70 波乱の公開裁判
「これから、月種ガウリヤ家の裁判を行う」
ここはヴァイジャヤンタ宮殿の北にある、大講堂だ。
黒褐色のいかめしい建物で、たっぷり五百人は収容できる。
裁判開始を宣言したのは、法服に身を包んだデーヴァ族の男。
片メガネをかけている。
「あれは魔道具の一種だ」
スシーマがこそこそ教えてくれた。
「相手の正体を見破るのだろう」
「どうして両メガネじゃないの?」
そう聞き返すと、彼は苦笑した。
「さあな。
そういった魔道具はとても高価だから、節約したのかもしれないね」
「節約で片メガネって?
新種のコントみたい・・・」
思わず笑ったら、片メガネに睨まれた。
あわてて口をつぐむ。
天界の裁判はいたってシンプルだ。
中央のど真ん中に最終決定者たる裁判官が座る。
その右側に被告席。
左側に原告席がある。
それぞれの後ろには、支持者がぞろりと集まっている。
いわゆるディベート形式で、双方の言い分を聞き、最後に裁判官が判決を言い渡す。
弁護士や検察官がいないのが特徴だ。
わたしはシャンドリーの真後ろに座り、隣はアジャンとスシーマ。
その後ろには衛兵たちが相手席を怒りの視線で凝視しつつ鎮座している。
目を赤く泣きはらし、被告席にしおらしく座っているジャーリニー。
その後ろには、黒髪美男のガウリヤ公が険しい顔で座っていた。
時折、実の娘のシャンドリーをすごい顔で睨みつけている。
・・・そういえば、善法堂地下で思い出した前世の記憶によると、わたしはガウリヤという集団と戦争したことがあるようだ。
彼らと目の前の男の血縁関係は皆無だろうが、同じ名前なのは何らかの因縁を感じる。
公の後ろには、屋敷の執事やら侍女頭やらが座っている。
皆灰色の視線をし、心ここにあらずといった風だ。
明らかに操られている。
裁判官が入廷してきた。
金色の法衣に同色の四角い帽子をかぶっている。
これが水天ヴァルナだ。
しかしその配下はあのナンダ龍王なので、わたしにとっては相性の良くない男だろう。
人間でいうと四十がらみの健康的に日焼けしたような男で、ナーガ族らしい藍色の髪をひっつめ、鋭い突き刺すような青い目をしている。
その目がこちらを凝視している。
大変よくない兆候だ。
ガマゴンがいないので寂しいし心細いのだが・・・。
(ギギギ)
左肩から鳴き声が聞こえる。
ジャイミラだ。
青い瞳の水色のトカゲ姿で、飾りのごとく静止している。
いざとなったらわたしを守ってくれるという。
(お嬢ちゃん、あの女の手首よく見てみろ)
トカゲ/ジャイミラは小さな小さな声で言った。
ジャーリニーはさっきからしきりに左手首をさすっている。
他の連中は見えていないようだが明らかに、そこから黒い棘が出ているのが分かった。
(パルシャさんの腹から出てたのと同じだ。
ということはあの女、例の樹液を飲んだな)
サピリスいわく、純粋な樹液でなく何らかの混ぜ物が入っていたのだろうとの事。
ジャイミラが聞いた通り、先住天族の遺骸かもしれない。
そういえば昔、日本でもミイラを漢方薬にして飲んでたという話を聞いたことがある。
好奇心は猫だけでなくヒトをも殺すのだ。
パルシャは今、ここにいない。
わたしの家に滞在し、未だに意識の戻らないグローリアの世話をしている。
近所の連中の噂になったら嫌なので、彼はわたしの兄ということにしている。
本当はいとこらしいのだが、全く覚えていない。
余談ながら、庭にテントを張りそこで寝ている。
一応遠慮してくれているようだ。
しかしそこまでやるのだったら、宿屋に泊まればいいのに。
(にしてもジャイミラ、よくそんな形でいるのを承諾したわね。
最初サピリスにやられたときは、嫌がってたのに)
(小回りが利くし、隠れるにも最適。
ガマゴンの気持ちがよく分かっただけさ)
わたしはため息をついた。
何事かとアジャンが気にしているので、大丈夫よと小声で言う。
(ヒキガエルにトカゲ・・・。
妙なペットに縁があるわ)
「あたしは何もしていません!」
被告人席で、ジャーリニーが泣きながら話し始めた。
「お父さま――ガウリヤ公の屋敷に引き取られてもう十年以上になりますが――、ずっとお姉さまにいじめられていたの」
赤みがかった金髪を乱し、同情を誘うように涙をぬぐう。
一般傍聴席から深い悲しみのため息や声が聞こえてきた。
神の一族のもめ事だと知り、大勢の連中が集まってきている。
いわゆる野次馬だが、その中には新聞記者等もいるので
アカデミーの制服を着た男子たちが、シャンドリーを罵倒する言葉を叫んだ。
「静かに!」
ヴァルナは木槌を叩いた。
威圧のオーラが飛び散る。
「被告人の弁護は?」
「私が」
ガウリヤ公が立ち上がり、意見を述べた。
「我が娘、ジャーリニーは心優しく真面目なアカデミーの学生です。
当日も試験勉強で忙しかったとか。
そうであろう?」
彼は右席後方に座っている女子学生らに語りかけた。
「その通りでーす」
彼女らは頭の線が三本切れたような声を出した。
瞬間、ジャーリニーの美しい顔に火のような笑みがよぎるのを、わたしは見逃さなかった。
「不肖の娘・シャンドリーは事あるごとに妹をいたぶり、精神的苦痛を味わせておりました。
何度言っても聞かないのです。
たぶん、娘の母親――ウールピーのしつけが悪いのだと思います」
「して、そなたの妻はいずこに」
ヴァルナの質問に、ガウリヤ公の目は泳いだ。
「ずっと病気で寝込んでおります。
ガンダルヴァ貴族のもとで療養し・・・」
「病気になったのは、被告人が屋敷に来てからか?」
裁判官の青い目が冷徹に光っている。
いいぞ、ヴァルナ!
「あっ・・・はい・・・」
ガウリヤ公は一気にトーンダウンした。
娘を守るどころか変な女に騙され、実子を虐待して!
こいつもジャーリニーと一緒に罰を受ければいい。
「して、そなたの妻の具合はどうだ?」
ヴァルナはやや遠慮がちに聞いた。
女好きの伊達男は平然としてこう答えた。
「死にかかっております。
きっとガンダルヴァたちがちゃんと世話をしていないのでしょう」
裁判所のドアがばーんと開いた。
その周辺にいた連中が思わずすーっと退く。
「わたくしが死にかかってるですって!?」
褐色の髪を結い上げ、真珠で飾った貴婦人が堂々と姿を現した。
シャンドリーが飛び上がる。
「お、お母さま!
もう具合はよろしいの?」
「当たり前じゃない!」
ガウリヤ公妃ウールピーは、ガンダルヴァ族らしい尖った耳をすっと触り、はっきりとした声でしゃべった。
絹扇子をぴしゃりと閉じ、それをジャーリニーの方へ向ける。
「この邪悪な女に毒を盛られたのですがね。
善徳の者たちが無効化してくれたのよ!」
「ほう」
突然の役者登場に動じることなく、ヴァルナは水のごとく冷静に言葉を続けた。
「して、その善徳の者たちとは?」
ウールピーは左側の席に向かってウィンクした。
「わたくしの娘とその友人たちですわ!」
「重要参考人の登場です!」
裁判役員が、壇上に一人の少女を連れてきた。
簡素なロングドレスを着て、金髪を編み込んでいる。
アプサラスの貴子だ。
「そなたが解毒したのか?」
「私は解毒薬を作っただけです。
材料を集めてくれたのは、スシーマ王子や女神エリスとそのお仲間です」
彼女は透き通った声で話した。
「どうして解毒薬が作れたのか?
作り方を知っているのか?」
スシーマが立ち上がった。
「それはこの本に書いてあったからさ」
そして、例の古書をみんなに見せる。
あっという間に青くなったジャーリニー。
貴子はお役目が終わったのか、役員と共に退場した。
それでいい、そのほうが安全だ。
「ないと思ったら・・・。
いつそれを手に入れたのよ!」
さっきのしおらしさとは打って変わった、激しい剣幕で彼女は怒鳴った。
スシーマはにやにや笑っている。
「さあね。
きみが落としたんじゃないの?」
「被告人、この本はおまえの所有物か?」
ヴァルナの声が無慈悲に響く。
「ならば、毒を持ったのもおまえという可能性がつよ・・・」
「うるさい!」
ジャーリニーは被告席から飛び出し、ヴァルナに向かった。
あまりの展開に、ガウリヤ公はまごまごしている。
「あんたもあたいの奴隷になるのよ!」
きらきらした粉が舞い上がった。
しかし。
何も起こらなかった。
それどころか、裁判長を怒らせただけだった。
「え、うっそ!?」
仰天するジャーリニーに、更に追い打ちをかける展開が待っていた。
「裁判長、これを」
役員が何らかの書類をヴァルナに渡した。
彼の目がカッと見開かれる。
「今、オーラによる血縁関係の調査結果が出た。
それによると、ガウリヤ公とシャンドリー女神の親子関係は百パーセント。
そして、公とジャーリニーの親子関係は一切なし。
ガウリヤ公よ、よくぞ長い間騙されていたものだな」
放蕩貴族の顔は瞬時にして草のごとく青ざめた。
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