74 エーシュ開眼

 「いつごろからこんな風になってたのかな?」


 「たった今さ。

 母上の部屋から出たとたん」


 わたしは再び廊下の壁にもたれかかり、目を瞑った。

 頭の中がぐるぐる回っている。


 「お妃さまの魔法?」


 「さあね、でも母上の部屋には強い破魔のまじないが仕掛けられているはずだ」


 「それでこんなに成長するの?

 だとしたら、これまでのわたし・・・呪いがかかってたとか?」


 今やわたしの目線はスシーマとそれほど変わらない。

 人間換算すると約15歳ぐらい、身長はたっぷり170センチはあるだろう。

 この世界の衣服は、基本的に着ている者の体格に合わせて伸び縮みしてくれるらしいので、スカートがスーパーミニになっていない。

 そのことだけはありがたいな、と思った。


 「気分が悪そうだが?」


 スシーマが気にしてくれているが、わたしはにっとわらいこう答えた。


 「大丈夫。

 急に成長したから一時的に気持ち悪くなっただけ・・・たぶんね。

 今日は家に帰って寝ることにする」

 

 「送って行こうか?」


 「王子様、そんなことよしましょうよ」


 わたしは胸を張って答えた。


 「ありがとう、でも大丈夫だから。

 スースラージャの瘴気と比べれば、こんなの平気よ」


 と言ったものの、正直貧血みたいな気持ち悪さが取り憑いている。

 何とか彼を振り切り、城門まで行くとジャイミラが待っていた。

 わたしを見て目をまん丸くしているが、こう話し始めた。。


 「パルシャさんは一足先に帰ったよ。

 女の子の具合が心配だからって。

 あと、シャンドリー姫は今、ガンダルヴァ貴族の屋敷にいるはず。

 お袋と水入らずの夜を過ごすってさ。

 彼女からの言伝がある。

 『心から感謝してます、今度ギルドでまた会いましょう』ってね。

 アジャンや衛兵たちもお嬢ちゃんに会いたがってた。

 今度話をすればいいね」


 再びわたしを凝視する。


 「もうお嬢ちゃんなんて言えなくなっちまったな」


 わたしの髪の毛をさらりと触る。


 「次会うときは、デートの約束でも取り付けるかな」


 「はあっ?」


 わたしはさっと離れると、彼は冗談だよと笑い始めた。


 「カエル君に怒られちゃうからね。

 さて、今日の予定はどうするかな。

 ギルドに行くかい?」


 「今日は休む。

 グローリアの様子を見なくちゃ。

 パルシャさんだけに看病させちゃ悪いからね」


 「そっか・・・」


 ジャイミラは意味深な目線を送ってくる。

 わたしは慌てて言った。


 「大丈夫、彼女が意識を取り戻したら知らせるわ。

 じゃあね!」


 それだけ言い、自宅に瞬間移動した。

 使用魔力ゼロになるペンダントを身につけているのに、体がとてもだるい。

 玄関先に円いテントが張ってある。

 ・・・あとで裏庭に移動させよう。


 「ただいま・・・って、ガマゴンいないもんね」


 死んだわけではないが、やはり淋しい。

 パルシャはどこに行ってしまったのか、見当たらなかった。

 わたしは客室に寝かしている少女の方に行った。

 ドアを静かに開けた。


 「もしもし、起きた?」


 簡易ベッドの上の少女は、相変わらず眠ったままだ。

 樹液を飲んだ際に見た幻視では、この子の目はサピリスのようではなく、限りなく天界人に近いものだった。

 見てくれならばだまし通せるだろうが、中身が問題だ。

 言葉が通じなかったらどうしよう?


 少女の瞼がぴくっと動いた。

 金色の長いまつげが震える。

 ゆっくりと目を開いた。

 幻視の通り、ややつり目の金色がかった緑色の目だった。

 じっとわたしを見つめている。


 「※▲◎、×☆◇?」


 嫌な予感が当たった。

 わたしは首をかしげる。

 彼女はぼんやりした後、再び同じ言葉を発した。

 小鳥のさえずりのようだ。

 さっぱり意味が分からない。


 「ごめんね、言葉が通じないみたい」


 いきなり彼女はわたしの両手を掴んだ。

 何かをさえずりつつ、力をこめる。

 わたしたちの手は緑色の光を帯び、周囲には風が吹き荒れる。


 「ちょっと!

 助けてもらったひとの部屋を破壊するつもり!?」


 わたしが怒鳴ると、彼女はあわてて首を横に振った。

 ・・・話が通じる?


 「ごめんなさい、陛下」


 「し、しゃべった!」


 わたしは思わずよろめき、椅子に座り込んだ。


 「エーシュを巡らせました。

 これで言葉が分かる。

 陛下もあたしたちの魔力が使えるようになる」


 少女が説明した。


 「ここはもう・・・あたしたちの故郷じゃないんでしょう。

 知ってた。

 侵入者に殺され、ヤツの体内に閉じ込められてたから」


 長いまつげを伏せ、言った。


 「悪魔チヤヴァナの目を通して、世界が新しく造られ、変化していくのを見ていた。

 もはやかつての仲間はいない、自分は一人なんだと思って諦めていた」


 シーツを握りしめている。


 「そんな時、陛下たちの声が聞こえた。

 チヤヴァナが殺されるのを感じた。

 リヒターがやってきて、自分のエーシュをあたしに分けてくれたの。

 そうしたら、あたしは再び実体化して・・・」


 自分の体を眺めている。


 「ここにいる。

 でも彼はいない」


 「ガマゴンを早く出すには、樹にエーシュとやらを送ればいいのね」


 わたしが言うと、彼女はうなずいた。


 「そう。

 現世天人はプラーナを魔力として使う。

 これはチヤヴァナの知識から得たものだけどね・・・。

 今でもヤツの知識が残ってるのはいまいましい限り!

 でも、あたしたちはエーシュという物質を使い、魔力を繰り出す。

 体の構造が違ってるみたいね」


 「エーシュを高めるには?」


 グローリアはしばし考えた。


 「あたしも詳しくないけれど、陛下の記憶が戻ればエーシュも回復すると思う。

 記憶や思い出と結びついたものだから」


 「何か食べる?」


 こう聞くと、彼女の顔は輝いた。

 食べるのが好きなのだろう。

 とりあえず、食料庫からときじくの実を持ってきた。

 ガマゴンが採ってきてくれたものだ。

 寂しくてため息が出る。


 「あまりおいしくない」


 全部食べた後で、グローリアが不満を言った。

 正直これにはむっとした。


 「あっそ、せっかくガマゴンが採ってきてくれたのに」


 「ごめんなさい」


 彼女は謝った。


 「ガマゴン――リヒターには申しわけない。

 まさかカエルになってるとは思わなかった。

 でも、はっきりいって現世天人の造ったモノは嫌い。

 やつらは征服者だ」


 「グローリア、もはや時代が違うのよ。

 わたしだって、人間に生まれ変わってたんだから」


 そういうと、彼女はときじくの実を思わず取り落とした。


 「信じられない!

 どうしてそんなことが!?

 創世の女神が受肉するなんて、とんでもないこと!

 宇宙の秩序が狂ってしまう!」


 興奮し、震え出したのでなだめた。


 「大丈夫。

 地球が爆発してここに来たから安心して」


 慰めにならない言葉を言うと、グローリアは目を閉じ頭を振った。


 「すべてがおかしくなってる。

 この世界はやはり狂っている」


 玄関の呼び鈴が鳴った。

 慌てて出ると、パルシャが立っていた。

 買い物していたらしく、ぜえぜえ言っている。

 アイテムボックスがいっぱいなのだろう。


 「エリスちゃん・・・?

 ずいぶん大きくなっちゃて・・・」


 彼は重そうにどっこいしょと言いつつもわたしにそう声をかけた。


 「魔力が成長したのですね、経験値を積んで」


 「プラーナのこと?」


 そういうと、彼はうなずいた。


 「天界人は魔力を高めると成人の姿になります。

 けれどプラーナを鍛えるなんて並大抵のことではありませんからねえ。

 だからほとんどの場合、年数と共に成長していくのが一般的です」


 「スシーマは破魔のまじないのせいかもしれないって言ってたけど」


 パルシャはしばらく黙った。

 そしておもむろに口を開く。


 「あなたに呪いがかけられていた、ということですか。

 考えられなくもないけれど・・・」


 「確かに、わたしの実年齢は18歳だもん。

 父も母もない状態でここの世界に来たんだから、いわゆる転生とは違うよね。

 そんなわたしが子供になっているのは、やっぱり呪いとか?」


 「いったい誰があなたを呪ったのですか?」


 「ナンダだと思うけど・・・」


 パルシャは頭を振った。


 「父親が子供に呪いをかけるなんて、信じられませんが」


 「ナンダは自分の弟を使ってわたしを殺そうとしたのよ!」

 

 わたしは怒鳴った。

 目の前の男はよほどいい家庭で育ったのか、親族の悪意という者に鈍感なようだ。


 「もしもそうだとしたら・・・」


 ため息交じりに彼は答えた。


 「ナンダ龍王――神とはいえタダでは済まされないでしょう。

 残念ながら、インドラは女で腑抜けにされてますがね。

 彼が龍王を裁くということはないでしょう」


 「悪さしてもお咎めなしなのね。

 最低な世界だわ」


 「さあて、そうとは限りませんよ」


 彼の銀色の瞳がきらりと光った。


 「我々よりも高次の存在が乗り込んでくるかもしれませんよ。

 そうすれば、ナンダ龍王の尻尾にも火がつきます。

 大慌てでしょうねえ・・・」


 客室のドアが開き、グローリアがよろよろ歩いてきた。

 話を聞いていたのだ。

 

 


 

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