75 獰猛なるグローリア
「で、いつ殺しに行くの?」
わたしの剣を弄びっつ、グローリアは意気揚々と言った。
「は?」
わたしはパルシャと顔を見合わせつつ、言った。
「そのナンダとかって男。
陛下に呪いをかけたなんて万死に値する。
あたしが殺してくるね。
リクエストはある?
斬首がいい?」
「待ちなさい、グローリア!」
叱りつけると、彼女は硬直したままになった。
「ここはもう、あなたのいた時代・・・場所じゃないの。
下手に動いたら、仲間にも危害が及ぶ。
インドラ帝が職務放棄している以上、もっと偉い神様と接触しなければならない。
よく聞いて。
ここではわたしは全く偉い存在じゃない。
権力もなければ領地も、お金もない。
人脈も何もないんだよ。
弱い弱い女でしかないの」
それを聞き、グローリアの長い耳は垂れ下がった。
くしゃくしゃの服の裾を握りしめている。
「さて、昔の話はここまで。
ちなみに私は自分が先住天族だったなんて信じてませんからね」
パルシャはにっこり笑いながら言った。
「チュンディは私をヘンテコな名前で呼んでましたが、私は私です。
ナーガ族のパルシャ。
まあ、実家からは勘当されましたがね」
そう言い、アイテムボックスからモノを取り出しテーブルに置きはじめた。
「はい、食料。
この子にいいはずね。
滋養たっぷりのパイや、流行のお菓子などです。
そうそう、ニホンとかいう場所出身の天人が作った・・・パンというのを買ってきました」
目の前に置かれたのは、焼き立てのクロワッサン!
あわてて大皿に乗せた。
「三日月なので、チャンドラの一族がいちゃもんを付けなければいいのですが。
店長おすすめの一品らしいです」
「おいしーい!」
ときじくの実に不満を漏らしたグローリアが、さっそくがっついている。
「ニホンのひとって才能があるのね」
「グローリア、わたしもそこ出身なのよ」
そう言うと、彼女はまじまじとこちらを見た。
「陛下はこういうの作らないの?」
「作れないの。
料理できない」
「そういえばそうだっね」
グローリアはうなずいた。
「陛下はやっぱりダメか。
あたしと同じか」
「やっぱりってどういう意味よ!」
わたしが気色ばむと、パルシャはまあまあと仲裁に乗り出した。
「それでね、もっといい物も買ってきたんです」
「パルシャさん」
彼を制止し、わたしはとても疑問に思っていたことを口に出してみた。
「いったいこれだけのものを買ってくるなんて――あなたお金持ってたの?」
「いいえ。
ほとんど無一文でここに来ましたが」
彼はさらりと答えた。
「正確には、30ゴルトだけです」
「じゃ、どうしてこんなに・・・」
「カジノですよ」
彼は片目をつぶり、にやっと笑った。
「20区の賭場を荒らしてきたのです。
だめですねえ、最近の連中は。
おかげで30ゴルトがいっぺんに3万ゴルトに化けました」
「シェーッ!」
わたしは思わず椅子からずっこけた。
―――
彼の買ってきたものは食料と薬品、それに衣類だった。
女性天族の日常着。
中古品店で安く手に入れたという。
「さすがに婦人服の店に行くのは恥ずかしいですからね」
彼は苦笑いしつつ言った。
「古物屋だったら、誰も気にしないでしょうから。
さあ、これを着て現世人になりすましましょう」
「え?
やだよ!」
グローリアはクロワッサンを食べるのを止め、こちらを向いた。
「ここのやつらは、あたしたちを殺した連中の末裔でしょ?
そんな憎たらしい奴らの格好をしなくちゃいけないなんて」
「グローリア、さっきも言ったでしょ!」
わたしは強い調子で話した。
この娘、頑固で強情で本当に困る。
「なりすまさないと、あんたもわたしも殺されちゃうのよ!
せっかく生き返ったんでしょ?
ガマゴンのためにもしっかりしなさい!」
「はい、わかりました」
彼女はうなだれた。
パルシャが買ってきたのは、伝統的なガンダルヴァ族の衣装だった。
ハイネックですらりとした線のロングドレス。
上に、袖なしの薄いアウタードレスを着る。
色はややくすんだ緑だが、意外なほど彼女に似合った。
彼女はかなり嫌がっていたが・・・。
「グローリア、あなたに制約魔法をかけます」
わたしは彼女に言った。
「先住天族であることをほのめかす言葉を言わないこと。
そういった態度をとらぬこと」
金髪巻き毛の少女の体に、青白い電流が巻き付いた。
「でも、あたしは本当に・・・うぐっ!」
ゆで卵をのどに詰まらせるような声を出し、彼女は黙った。
「これでよし。
クベーラ王がやってたのを見よう見まねでやってみたけど、できたみたい。
グローリア、あなたの種族はガンダルヴァということにする。
アプサラスの血を引いている・・・ね」
「うぐっ!うぐっ!」
彼女は手をばたつかせたが、無駄だ。
制約魔法の方が強いから。
「これでよしっと。
パルシャさんはどうするつもり?
還俗するの?」
「いいえ、私はしばらく修行と称してこの街にとどまります。
なに大丈夫、あとであのイカレた修道院に手紙でも置いときますから。
にしてもここ・・・」
家を見わたす。
「手狭ですねえ。
引っ込しのご予定は?」
「ガマゴンと二人暮らしだったから。
まさかお客が増えるとは思わなかったわ」
わたしが不愛想にこう言うと、彼はぽん、と手を打った。
「では引っ越ししましょう!」
「ガマゴンを置いて?
無理無理、しかも資金もないし」
「私が賭博で稼ぎますよ」
「やめてください!」
わたしはかなりきつく言った。
「賭場荒らしと同棲してるなんていう噂が立った日にはもう・・・。
パルシャさん、約束して。
まっとうな方法で稼いでくださいな。
でないと、あなたにも制約魔法をかけるわよ」
「エリスちゃん、落ち着いて。
分かりました。
もう20区には行きませんから」
「お金を稼ぐ?
どうやって?」
グローリアは不思議そうな顔をしている。
先住民は貨幣経済ではなかったのだろうか?
「そうねえ、ギルドに登録する?」
わたしは言ってみた。
彼女の目はますます丸くなる。
「ギルドって何?
おいしいの?」
「ギルドってのはね・・・」
簡潔かつくどくどと説明してやった。
それを聞き終わったあと、彼女はため息をつきつつこう答えた。
「生きにくいねえ。
変な世界ねえ。
食べ物も着るものも自分で作れば、そんなばかばかしいことしないで済むのに」
「あなたのいた世界とは違うのよ。
そこを覚えておきなさい」
わたしは教官になった気分でそう言った。
マルカーティみたいだ。
―――
「こんにちは!
あら、エリスじゃない。
すごい、成長したのね!
美人になっちゃって!」
ギルドに入るなり、アマラが声をかけてきた。
背丈が同じくらいになってしまったが、大して気に留めていないようだ。
ハーフガルーダのハーティやキンナラ娘たちも手を振ってきた。
わたしはそれに応え、新メンバーの登録をしたいと申し出た。
「ガマゴンちゃんはどうしたの?
まさか・・・」
「いえ、彼なら大丈夫。
急な用事が出来たので、故郷に帰っちゃったんです。
そのうち戻ってくるって言ってたけど・・・」
アマラは大人の笑みを見せ、それなら大丈夫ねと言った。
「二名の登録をお願いします。
こちらの男性と、こっちの子」
パルシャはともかくグローリアはよほど珍しいのか、辺りをきょろきょろ見回してばかりいる。
「ナーガ族男性と・・・ええっと・・・ガンダルヴァ族?」
「彼女、ガンダルヴァとアプサラスのハーフらしいの」
わたしが流ちょうに嘘をつく。
身を守るためとはいえ、心は苦しい。
彼らは魔力検査をし、わたしのように白いギルドバンドを腕に巻いて戻ってきた。
入会金はパルシャに二人分払ってもらおう。
博打で稼いだような金は早く使い切った方がいいのだ。
「どうだった?」
「ふふっ、偽名でも罰則がないのはありがたい」
パルシャは小さな小さな声で囁いた。
「さすがに魔力は嘘つけませんがね。
あれは悪魔かどうか調べるだけなので、大した検査じゃないから」
「あたしもやったよ」
グローリアが戻ってきた。
誰かと喧嘩しないか心配だったけど、杞憂だったようだ。
「審査してくれたひとがとても親切だった。
小さい種族でね――リブとかいったっけ。
まるで・・・フゴッ」
のどを詰まらせる声。
禁止事項を言いそうになったようだ。
「具体的にどうだった?」
「半神ですかって聞かれたから、知らないって言った。
リブさん曰く、あなたは武勇の才があるので戦闘職にうってつけだって。
たくさん稼げるらしいよ!」
「それはよかったですねえ」
パルシャがうなずいている。
さっき治まったばかりの気持ち悪さが、また復活してきた。
頭がぐらぐらする!
わたしは思わずこめかみを抑え、心配する二人を元気づけるように、平気だからと言った。
「で、これからどうする?
誰かを殺してお金をもらえるってこと?」
金髪の娘はとても物騒なことをさらりと言った。
わたしは疲れたようにこう答えた。
「魔物退治の依頼を受けて、仕事しに行くの。
ギルドバンドは破損したりなくしたら実費でがっぽり取られるから気を付けてね。
さて、今日はどうしようか?」
「エリス、今日はやめた方がいいみたい」
アマラが少し離れたところから声をかけてきた。
「さっきから見てたけど、あなた顔色悪すぎ。
急に成長したからかな・・・?
早く帰ってゆっくりしていればいいわ」
「じゃ、その通りにしようか・・・な・・・」
目の前が真っ暗になった。
とても気分が悪い。
わたしは思わず床に崩れ落ちた。
その後のことは覚えていない。
マハータマスマーター 喜見城幻夜 @zombieman
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