7 ガルーダ襲撃後の龍宮(ナンダ龍王の視点)

 「だ、大王様!」


 ナーガの兵士が息を切らせ、執務室に飛び込んできた。

 藍色の目は興奮できらめき、同色の髪は乱れている。


 「あの子が・・・エリスがいません!」


 「馬鹿言うな、部屋に閉じ込めた奴が消えるわけなかろう!」


 「本当にいないのです・・・。

 ああ、サンディマじゃないか」


 兵士は、全身から湯気を出し焦燥した表情のナーガ女に声をかけた。

 女は確か、忌み子専属の監視役だったはずだ。

 その彼女がどういうわけかボロボロになり、足を引きずりながら執務室に入ってきたのだ。


 「おまえ、その恰好はどうした」


 ナンダ龍王の金の目が見開かれる。

 侍女はかすれた声でこう答えた。


 「エリスに・・・忌み子にやられました。

 ガルーダ退治を命令したら、いきなり反抗して」


 「して、あやつは?」


 「わかりません、いなくなりました」


 「おまえ、いったい何をしているのじゃ!」


 龍王は激高した。


 「あれを自由に歩かせるなど、ガルーダの胃袋の中に入るよりも危険なことなのに!

 そのために、おまえとピジャヤは雇われたのだぞ!」


 「ピ、ピジャヤは・・・、あいつは他国の密使です・・・。

 我々はだまされていたのです!」


 サンディマは歯を食いしばり、一通の置手紙を王に渡した。

 そこには流麗なデーヴァ文字で、こう書かれてあった。


 『証拠は見つけた。

 エネルギーの不正製造の報い、覚悟しておれ!』


 最後にカラスのマークが書かれてある。

 それを見たナンダの顔は、文字通り蒼白になった。


 「お終いじゃ!

 わしらはお終いじゃ!」


 「大王様、お気を確かに」


 ナーガの側近がそう叫び、他の者に早く鎮静薬を持ってくるように命じた。

 薬がなければ、この城や住んでいる者すべてがこの龍王に破壊されてしまうからだ。


 「エリスは、もういないのか?」


 薬を飲み終えた後、龍王はろれつのまわらない舌でつぶやいた。


 「兵士らは何をしておる」


 「ただいま、探索中です」


 ナーガの将軍が礼を崩さず答えた。


 「ただやはり、エリス殿の戦力なしにガルーダの攻撃に対抗することは難しく・・・」


 「怪しからん」


 ナンダは立ち上がり、魔力により瞬時で武装した。


 「バカ鳥につつかれ、厄介の種には逃げられた。

 その上、アレが見つかった日には・・・」


 バルコニーに出て、空一杯に広がるガルーダの群れにエネルギー波を発する。

 悲鳴と共に鳥族の雲は散り散りになった。

 ある者は死んで地に落ち、死骸はあっという間に光の粒に変わって消えていく。

 他の者はワゴンと共に、いずこへか逃げて行った。



 白黒龍宮は、外部も内部もひどい有様だった。

 ありとあらゆる貴金属や宝石類ははぎとられ、汚物で汚され、侍女たちはさらわれてしまった。

 彼女らの運命―――どこぞの奴隷市で売り飛ばされるか、娼婦として死ぬまで拘束されるか、はたまたそのまま殺されるか―――を考え、ナンダは怒りと震えが止まらない。


 「エリスさえいればなあ」


 兵士の一人がつぶやき、ナンダに睨まれて口をつぐんだ。


 「確かに、あやつさえいればな」


 龍王は言葉を発した。


 「ガルーダだろうとアスラだろうと、束になってもエリスには敵わん。

 そのエリスがいない。

 逃げてしもうた!

 こうなったのは、ひとえにエリスのせいじゃ!」


 「はっ、エリスのせい、です」


 「そうだ、エリスが悪い!」


 生き残った兵士や侍女どもが呼応した。

 これでいい、とナンダ龍王は思った。

 そこに、上級侍女のナーガが急いでやってきた。


 「大王さま、ヴィアルモさまがっ!」


 「うん?

 ヴィアルモがどうしたのじゃ?」


 「ヴィアルモさまがあっ・・・!」


 上級侍女はそう言い、わーっと泣き崩れた。

 感情が先走り、意思疎通が困難になるのは、ナーガ族の特徴である。

 ナンダ龍王は急いで子供の部屋に駆け込んだ。


 

 青と白だけの色彩の子供部屋。

 そこに、ナンダ龍王の第二王子・ヴィアルモは死んで横たわっていた。

 ガルーダに引っかかれたらしい腹の傷跡が痛々しい。

 まだ12歳になったばかりだというのに。

 王子の遺体はしばらくすると、角生えかけの小さな龍に変化した。

 ナーガ族は生まれたときと死ぬとき、龍の姿に変じる。

 小さな龍はあっという間に光の粒になり、完全に消滅した。

 半霊半物質の天界生物は、人間のように死体を残さない。

 死ねば、姿を構成していた想念エネルギーが分解され、消えてしまう。

 こうして、王の息子は死んだ。

 周囲からは、絹を引き裂くようなすすり泣きが聞こえてくる。


 ナンダ龍王はがっくりと床に膝をつき、考え込んだ。

 喪失感がしばらく続いた後、こみ上げてきたのは粘っこい真っ黒な怒りだった。


 「あんなやつさえ、生まれてこなければ!」


 食いしばった歯の奥で、老人のようにかすれた声が出た。


 「マヒンシャ将軍に命ずる」


 やっと立ち上がり、こう命じた。

 マヒンシャは姿勢を正し、起立している。

 彼の家系は、代々龍王に仕えてきた由緒正しい家柄だ。

 彼自身も、王に忠誠を誓っている。


 「はっ!

 なにとぞご命令を!」


 「全天に向けて、手配書をばらまけ。

 『ナンダ龍王の第三王女、エリスを逮捕せよ!

 かの者は第二王子ヴィアルモを殺害した』と」


 「エリスは殺してませんぜ。

 あいつはたぶん、ガルーダにさらわれちまったんでしょう」


 本当のことを言った一般兵士に、龍王は電撃をお見舞いしてやった。

 黒焦げになる兵士。

 しかし、すぐには死なないだろう。

 

 「はっ。

 ご命令通りにいたしまする」


 マヒンシャは答え、部屋を後にした。

 エリスとかいうあの娘は、確かに気味の悪い赤い目をしている。

 肌が白すぎるし、髪の色合いもおかしい。

 はっきりいって、龍族ナーガ好みの美貌ではない。

 兄を殺してはいないし、彼女自身もどこぞに連れ去られたのだろう。

 しかし、大王の命令には従わなくてはならない、と考えた。

 ここ最下級の天界にて、ナーガ族は最も弱い種族だから。

 戦争はいつも負け、そのたびに大量の死者を出してきた。

 かといってヤクシャ族のような器用さもなければ、ガンダルヴァ族の前向きな陽気さもキンナラ族の賢さもない。

 あまたの精霊族にマウントを取られ、蹴飛ばされ、抑圧された種族。

 それが、龍族―――ナーガたちだった。


 (昔のようなことがあってはならない)


 マヒンシャは固くそう思い、手配書を作るべく足を速めた。

 今やナーガ族は、エリスという脅威を前に一丸となっている。

 あの子供がいなければ、ナーガは以前のように激しい内輪もめをおっぱじめるだろう。

 そこに、ガルーダやアスラのならず者がつけ込み、被害はさらに大きくなる。

 そうならないためにも、あの醜い忌み子には泥をかぶってもらわなければならない。

 きっとそのために、エリスという子供は生まれてきたに違いない。

 マヒンシャはそう思うことにした。

 良心の呵責など、感じてはならないのだ。

 

 

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