72 能力の代償
「ううっ!ガガッ!」
プラーナを元通りにされたジャーリニーは突然白目を剥いた。
傍聴席は騒然としている。
ガウリヤ公はというと、ちゃっかりと傍聴席のほうに移動していた。
前に座っているので表情は分からないが、シャンドリーはきっと呆れていることだろう。
右席側の執事や侍女頭、女子学生らもすっかり洗脳が解けたらしく、どうしてここにいるのかなとパニック状態だ。
「これは血統詐欺のみならず、重篤な問題だ。
国の存亡に関わることである!」
木槌を叩いた後、ヴァルナは皆の前で言った。
「映像の尼僧を探し出し、裁判にかけなければ」
「無理でしょうね」
スシーマが立ち上がり、言った。
「彼女はもういません」
「詳しく話したまえ」
王子は一息つき、こう言った。
「善法堂にソーマーという治療術に優れた尼僧がおりました。
しかし彼女の正体は、天宮餓鬼だったのです。
餓鬼が本物のソーマーを食い殺し、その姿と記憶と能力を奪ってなりすましていた」
「証拠は?」
「こちらにいるエリス女神が餓鬼を始末しました」
「そなたがエリスか」
ヴァルナはわたしをまるで白いカラスを見るような目で見ている。
「はい。
わたしだけでなく、善法堂のパルシャ様も一緒にやってくれたけれど」
裁判所の扉が開いた。
白い頭巾をかぶり、白い僧侶装束に身を包んだパルシャが入ってきた。
なんという偶然!
にしても、グローリアはもう大丈夫なのかな?
いきなり現れた聖職者に館内はどよめく。
「パルシャ様・・・」
ヴァルナはいい淀んだ。
宗教界のトップには手出しできないのだろう。
「どうしましたか、水天?」
パルシャの銀色の目が皆を見わたす。
俗世ではヴァルナの方がずっと上の地位だが、彼はちっとも怖気づいていない。
「いやな・・・。
善法堂で尼に成りすました餓鬼が問題を起こしていたようで」
「心配いりません。
私たちが退治しました」
「預流果の聖者がおっしゃるなら信じましょう」
「ウギギ・・・」
奇妙な声がこだました。
ジャーリニーが椅子に縛られた状態で暴れている。
プラーナがおかしくなったのだろうか?
「お、お嬢!」
アジャンとその友人たちが大騒ぎしはじめた。
「お、女が、真っ黒だ!」
衆人環視の中、ジャーリニーの体から多数の太い棘が出てきた。
頭のてっぺんから足の先まで。
「こ、殺して!」
それが彼女の最後の言葉だった。
瘴気が立ち込める。
傍聴席の連中は悲鳴を上げ、扉に殺到した。
その中には、ガウリヤ公もいた。
「最低な男と結婚したものよ」
ガウリヤ夫人ウールピーは吐き捨てるように言った。
「お、お母さま、早く避難してくださいな」
シャンドリーの言葉に、彼女は首を振る。
「あの女の最後を見届けるのがわたくしの務めよ。
10年もあれのせいで臥せっていたのだから」
かつてジャーリニーだったモノは大声で吠えはじめた。
四つん這いの大きな黒い魔獣。
頭も顔も見当たらず、すべてが棘に覆われている。
「シャンドリー、ここはわたしが」
「お嬢ちゃん、おれも助太刀するぜ」
左肩にいたトカゲが人型に戻った。
ジャイミラだ。
「あんたらは避難しててくれる?
これ倒すのに、コツがいるんだわ」
彼がそう言うと、アジャンとその友人たちは軽く会釈し、逃げて行った。
「き、きみたち・・・」
ヴァルナ&裁判役員はあまりのことに、腰が抜けて動けないようだ。
ヴィーサラも驚いていたが、彼らほどではない。
「代償でしょうなあ」
「邪法の?」
棘が飛んできた。
わたしは素早くそれを避けたが、カーテンに刺さったそれは嫌なにおいを発し、引火してしまう。
スシーマがすばやく消火してくれた。
「もしかしてこれは、テイオリウムのせいかもしれません」
小さな魔術師はわたしたち全員にバリアを張ってくれた。
瘴気にやられないが、物理攻撃はよけて防ぐしかない。
「汚染されたテイオリウム。
それを身につけたり摂取したアカデミーの学生が、異形化したことがあるのです」
「わかったから、裁判長たちと一緒に逃げてて」
わたしとジャイミラは剣を抜いた。
背後にパルシャが瞬間移動してくる。
「前のメンバーと一緒ですね。
ではいきましょう!」
パルシャの声と共に、戦闘開始となった。
―――
棘魔獣の攻略法は、パルシャの体を乗っ取っていた魔物と同じだった。
ハサミで千切るのは大変なので、今度は強めの氷結魔法を使った。
足止めをしているうちに、ジャイミラとパルシャが棘を折っていく。
再生能力がないのも前と同じで、半時間もしないうちに魔獣は丸坊主になった。
ヴィーサラいわく汚染された鉱石が原因だろうとのことだが、それはちがう。
なぜならば、これと同じようになったパルシャは鉱石を摂取していない。
だとしたら、ジャーリニーは樹液を摂取したのだろうか?
「シャンドリー、どうする?」
傍聴席にいる母親に付き添っていた女神に声をかける。
彼女は母親と顔を見合わせ、こちらにやってきた。
「とどめはあたくしがやる」
彼女は白いスピアを持ち、深々と魔獣の胴体に突き刺した。
獣の声に混じって少女の悲鳴が聞こえた。
震度5ぐらいの揺れが場を襲う。
窓ガラスが割れ、花瓶や置物は床に落ちて割れた。
「終わった。
これで終わったわ」
シャンドリーは武器をしまい、こちらを向いた。
びっくりするほど無表情だった。
「ありがとう、エリス、みんな・・・」
「あの子は?」
床に倒れている少女を指さして聞いてみた。
全裸だが元の姿に戻っていた。
すでに事切れている。
「彼女はあたくしの妹ではなかった。
多くの罪を犯し、自ら滅んだのよ。
こうならずとも、いずれは告発され処刑台に昇ったでしょうね」
少女の体はゆっくりと消滅した。
白い魂が床に吸い込まれていく。
「彼女の魂・・・どこにいくのかしら」
「冥界に」
パルシャが静かな声で言った。
「冥王ヤーマによって来世が決められるでしょう。
生前の徳や罪業に応じて次の生が決まる。
生きることは死ぬこと。
死ぬことは生きること」
しばらく沈黙した。
「ねえあれ見て、変な粉がある!」
ジャイミラが、少女が倒れていた場所を指さした。
「呪いの
ヴィーサラが裁判長や役員を伴い、帰ってきた。
わたしたちを見て、納得したようにうなずいている。
「魔獣を退治したのですな。
さすが女神、強いわい」
わたしは彼に粉の正体を聞くと、彼は首を横に振った。
「呪われたテイオリウムの粉末と、何らかの植物の粉でしょうな。
たぶん、アシシュ。
愚かなアカデミーの学生が、昔々度胸試しだと言って吸引していたモノとそっくりです」
「どう始末すれば・・・?」
「ワシがやります」
宮廷魔術師は火炎でそれを焦がした。
火にくべてしまえば、麻薬成分も消えるという。
「アシシュはいわゆる麻薬です。
帝都にはびこっているとは嘆かわしい・・・。
エリス女神、決して変な場所に行ってはなりませんよ。
麻薬のディーラーがうろついて、中毒にされたら大変ですから!」
「あとは私の番ですね」
パルシャは焼かれた粉を浄化魔法で清め、消滅させた。
「これで何も残らなくなったわけです」
「見事だ・・・」
ヴァルナは青い顔をし、皆を見わたした。
「裁判長、カーテンが焼け焦げましたよ」
うんざりといった様子で、スシーマは話した。
「引火性のある布は使うべきではないね!」
「見に来た甲斐があった」
相変わらずウールピーはのんびりしている。
尖った耳がちょこんと動いた。
「この子たちなら、安心して娘を預けられるわ」
「お、お母さん?」
ガウリヤ夫人はうなずいた。
「シャンドリーや。
私が臥せっている間、よくぞ立派に成長したわ。
あなたが悩んでいる間、寄り添えなかったことを後悔しています」
「だってお母さまはずっと具合がお悪いから・・・」
「その通り。
あの邪悪な女のせいでね」
灰青色の目がジャーリニーの倒れた後を凝視するが、すぐに顔をこちらに向けた。
「そして今日、悪縁は断ち切られた。
あなたも私もこれで自由。
私は故郷に帰ることにするわ」
「え!
ではお父さまとは・・・」
「離婚します」
ウールピーはきっぱりと言い切った。
「もともと政略結婚だったもの。
愛してなかったと言えば嘘になるわ。
あなたが生まれて少しは真面目になってくれると期待したけれど、ダメだった。
それどころか、魔女に騙されて娘を迫害するなんて・・・」
形の良い唇をキッと噛む。
「それだけは許せない!」
「お母様がガンダ国に帰られてしまうなんて。
あたくしはさびしい」
シャンドリーは下を向いた。
ウールピーは励ますように微笑む。
子を完全に信頼している母の顔だ。
「あなたなら大丈夫。
さびしかったら、いつでもガンダに遊びに来ればいい。
それに、とてもよい友人たちがいるようだし」
彼女はわたしたちを見回した。
「あなたがエリス女神ね。
解呪してくれたこと、大変感謝しております」
深々とお辞儀された。
慌てるわたしに、ウールピーは続けた。
「一目でわかります。
あなたは神の中でも選りすぐりの存在。
きっと天界を良い方向に向けてくれますでしょう。
これからも娘と友達でいてね。
あと、ガンダ国に遊びに来た際は、国を挙げて歓迎しますよ」
そう言い、侍女たちと共に去って行った。
「あのメイドのひとたちさ」
ジャイミラがぼそっと言った。
「すっごくね?
ここで魔獣が倒されたときも、顔色一つ変えずに見てたぜ!」
ウールピーと入れ替わるようにして、三人の天女が急いで入ってきた。
ほとんど飛行している。
「ス、スシーマ殿下!」
彼女のうちの一人があえぎつつ言った。
「お妃さまが目を覚まされました。
至急、あなたさまとお仲間にお会いになると。
ナンダナまで急いでくださいまし」
「わしからも言いたいことがあるが、仕方ないな」
ヴァルナがぼそぼそとつぶやいた。
「シャシー妃の命令とあらば、そちらが優先だ。
これからも、これまでも」
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