73 正妃のご褒美

 「してそなたらが、わらわの病――呪いを解いてくれたとか」


 ナンダナ園に佇む白亜宮。

 その最上部にインドラの正妃シャチーが住まっていた。

 最初見た時は、拍子抜けするほど若く華奢な少女だったのでびっくりした。

 そんなことは、顔にも口にも出さないけれど。


 「ははあ」


 わたしたちはかしこまった。

 スシーマがとてもバツの悪そうな顔をしている。

 母親と息子で外見年齢が違わない・・・どころか、母親の方が若く見えるのは奇妙なことだ。


 第一夫人のシャチーはアスラ族にしてはかなり小柄だ。

 金髪に青空の瞳。

 とてもほっそりしていて、踊りが上手そうな均整の取れたスタイル。

 病み上がりとのことで、髪の毛は最低限結わえたといった感じだ。

 白レースと絹(?)のネグリジェがよく似合っている。

 動くごとに色が違うので、もしかしてマルカーティの所で作られたものかもしれない。


 「わらわは権力ある者として、そなたらに褒美を授与したいと思う」


 母の言葉を聞き、スシーマはにやりとした。

 わたしに目配せしてくる。


 「何か欲しいものがあったならば、遠慮なく言いなさい。

 地位でもよろしいのよ」


 妃に変わり、侍女と思しき天女が話した。

 呪いが解けたとはいえ、病み上がりで疲れるのだろう。

 正妃は金張りのソファにもたれている。


 「では僭越ながら・・・」


 わたしははっきりと聞こえるように話しはじめた。


 「ナンダナ園の奴隷を一人、もらいとうございます」


 「奴隷を?

 はて、どうして?

 宮仕えできるように取り計らってもいいのだが・・・」


 シャチーは驚いたようにソファから上体を起こした。

 このわたしが宮仕えなんて、ご冗談も過ぎる!


 「ここで働いている奴隷のうち、キンナラ族の男の子でマサヤという者がおります。

 彼をもらい受けたいのですが」


 「理由は?」


 正妃の目が厳しく光る。

 わたしはスシーマにうなずき、本当のことを話した。


 「この前、地球――南部人界が滅びました。

 そのときわたしや友人もこちらに生まれ変わったのですが、友人の弟がマサヤなのです。

 彼女は弟と暮らすことを心から願っておりまして・・・」


 「地球が滅んだ・・・!?」


 正妃はひっくり返った。


 「わらわが意識不明になっている間、とんでもない事件が!

 帝様はどうされたのだ!」


 「陛下は相変わらずシャールマリー様の・・・」


 侍女が言い終わらぬうちに、震度4ぐらいの地震が来た。

 シャチーが床に拳骨したのだ。


 「ハアハア・・・。

 ついやってしもうた」


 彼女は乱れた金髪を払いのけた。


 「あやつの名を聞くと、むかつくわ!」


 「母上、病み上がりでお体に悪い。

 自重なさってください」


 スシーマも加勢してくれる。


 「・・・そうか。

 では、マサヤというキンナラを自由の身にすればよいのだな。

 無欲な娘じゃな、そなたは」


 「いえ、それと・・・」


 「もう一つあるのか。

 前言撤回、そなたは無欲じゃない」


 「大変恐縮です。

 ここの後宮に連れてこられたさつきという天女についてですが・・・」


 「さつき?

 そんな名前の女がここにおるのか。

 わらわが不明になっている間、ずいぶんと動きがあったことよのう」


 シャチーはやれやれと頭を抱えた。


 「彼女もここから出してくれますか?」


 「それはできない」


 正妃はきっぱりといった。


 「輿入れした女は半年間ここで暮らす。

 それはわらわでなく、帝様が決めたことだから。

 それに、この宮殿で暮らすことはその女にとってもよいことだ。

 寿命がなくなる故な」


 「さようですか。

 しかし彼女、女官長に意地悪されて食事が与えられてないんです。

 先日もわたしが彼女に食べ物を届けたのです。

 出られないならせめて、衣食住に困らず他人に害されない生活を送らせていただきたいと思って・・・」


 「女官長?

 今の女官長は確か、アラーティだったな。

 そんなことをしておったのか!」


 「噂でございますが、わたくしどもも耳にしております。

 アラーティ殿は大変好き嫌いが激しく、新人の妾をいびっておられるとか・・・」


 侍女の一人がわたしに加勢してくれた。

 グッジョブ!


 「それは聞き捨てならん。

 大至急、アラーティをここに」


 侍女の一人が一礼し、部屋を出て行った。

 ほどなくして、女官長を連れて戻ってくる。


 「おぬし、どうして呼ばれたか察しがつくか?」


 「お、お妃様!」


 アラーティは生まれたての子鹿のように足を震わせ、顔を青くしている。


 「ご回復されたとのこと、心よりお祝い・・・」


 「おだまり!」


 シャシーは雷の声で怒りはじめた。

 こんなに華奢で儚いかんじのする姿なのに、やはり戦闘民のアスラ族だ。


 「帝様から課された仕事をないがしろにするとは言語道断。

 しかも、側室の一人を餓死させるつもりだったらしいな!

 我らはすべて帝様の所有物だというのに、それを殺そうとするとは・・・。

 この場で斬り捨ててもよいのだぞ」


 「お、お許しくださいませ!」


 アラーティは土下座し、ワーッと泣きはじめた。


 「何か行き違いがあったようで」


 「だまらっしゃい!!」


 電撃魔法がアラーティを直撃した。

 女官長は車に轢かれたカエルのように床に潰れている。

 (カエルを飼育していた者として、これはいやな表現だ!)


 「荷物をまとめて速攻宮殿から・・・いや、アマラヴァティから出ていきなさい。

 そなたは今日この時をもってクビじゃ!

 これ以上罪を暴かれ責め立てられたくなければ・・・。

 二度と戻ってくるべからず。

 わらわはいつでも、そなたを処刑台に送る準備をしておるからな」


 全身から煙を出したアラーティは、まるでアル中男のように千鳥足で立ち去った。

 わたしはひざまづき、感謝の意を表す。


 「ふーっ、久しぶりに暴れるとスッキリするわ」


 シャチー妃はソファに寝っ転がり、にこっとした。


 「してそなた・・・エリスだったな?

 今、何をしておる?」


 「ギルドに所属して働いております」


 妃の青い目が好奇心できらめいた。


 「女神が冒険者か。

 あまり聞かぬが、やはり刺激的か?

 その・・・魔獣と戦ったり・・・」


 「はい。

 それなりに」


 わたしは無難な答えを出そうと頭をひねった。

 ジレやカーラスースのことを話すと、妃はまるで子供のように身を乗り出して聞き入っている。


 「魔法が使えなくなる瘴気か、恐ろしいな」


 シャチーはソファの上で腕組みしつつ考え始めた。


 「そんな状態で、物理攻撃の効かぬ魔物に遭遇したら・・・」


 ドアがノックされた。

 侍女が急いで対応する。


 「お、お妃様。

 これから帝様がこちらに向かっておられるとのことです」


 それを聞いたとたん、シャチーはピキーンと姿勢を正した。


 「こんな姿で会うわけにはいかぬ。

 支度を急がぬと」


 「では母上。

 おれたちはこれで失礼します」


 スシーマはいつになく優雅に言うと、わたしを連れて部屋を退出した。

 その際、シャチーはわたしを引き留め、こういった。


 「近々、わらわの回復祝いとしてお茶会を催す予定じゃ。

 そなたも招待するゆえ、心に留めておくように」


 「もったいないお言葉」


 わたしは(超質素な)ワンピースの裾を持ち、礼をした。

 スシーマがにやにやしている。

 ドアを静かに閉め廊下に出ると、一気に緊張が解けた。


 「あーっ、緊張してた!」


 わたしは壁に寄りかかり、ふーっと息をついた。

 

 「なんだきみ、上品な言葉遣いができるじゃないか!」


 スシーマが笑いこけている。

 わたしはむっとしてこう言い返した。


 「バカにしないでね。

 わたしだって、時と場合によって態度を改める礼儀を知ってるんだから!

 にしても、今はちょうどお昼下がりね。

 庭園がきれいなこと」


 窓から見えるナンダナの園は、上天のやわらかい光を受けて輝くばかりである。

 太陽光でないはずなので、一体何の光なのだろうと不思議に思った。


 「ここが好きか?」


 王子は唐突に聞いてきた。


 「ええ・・・まあ、きれいだなとは思ってる。

 デザインも、地球では決してお目にかかれないものだし」


 「ここに住みたい?」


 「はあ?

 まさか!」


 わたしは思わず笑い出した。


 「だって自分の家があるもの、そこで十分よ。

 わたしは貴族でもお姫さまでもない。

 女官なんて務まるわけがないしね。

 だからそんなこと・・・」


 「自分の姿を見てみたまえ」


 スシーマの声に誘われるように、わたしは廊下に嵌め込まれた鏡の方へ行き、そして尻餅をついた。


 知らないうちに大人になっている!

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