第2話 俺がお節介を焼いているのに、彼女がちっともくっついてくれない理由

翌日。俺たちは、例の待ち合わせ場所で背中合わせになっていた。

場所は、俺達が通った小学校の校内。休日なので、誰も居ない。

真織まおりと喧嘩したときは、ここのグラウンドにある、

一際大きな木の前で話し合うのが何時の頃からか、習わしになっていた。


「で、ちゃんと、全部聞かせてもらうからな」

「それはこっちの台詞よ。理由、話してもらうからね」


 妙に喧嘩腰になってしまうけど、その理由が、相手がくっついてくれないから、というのがもどかしい。


「わかったよ……んー、何から話したもんかな」


 そもそも予定外の事だ。どう話せばいいのだか。

 と、ふと、俺が正直に真織への気持ちを話せばいいのだと、気づいた。

 きっと、振られるだろうけど、一応の決着にはなる。


「まず、な。そいつには返しきれない恩があるんだよ」


 今まで積み重ねた思い出を振り返りながら。

 俺は想いを打ち明けることにした。


「……」

「俺が、小四からの転校組だったの覚えてるだろ」

「それって……」


 声が震えている。きっと、気づいたんだろう。


「とりあえず、最後まで言わせてくれ」

「わかった、わ」


 こいつの上ずった声を聞いたのは初めてかもしれない。


「正直さ。関西から転校して来た俺にとっては、馴染むの、かなり苦労したんだよ」

「そうね。関西弁だー、関西弁だー、の大合唱だったものね」

「悪気はなかったんだろうけどな。周りが皆、珍しいもの見る目だったから、居心地が悪かったよ」


 周りで自分一人だけが、関西弁をしゃべるものだから、興味津々で聞いてくる奴から、からかってくる奴まで様々だったけど、正直、普通に接して欲しかった。


「そうね。珍獣みたいに見られたら、居心地悪いわよね」

「そういうこと。でも、そいつはさ。「大阪から引っ越して来たって聞いたけど。どんなところだったの?」って、関西弁には微塵も触れずに、ただ、質問してくれたんだ」


 それが、どれだけありがたかったか。


「言われたく無さそうなのはわかってたもの。そんな無神経な事出来ないわよ」


 少し、優しげな声。木を挟んで、こうして話し合うのは、一体何度目だろうか。


「その頃のガキで、繊細な気遣いが出来るのなんて、お前くらいだっただろ」


 その年代のガキなんて、もっと無邪気なものだと相場が決まっている。


「でも、私にとっては当然のことだったもの。別に大したことじゃないわ」


 そりゃー、真織まおりにとってはそうだったんだろうけどな。


「他にも、俺がクラスに馴染めるように、色々取り持ってくれただろ?」


 「あんまり、からかったらだめよ」とか。先生が言っても聞きやしなかったのに、不思議とこいつの言い方は説得力があったらしい。


 少しずつだけど、俺は転校して来た異郷の地に馴染むことが出来た。

 その心遣いは、どれだけ感謝してもし過ぎることはないと思ってる。


「他にもさ。覚えてるかもだけど、小六の頃、俺、微妙に胸が膨らんでただろ」

「そうね。男子でも、時々あるらしいけど」

「ともかく、アレで、男子には、女の子っぽいーとかからかわれたし、女子は女子で、無神経にぺたぺたと触ってきやがるし。悪気がないから、怒る事もできないし」


 中学になる頃には治っていたけど、あれはほんとしんどかった。


「で、そいつは、周りの奴らに、それがいかに無神経な事か、淡々と教えてくれた。体の特徴をからかっちゃいけないんだよって」

「それも、やっぱり、当然のことじゃないかしら」

「だから、簡単に出来ることじゃないっつうの」


 本当に、こいつは……。


「そんなに優しい奴だったからさ。中学になったときには、惹かれてたよ」

「じゃあ、なんで、告白しなかったの?」


 なんでって、そりゃあ。


「中学の頃、お前、虐めに合ってただろ。そんな中で、浮かれたこと言ってられなかったし、受けた恩を返すいい機会だとも思った」


 正義感が強いというのも良し悪しだ。陰口を言い合うコミュニケーションに乗りたくないこいつは、女子コミュニティでも、「そういう陰口は良くないと思うわ」

と強気に言い放っていたという。


 それが原因で、「何、この子!」と、陰口を言っていた中でトップ格の女子から反発されて、執拗なイジメを受けることになった。


「そうね。あのときは、本当、秀介には助けられたわね」

「俺のやったことなんて、せいぜい、センコーにチクったのと、あいつらに反感持ってた奴らに、同調しないでくれって吹き込んだくらいだ」


 イジメというのは、案外構図が単純だったりするもので、発端は一部生徒だったりもする。その発端の生徒が怖くて逆らえないと広がっていくけど、逆に逆らっても平気だという安心感さえ植え付ければ、収まるものだ。


 俺が取ったのは、ホームルームで、中立側の生徒に一斉にイジメを告発してもらうように吹き込んだだけ。先生が見ていて、かつ、多数派の生徒がイジメを非難する方向になれば、あとはこっちのものだった。


 

「でも、あの時、逆恨みして来た子に……」

「あれはもうぶん殴るしか手がなかったよ。お前、暴力は苦手だろ」


 ホームルームで告発された事にキレた首謀格の女子が、こいつに執拗な嫌がらせをしてきたという事件があった。画鋲を靴に入れる、机を蹴倒す、などなど。


 体罰厳禁というのが、徹底されていた中学だったから、教師も諭すものの、言うことを聞く気配はなし。


 結局、俺がそいつの顔面をぶん殴って、

 「次、やったら、もっとひどい目に合わすからな」

 と脅しをかけたことでようやく、騒動は収束を見せた。


「そう、ね。ざまあみろ、とは言えないけど、正直、ほっとしたわ」

「ま、もう少し穏便な解決方法があれば良かったんだけどな」

「私の目から見ても、無理だったと思うわよ」


 ま、ぶっちゃけそうなのだ。


「とにかく。一応、恩返しは出来たかなと思ったんだけどな。そいつは、気に病んだのかしらんけど、何くれと面倒みてくれるようになったんだよ。勉強とか、俺は苦手な方だからさ。教え方が上手いのは助かったよ」


 赤点ギリギリだった成績が、クラスで上位になったのはこいつのおかげ。


「他にも、手製のお菓子作って来てくれたり、色々尽くしてくれるし。正直、俺にはいい奴過ぎて、もったいなさすぎて、とっくにコクるとかいう気分じゃなくなってた」


 もう、本当に頭が上がらないのだ。


「でも、いい加減、不毛だしな。言うよ。ずっと好きだった、真織」


 真織に、諦めさせるだけの、ただそれだけの告白。


「だから、お前がいくら女友達をあてがおうとしても、そんな気にはなれない」


 きっぱり言い切った。さーて、どんな反応が返ってくるやら、と思うと。

 ガサガサと音がして、俺の目の前に真織が回り込んできた。おいおい。


「ふ、ふ、ふ、ふざけないでよー!じゃあ、なんなの?私は、私は……てっきり、あなたが男友達を紹介してくるから、そういう気はないんだと思っていたのに!実は、私のことが好きだったっていうの!?」


 怒り狂った声で凄まれる。


「な、なんで怒られなきゃいけないんだよ。別に好きだったらコクらなきゃいけないなんてルールないだろ?」


 なんで怒ってるんだか。


「そ、そうじゃなくて。私も、秀介の事好きだったのよ?ずっと」


 涙をぽろぽろと流しながら、衝撃的な事実を告白された。


「いや、でも、お前だって、女友達やたら紹介して来ただろ。なのに……」


 と言っていて、ふと、気づいた。


「あなたが、私を他の誰かとくっつけようとしたからに決まってるでしょ!」


 なんともはや。衝撃な真相もあったもんだ。


「じゃあ、あれか?俺たち、お互い、相手がお節介焼いてくるから、芽がないと思いこんでいたと?」


 言ってて、頭が痛くなってくる結末だ。


「もう、最初から、素直に秀介がコクってくればよかったのに!」

「いやいや、それ言うなら、真織も同罪だろ!」

「ううん、秀介が……」

「いやいや、真織が……」


 そんな不毛な言い争いを続けること約十分。


「なあ、不毛だから、止めないか?この言い争い」

「そうね。なんか、嬉しいより、コントやってる気分になって来たわ」

「同感」


 お互いに想いが通じたというのに、なんという徒労感。


「しっかし。お前と恋人か。なんか、実感が湧かないんだけど」

「それはこっちも同じよ。でも、そうね。実感が湧くこと、しましょ?」


 と言うなり、ぎゅうっと抱きしめられた。


「な、なあ。これ、ハグってより、絞め技って感じなんだけど……」

「色々モヤモヤするもの」

「だから、お前も同罪だろ」

「彼女の可愛いお願いくらい聞いてくれないの?」


 可愛らしい声で言うけど。


「誰が聞くか。こっちこそ、〆る!」


 どっちもどっちなのに、やられっぱなしでたまるか。

 というわけで、その後、一時間にわたるプロレスが続いたのだった。

 

 これで、恋人としてやってけるのかなあ、俺たち。

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お互いに仲人役をしていた俺達が実は両想いだった件 久野真一 @kuno1234

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