後ろから撃たれてもいい

松藤四十弐

後ろから撃たれてもいい

 雨が降っていたので、私は外に出るのをやめ、家の中から外を見ることにした。雪にはならないだろうが、それがかえって空気を冷えさせている気がする。

 私はインスタントコーヒーを作り、テーブルに置いた。両親は働きに出て家にいなかった。私は今、働いていない。十年前からずっと働いていない。

 しかし、これでも私は、再度世界へと出ようとしているのだ。数か月前よりも、世間の方へと足を延ばしているのだ。だが、それを世間は認めてくれはしない。前や隣に住んでいる人たちは知らないが、両親は今の私を受け止めてくれない。認めてくれない。私は会社にいって、働いて、皆の生き方と同じようにしなければ人間ではないのだ。そう。私は彼らにとって人間ではない。

 だから私は数か月前から少しずつ頑張っている。しかし、外に出ることができたのは三度で、それはもう一か月くらい前になる。

 小学生の頃、私は勉強ができ、足もクラスで二番目に早かった。それは中学一年まで続いた。しかし、私は足の骨を折った。雪の日に自転車を漕ぐのは間違いだったのだ。それから私はなぜか足が遅くなった。勉強にもついていけなくなった。今思うと、それは体のせい、そして努力しなかったせいかもしれないが、私はなぜだと思った。高校に入ったが、私はぱっとせず、クラスの真ん中、その少し下に位置していた。成績も、そしてランクというものも。

 私よりもランクが上だったのは、勉強のできるやつか、やんちゃで不良のようなやつか、もしくはその両方を足して二で割ったような奴らだった。

 高校を卒業して、大学へと入った。誰もが入れるような私立だった。私はそこでただ出席するだけでいいような授業を受けていた。それと同時にアルバイトもした。だが、それは半年でやめた。

 大学を卒業して、就職しようと思ったが、できなかった。私が私を説明するだけでは、社会にある会社というものは私を選択しなかった。他の人たちは編集し、加工した自分を見せているようだった。いや、そう思うのは私の僻みだろう。ただ私は彼らたちより、ずっとダメだったのだ。

 それからずっと、私は家にいる。数か月は許してくれた両親も今はもう私を認めてくれてはいない。私が私でいる時間は、もうないのだ。私が私でいては、いけないのだ。成長しない人間を、成長する人間は認めないのだ。

 私はふとアルバイトの面接にきていた五十代の男性を思い出した。彼は私よりも熱を持ってアピールをしていた。しかし、選ばれたのは私だった。私に何があったのだろう。まさか未来があると思ったのだろうか。

 ああ、そういえば私がアルバイトをやめたのは、全く成長していないと言われたからだった。成長を感じている人間は、それを強みに思い、成長していない人間を卑下できるのだろうか。

 コーヒーを啜るように飲んだ。苦い。

 誰もが成長した今を肯定し、今より劣っている過去を嫌う。私が小学生だったらいいのだろう。それは未来があるから。でも、年を取った過去を見るのは耐えられないのだ。私は彼らにとって耐えられない存在なのだ。

 私は大勢の人間にさげすまれている気がして悲しいのと同時に何か当たり前のことに対し怒りを感じた。

 一人で外出できない大人を否定するのか。

 頑張らない人間を蔑むのか。

 成長しなかったら皆、去るのか。

 もしそうなら、今ここで私を認めてくれる人たちに殺されて死にたい。成長した私しか認めてくれない人間なんていらない。

 しかし、そんな人たちはいない。私の周りには人がいない。私は一人、雨の日に、家にいる。

 ビショビショに濡れたものを拭いて、私は椅子に座った。暗い液体に反射する光を見て私はこう思った。

 私を認めてくれる人がいたのなら、私はその人に、後ろから撃たれてもいい。

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