科系クラブが利用する建物で、美術部・吹奏楽部・華道部がある。

1階は、広いホールになっていて、2階にクラブが個別に分かれて利用する形になっている。

そして最近できたばかりのクラブがもう一つある。雅楽部。日本で古来より使われてる楽器を使った演奏をするクラブである。

といっても部員は一人しかいない。

その部員が一人、部室で龍笛(りゅうてき)を鳴らしている。華奢で二の腕が白く細い、顔も抜けるように白い。

宮古市には、色白の男性が割と多いのだが、それを超える白さの男子生徒の肌は、透明感があって血管が目立つくらいの白さを持っていた。

病院の看護師なら探す手間が省けて大いに喜ぶことだろう。


色白の男子生徒 「何事ですか?騒々しい・・・、木田と猿沢じゃないか」

木田 「ちきちょう、商業の先生に邪魔されて、金、取りパグッちまったな」

猿沢 「もう少しだったのに・・・」

色白の男子生徒 「またカツアゲですか。いい加減止めないと補導されますよ・・・」


色白の男子生徒が、二人の生徒をたしなめている。

木田と猿沢の粗野な雰囲気とはまったく違って色白の男子生徒は品格が高いようにみえる。

私立田老高校は、原発の下請け業者の子どもが多い。特に、湊本組(みなもとぐみ)に所属するヤクザの子が多く通っている。

親の会社が同じなのであろう。


色白の男子生徒 「今まで、あなた方のことをいろいろかばってきましたが、それにも限度があります。

まだ素行不良を続けるのなら・・・退学してもらいますよ?それでもいいのですか?」

木田・猿沢「!!、何を~っ!」

木田「てめえ組長の息子だからって、少しいい気になってんじゃねえのか、おいっ!」


木田と猿沢が、色白の少年に襲い掛かる、木田は右、猿沢は左から同時に拳を振りかざした。

色白の男子生徒は微かに微笑んだ。

その直後、表情が険しくなり、眼の色がわずかに青白く変化して、目じりが吊り上がる。

二人の男子生徒の鉄拳が色白の男子生徒に達する前に龍笛が奏でられる。


【 ヒュウー ヒョロヒョロ ヒュウー 】


ピタと木田と猿沢の動きが止まる。二人の生徒の眼は裏返り、白目をむいてその場に崩(くず)おれた。


色白の男子生徒 「たわいない、もう少し使えると思っていましたが・・・やはりヤクザの子」


色白の男子生徒がもっていた黒い横笛(龍笛)は、もうその手には無い。

山王館の二階から、グラウンドを眺めながら、何かをつぶやく。


色白の男子生徒「十年ぶりの神楽、はたして、勝つものか負けるものか・・・」


色白の男子生徒の顔にはさっきまでの鬼気とした雰囲気はすでになく、穏やかな表情に戻っていた。


【 白森神楽 : END 】

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