6 人類滅亡の真相

 「ウソでしょう?

 ありえないわ、下手なラノベでもこんな展開ありえない!」


 「あるじ様、これは夢じゃないって何度言えば・・・」


 ガマゴンの言葉に引き続き、ヤクシャ族の宰相・ランバーは言った。


 「エリスちゃん、気を確かに。

 地球は・・・私たちの言葉では、南部人界は・・・破壊されてしまったの。

 人間だけでなく、ありとあらゆる生物が死滅してしまった模様。

 ヤクシャ諜報部からの、最新映像がこちらですよ」


 彼女は大きめの手鏡らしきものを見せてくれた。

 楕円形のスマホっぽい。


 そこには、巨大な火の玉が映っていた。

 虚空を燃えながら回転している。

 ただそれだけ。

 地球だなんて、信じられない。

 衛星たる月も映ってないし、これはあやしい。


 「別の星じゃ・・・?」


 「我々の力を甘く見ないでね。

 これはまさしくあなたがいた星の末路」


 「どうしてこんなことに・・・?

 核戦争、かな?」


 ランバーは首を横に振って拒否した。


 「これは確かな情報ではないのだけれど・・・。

 とある鬼神が魔術に失敗し、魔法球が人間界を直撃したとか。

 あと、アスラによるテロという話もあるけど、たぶんデマでしょう。

 連中は、人間をからかうことはあっても滅ぼすなんて・・・そこまでバカじゃない」


 「エリス、神の権限により、おまえの行動範囲を制限させてもらう」


 クベーラ王は突然言った。


 「え、やだよ、そんなの」


 「いや、ダメだ。

 おまえは今後、人間界―――南部人間界に行ってはならない。

 あそこは見ての通り火の球で、下手すると地獄の亡者が湧き出るかもしれん。

 おまえはもう人間ではない、神なのだよ。

 世界に欠かせない存在なのだから、また行方不明になったら大変だ」


 「でも、うちの親とかは・・・」


 「あるじ様・・・」


 制約魔法がかけられたようだ。

 体がちょっとピリッとする。

 涙が出てきた。

 もう、家族に会えない。

 堰を切ったように涙があふれてしまった。


 「エリス、許してくれ。

 これも世界を崩壊させないためなのだ」


 クベーラ王はそう言い、部屋から出て行った。

 ランバーはわたしにハンカチをくれて、やはり去っていった。

 ひとしきり泣いた。

 親切なヤクシャ侍女も涙ぐんでくれた。

 でも、もうあの日々は帰ってこないのだ。

 両親にも会えず、大学に通うことも就職することもできなくなった。

 大好きな日本、さようなら。



               ―――



 「エリスは、ああなったか」


 執務室にて、クベーラ王は側近のランバー&キンシュカに唸るような声で言った。

 キンシュカと呼ばれたヤクシャ男はこう答えた。


 「赤い瞳・・・まごうことなき魔の印でございましたね」


 「でも、心はまだ暗黒に染まってないようですわ」


 ランバーが嘆息した。


 「下界に落ちて数百年、まさか神の子供が魔物になってしまうなんて。

 あそこは滅んで当然だったのやもしれませぬ」


 「にしても、赤目の娘とな・・・」


 クベーラ王はしっかりした線の顎に手を当て、考え込んだ。


 「弟のラーヴァナも赤目だったが、あれほどじゃないな。

 あれはまさしく伝説の・・・」


 「マハー・タマスマーター、ですか」


 キンシュカが身震いした。

 クベーラはしかし、それを否定した。


 「いや、考えすぎか。

 あの子はきっと・・・一時的に下界の毒気に当てられただけだろう。

 きっとそのうち、瞳の色も変わるはず。

 神の・・・金の瞳を取り戻すはずだ」


 「そういえば大王様、第二天よりこのような情報が」


 ランバーが話し始めた。


 「南部消滅による影響か、第二天ではベビーブームが起きている模様です。

 生まれた者たちは、自分はニホンから来た、などと言っているとか。

 彼らはデーヴァ族の生まれなのに、実に様々な目や髪の毛の色をしている、とのことです。

 確か、エリスちゃんもニホン出身でございましょう?

 かの国の出身者は想念の力が強く、自身の姿も加工してしまうのではないでしょうか?」


 キンシュカは笑い出した。


 「そんな魔力の強いデーヴァがいてたまるかよ。

 ランバー、妙な憶測でものを言うなんて、おまえらしくないぜ」


 「失礼な!

 私はアカデミー時代、魔力と出身地についての論文を読んだことがあるのよ!

 それを思い出しただけなのに・・・」


 「いずれにせよ、様子を見るしかないな」


 クベーラ神は自分の言葉にうなずき、火酒を一杯やった。

 さすがはヤクシャの作る酒、腹が燃えるようで元気が出る!


 「ジェニシアは会いたがっているが、完全に疑いが晴れるまで一緒に遊ばせるわけにはいかない。

 神の子は魔女と懇意になってはならないのだ。

 万に一つ、タマスマーターだった場合を考えると・・・震えてくるよ」


 「天族の終わり、ですね」


 キンシュカがぼそりとつぶやいた。


 「彼らはみな滅んだというのに、今になって、こんな形で復活するのでしょうか。

 五人の魔将が封じられて幾星霜。

 未来の我らは、再び戦に赴くのかと思うと・・・」


 「でも、見目よい少女ですわ」


 ランバーがそう言った。


 「赤目はともかく、上級ナーガっぽい水色の髪の毛。

 ・・・結ってあげたくてしょうがなかった。

 お肌だって輝いてるし・・・大きくなったらさぞや美人になるでしょうね」


 「美人でもそうでなくても、魔神だったらたまらないぜ!

 命がいくつあっても足りねえ」


 キンシュカは冷淡にそう言い放った。

 


               ―――


 「エリス、もう大丈夫か?」


 わたしが人類滅亡を知らされてしばらく経った後、再びドアが開いた。

 クベーラ王と側近の男女がじっとこちらを見ている。


 「はい・・・なんとか。

 ガマゴンと相談したのですが、やはり第二天に行ってみようと思います。

 そこでインドラ神―――人界の守護者だって聞いてます―――の庇護を頼ろうかと・・・。

 ここにいさせてくれてありがとうございました。

 お菓子、すごくおいしかったです!」


 ガマゴンと二人で頭を下げた。

 側近の男性の目が、射抜くようにこちらを見つめているが、どうしてだろう?


 「そうか。

 では、餞別にこれをやろう」


 王が挨拶すると、豊満なヤクシャ美女のランバーが、ネックレスを掛けてくれた。

 銀色のチェーンに、葉っぱを模した小さな緑色のペンダント。


 「これは姿変えのネックレスだ。

 魔道具の一種でね、試しに何かに変身してごらん」


 言われるがまま、黒髪黒目の男の子を想像してみた。

 年はガマゴンと同じぐらいの10歳程度で、日本人らしい色合いの肌。

 髪の毛は長く、後ろにゆるく一本に結わえている。

 目はやや大きめで少しつり目にした。

 すると、小さな歓声が上がった。


 「上手だわ!

 これだとデーヴァ族の男の子にしか見えない。

 エリスちゃん、魔力の消費ゼロのまま姿をキープできるわよ。

 寝ていても、ネックレスを外さない限り解除されないし」


 「便利ですね。

 でも、こんないいものいいんですか・・・?

 わたし、お金持ってませんよ」


 そう言うと、クベーラ王の唇がやや上向きになった。


 「いいんだよ、そんなの。

 子供がそんなこと言っちゃいけない」


 「わたし、18歳ですよ」


 「あるじ様ったら!」


 ガマゴンが腕をつんつんしてくる。

 彼は王に礼を言い、二人で大樹の宮殿を後にした。

 ヤクシャの侍女はお国名物のお茶葉とお菓子を籠に入れ、持たせてくれた。

 ナーガ族と比べてだいぶ親切だが、やはりわたしを危険視するような目線は多かった。


 「ねえガマゴン、ここの世界で赤い瞳って、悪い象徴なの?」


 そう尋ねると、元ペットはさも困ったようにさぁ、と首をかしげるだけだった。

 カエルに聞いても仕方がない。

 あとは、教えてもらった通りの道順に歩くだけだ。

 飛行術ならすぐかもしれないけど、かなり魔力を消費してしまう。

 念のため温存しておきたいので、徒歩で行くことにした。

 国道をずっと登るだけなので、間違える必要はない。

 目指すのはメール山の頂点、帝都アマラヴァティだ。

 

 ヤクシャ族の国道はすべて緑色の石で舗装されている。

 エメラルドに似ているけれど、ほんのりと光っている。

 地球にはない、全く別の物質で出来ているのだろう。

 緑の国道の両脇は、だだっ広い野原だった。

 地平線さえも定かではない、広い広い場所。

 色とりどりの花が咲き、小さな光のつぶを出している。

 地球では決してお目にかかれない風景が、そこには広がっていた。


 「ねえ、ガマゴン。

 今度ここに来たら、ピクニックしようよ。

 シートとお弁当持ってくるから」


 「あるじ様、浮かれるのはいいけど、第二天に着いたら気を付けてくださいね」


 あきれたような笑みと共に、元ペットは言った。

 

 「何か変な感じがします・・・。

 クベーラ王は親切だけど、これって円満に厄介払いしたような形ですよ。

 問題を第二天に丸投げした、みたいな感じかな。

 インドラ神とその配下は、下手すればかなりきついかも」


 「地球に帰りたいだけなのに」


 わたしは立ち止まり、そうつぶやいた。


 「まず、地球が破壊されたってのがフェイクニュースなのかどうかを調べる。

 嘘だったら、帰る。

 ああ、さっきの所で変な魔法掛けられたな。

 自分で解くか、誰かに解いてもらう。

 もし本当だったら・・・」


 目の前に広がる美しい風景が心に突き刺さる。

 誰もが来てみたいはずの天上界なのに、ちっとも楽しくない。


 「大丈夫」


 ガマゴンはそっと手を握ってきた。


 「ぼくは、ずっとあるじ様と一緒にいますよ。

 あるじ様が本当の場所を見つけるまで・・・」

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