69 嘘は才能の一種なり
「もしもし、エリス。
そっちはどうだった?」
胸元のペンダントからスシーマの声が聞こえてくる。
彼がエーカーダシャムカの回し者なのでは、と思うほど自分勝手だ。
わたしは善法堂入り口の階段に腰掛けつつ、不機嫌な声で答えた。
「樹液は手に入れた。
すごく大変だった」
「そうか、ありがとう。
みんな無事か?」
「まあね」
わたしは隣であくびをしているトカゲ型ジャイミラを見つつ、答えた。
ガマゴンは死んだわけではないので、どう伝えればいいのか頭をひねった。
まだ『本来の』魔力が足りないらしく、実体化に失敗したのだ。
だから、こう言うことにした。
「途中でガマゴンが故郷に帰った。
しばらくしたら、たぶん戻ると思う」
「ギ、ギギ!(そういうことさ)」
「途中放棄か、ひどいな、自分勝手だ。
にしても、変な鳴き声が聞こえるぞ?」
スシーマは驚きの声を上げる。
あんたに言われたくないわ、と腹が立つ。
未だに強制変身が解けないジャイミラが、わたしの腕によじ登ろうとして、パルシャに尾をつかまれ叱られている。
「王子様が無理難題を押し付けるからじゃない?」
「わりいわりい。
今度、お茶でも奢るからさ」
スシーマはそう言い、一息ついた。
「兄上のことなんだけれど・・・。
居場所が全く分からない。
善法堂方面で見たという者がいるんだが、会ってないよね?」
「脂ぎった坊主にしか会ってない」
「ともかくさ」
王子は現実の問題に話を戻した。
「戻っておいで。
ヴァイジャヤンタ宮殿の正門で待ち合わせだ」
「分かったわ。
あのね・・・」
わたしはとある問題をぶつけてみた。
「何だ、言ってごらん」
「あなたの言った通り、パルシャは偽者だったの。
今善法堂では、偽パルシャがガスになって消滅したって大騒ぎしてる。
本物のパルシャは、もうここにいたくないって言い張って・・・」
そう。
あの後が結構修羅場だったのだ。
「私はそんな場所、帰りませんからね!」
『猊下』は堂々と宣言した。
ジャイミラから善法堂の乱れっぷり――僧侶のBLがお盛んだということ――を聞き、あやうく魂が分離しそうになったのだ。
「しかも私の部屋で、偽の私と偽ソーマーがフ○ックですって!?
汚らわしい、足を入れたくもないわ」
「お師匠、そんなヒステリーなオバサンみたいな声、出さなくていいから」
メガネをかけ、首尾よくデーヴァの尼僧に化けたサピリスが苦笑した。
パルシャはじろりと彼女を見、あなたはどうするつもりと言った。
先住民の女はこう答えた。
「私はここにとどまります。
割と安全ですから。
にしても、ソーマー師に違和感を覚えていたけれど、まさか餓鬼が化けていたとは思わなかった。
善法堂に王権は及びませんから、その点では住み心地がよいかと。
それに」
ちらりとわたしを見た。
「この地下に、ヴィレナがいますしね。
カエルちゃんと一緒に。
微力ながら、私も魔力を流してみます。
転移魔法で一瞬で行けるようになったし、いつも様子を見に行きますよ。
隠れ家にでもしようかな」
「ありがとう。
わたしもちょくちょく行くわ。
ガマゴンを引っ張り出してやらなくちゃ」
「街に戻るのですか?
ならばわたしたちも一緒に」
金髪女性を抱えたパルシャが意気込んだ。
女性――グローリアという先住天族だ――は、生きているが未だに目覚めていない。
しかしそれも時間の問題だろう、とチュンディ=サピリスは断言する。
全裸ではヤバいので、パルシャの長衣を巻きつけ、隠すべき部分は隠してある状態だ。
「陛下のオーラを浴びて、超回復するでしょうね。
リヒター・・・ガマゴンが閉じ込められている間、役に立ってくれるはず」
「ってことで、お世話になりますね、エリスちゃん」
パルシャはにんまりしている。
「ちょっと、パルシャさん。
ずうずうしいんでなくて?」
「大丈夫、一つ屋根の下に入るわけではありませんから。
庭にテントを張りますから。
さあ行きましょう!」
「それでもお断りです!
ガマゴン以外の男と一緒にいるとか、他人の目が怖いわ!」
といった会話を繰り返し、心身ともにストレスが最大値を迎えていたのだ。
もちろんこんな内容は、他の人々には内緒だ。
当然、スシーマにも。
「パルシャ様?
宮殿にお招きしようか。
ああエリス、きみもね」
ネックレスの向こうで、王子がそう言う。
「今何時?」
「夕方四時近くだが?」
わたしは天を仰いだ。
大変手間取った。
明日の九時までに間に合わないかもしれない。
「サイアク。
そんなに時間食ったんだ。
今すぐそっちに行く。
転移するからね」
そう言い、会話を終えた。
隣でチュンディがグローリアの様子を診ている。
「陛下」
「チュンディ、やばいよ。
ここではエリスと呼んで」
「じゃあエリス、グローリアが目覚めたら、なるべくたくさん食べさせてください。
体力が回復したら、ここに来るように言うのもお忘れなく。
あと」
奇妙な仮面を渡された。
「これは我々エーシュとその生まれ変わりが集うための道具。
これを持っていれば、入り口が分かりますよ。
詳しいことはゼフィールスに聞いてくださいな。
ああ、遠くからウッタラーが来ている。
まずいので、今日はこれにて解散させていただきます」
彼女は防音魔法を取り外し、わたしに一礼して足早に去っていった。
やっと人型に戻れたジャイミラは、わたしにゼイゼイした声でこう言った。
「なんかこう・・・。
よけいなモノを抱え込んじまったな。
にしてもあの感覚・・・おえー!」
彼は自分の両腕に鱗が生えてないのを確かめた。
パルシャをチラチラ見ている。
『猊下』の冷たい笑みが彼を襲った。
「おや、まだ鱗成分が足りないようですね。
では私が戻して差し上げましょう」
「やめてくれーっ。
てかあんたもナーガだろ。
龍になるのはしゃあないが、トカゲになる屈辱は・・・分かってくれると思ったのに」
「ふふふ、いいこと聞いた」
パルシャは銀の瞳を光らせた。
「これから役立ちそうですね、トカゲの魔法が・・・」
「さて、仲の良いお二人さん」
わたしは泣きたくなる気持ちを抑えつつ言った。
右肩を触るが、ガマゴンがいないのを思い出した。
とてもさびしい。
彼のためにも、早くもう一種類の魔力を高めなくては。
「宮殿の正門まで転移するわよ。
手を握って」
景色は一瞬で変わり、堅固だが豪華な門とあきれ顔の門番の顔が目に飛び込んできた。
「おまえ・・・昨日も来たよな。
いっそのこと、宮殿に就職したらどうだ?」
黄色い肌のラクシャーサは慌てて酒瓶を隠し、そう言った。
「おお来たか、待ってたぞ」
スシーマが出迎えてくれた。
背後に黒髪の若者が三人控えている。
初めてアマラヴァティに来た時に出会ったのと同じ面子だ。
「ああ、彼らはおれの
心配しなくていい。
いろいろ手伝ってもらうために来てくれたのだ」
彼らは地天プリティヴィーの孫たちとのことだった。
プリティヴィーはアスラ族である。
アスラは(人間界では)評判の悪い種族だが、一度心を許した相手には絶対の友情を誓うという特徴があるらしい。
彼らは黒髪黒目でデーヴァ風だが、きっと色を変えているのだろう。
「薬が出来次第、ガウリヤ夫人とおれの母に飲ませる。
解毒できたならば――明日の裁判に来てもらおう」
「材料はそろったけど、誰が作るの?」
「彼女を連れてこい」
わたしの疑問に、彼は配下の一人に命じて誰かを連れてこさせた。
金髪をお団子に結った、質素なチュニックの少女。
「貴子!?」
「彼女にやってもらう。
薬屋に弟子入りしたんだって?」
王子の言葉に、彼女はおずおずとうなずいた。
「なんかちょっとびっくり。
こちらの方々は・・・?」
わたしの後ろでジャイミラとパルシャが仲良くもめている。
パルシャはグローリアを抱いたままだ。
「ああ、クエストに協力してもらったひとたちよ」
嘘をついたことには・・・ならないだろう。
貴子の灰青色の瞳は、グローリアに釘付けだ。
「エルフだわ。
どうして意識がないの?」
「ま、魔力が切れちゃったみたいで・・・」
苦し紛れの嘘だ。
にしてもグローリアの種族はどうやって偽装するべきか。
この世界にエルフなんていないし、そうだ・・・ガンダルヴァとアプサラスのハーフということにしよう!
「それにガマゴンちゃんがいないけど、まさか・・・」
「ああ、彼ならまた戻ってくるよ。
用事が出来たから、里帰りしてるだけ」
貴子は納得したが、スシーマの目が疑いをはらんでいる。
「エリス、大変だったのね」
アプサラスはわたしを労わるようにやさしく言った。
そして、ピンクの小さなボトルを手渡してくる。
「これね、さっき作った魔力回復薬なの。
彼女に飲ませてあげてね」
「あ、ありがとう」(現世天人じゃないから、ちょっとマズいかも)
「さて、始めるか。
アカデミーの地下を借り切ったから、そこで作ることにする」
「宮殿では作らないの?」
スシーマの言葉にわたしは反論した。
彼は頭を振り、こう答えた。
「怪しい動きのある場所は避けるべきだよ」
「なるほど。
アカデミーだったら、シャンドリーもいるものね」
「では・・・」
彼はそう言い、配下のアスラたちもうなずいた。
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