5 クベーラ神の困惑
「ここが第一天?」
「北部・ヤクシャ王国。
クベーラ神の支配下にあります。
人間界でとても人気のある、武力の神様で、奥方は美の女神・・・」
「それって、毘沙門天?」
わたしはガマゴンの言葉を遮り、彼がうなずくのを見た。
彼はつづけた。
「たぶんそうです。
ヤクシャ族の大王にして、インドラ神の部下。
ヤクシャという精霊はこの王様になって初めて、繁栄らしき時代を迎えています」
「にしても、ここきれいね!」
ため息をついた。
今わたしたちが立っているのは、光あふれる野原だった。
色とりどりの花が咲いていて、甘いにおいが漂っている。
これまでみたことのない、珍しい花だ。
地球にはない種類なのだろう。
遠くには、エメラルド色の森。
天上から降り注ぐ光に照らされ、輝いてみえる。
まるで・・・こう言っては罰当たりかな・・・趙良作乙ゲーのスチル画みたいだ。
「誰かがやってきた!」
「あるじ様、姿隠しは・・・」
ガマゴンは言ったが、もう遅い。
天馬に跨った男たちが20人、かなりのスピードでやってきた。
皆が皆、甲冑を着けている。
健康的な肌色に、緑色の目。
深緑色の髪の毛。
中肉中背で、筋肉質。
これがヤクシャ族の本当の姿だった。
そのうちの一人、緑色の兜をかぶった男が馬に乗ったまま進み出た。
「おまえたちは誰だ?
ここはクベーラ王の領域。
不法侵入は許さぬぞ」
「わたしはアヤノ・・・でなく、エリス」
ガマゴンに小突かれつつ、わたしはたどたどしく話した。
「ナンダの宮殿から逃げ出してきた。
虐待されてたから。
第二天に行きたいんだけど・・・」
「エリス、だと!」
兜男は飛び上がり、馬から降りた。
じっとこっちを見てくる。
「エリスって、まさか・・・。
ジェニシア様のお友達の?
でもおまえ女の子だし、こんな赤目じゃなかったはず・・・」
「わたし、記憶がないの。
ねえ、ここに居座ることはないから、第二天に行かせてくれない?」
「記憶がないって?
そりゃひどいな。
まあいい、王様に会ってもらうよ。
おまえが本当にエリスだったら、王様がいいように計らってくださるだろう。
もし、そうでなければ・・・覚悟しろよ」
「そっちも、女神に失礼を働いた罪を償ってもらうよ」
ガマゴンが売り言葉に買い言葉、と言わんばかりに反撃する。
少年と男はしばらくにらみ合っていたが、男はふと目を逸らした。
「さて、宮殿に参ろう。
たぶんジェニシア様もお喜びになるはずだ」
わたしは彼に抱きかかえられ、天馬に乗った。
白い毛並みが美しくふわふわしている。
ガマゴンは再び小さくなり、わたしの肩にしがみついている。
「すごいね。
ペガサスに乗るの、初めてかも!」
「あなたは確か、乗馬が得意だと聞いていましたが・・・」
兜男が棒読みで答える。
ああ、信用されてないな、と分かった。
夢でないのなら、さっさと地球に戻りたい!
ラノベの異世界では、親切なキャラが現れて助けてくれるのに。
ここでは赤目がどうのこうのと言われて、警戒されるだけだ。
―――
「こちらでお待ちください」
やや固い表情のヤクシャ女(たぶん侍女)が、席に案内してくれた。
緑色の大きなソファに腰かける。
ふかふかで、いいにおいがした。
肩の上のガマゴンはせわしなく、周囲の様子を見ている。
「ここがヤクシャ城かあ。
思ってたよりも質素だけど、いい感じだね。
においもいいし」
見たこともないほどの巨樹そのものが、宮殿だった。
壁は樹皮そのもので、宝石をはめこんで装飾している。
清涼感のあるにおいがただよい、最高の森林浴をしているようだ。
「あるじ様、お気をつけて。
あそこに立ってる女たちが、さっきからずっと見てる」
「まあね。
やっぱり、わたしの姿っておかしいのかな?」
「あるじ様は美しいですよ」
カエルはソファの上に着地し、人型になった。
ずっとそのままでいればいいのに、と言うと、元ペットは恥ずかしがった。
しばらくすると、ヤクシャの若い男(濃緑色の制服を着ている)がやってきた。
目の前のローテーブルにティーカップとポット、何かの実を模したお菓子を並べて去っていった。
いちおう、お客扱いしてくれるみたいだ。
ここの精霊は、ナーガ族よりも質が良いように思えるけど・・・。
「お菓子、おいしそう。
異世界で食べられると思わなかった。
ガマゴン、食べてみようよ」
「そうですね。
ナーガのとこで食事にありつけなかったから、ぼくもいただこうかな。
樹の精霊のお菓子だなんて、珍しいし」
スプーンやフォークはないので、そのまま手に取って食べた。
地球ではマナー違反になるが、ここではそうではないようだ。
ナンダたちもそうやって食べていたし。
出されたお菓子は、やや固めの生地に風味豊かなナッツのクリームの入ったものだった。
あっという間に食べ終わった私たちに、ヤクシャの侍女は別のお菓子を持ってきた。
今度はふわふわした生地に、甘酸っぱいクリームがはさんであるものだった。
こういうことが5回、やっとお腹が膨れた。
「大王さまがいらっしゃいます」
ヤクシャの侍女が言い、ドアが開かれた。
入ってきたのは、やはり中肉中背で筋肉質な、アラフォーぐらいの男性だった。
白地に金の模様の入った衣装を着け、深緑色の髪は高く結って髷にしている。
線の強い、上品な面立ち。
肌はやや茶色っぽく、金色の瞳をしている。
ナンダも同じ目をしていたが、こちらの男性の方がずっと優しそうだ。
じっとわたしとガマゴンを見ている。
「あ・・・」
口に付いたお菓子のかけらをぬぐった。
本能的に、相手がかの有名な毘沙門天だと分かった。
お寺の像よりも、はるかにずっとイケメンだ。
男性は口を開いた。
「エリスか?
ずっと探していたんだぞ。
ジェニシアも心配していて・・・」
「初めまして、大王様。
わたしはエリスと呼ばれてるけど、本名は高橋彩乃です。
○○大学の学生です。
目が覚めたら、海王星に拉致られてました」
「初めましてっておまえ・・・。
まあいい、記憶を失ってるらしいな。
何か思いだしたことはあるか?」
「ええっと・・・。
ナンダの長男・・・ヴァイレシだっけ、あいつにすごくいじめられていたような気がします。
あとは何も・・・」
クベーラ王のそばに、やや背の高い豊満なヤクシャ女がやってきた。
深緑色の髪は編み込みにして、黒と金色の制服を着ている。
彼女は王と目配せした。
「大王様、やはりこの子はエリスちゃんで間違いありませんわ。
にしても龍王、子供を虐待しているという噂、本当だったのですね」
「食事も与えられていないようでした」
ヤクシャの侍女もうなずいた。
「この子たち、パドマケーキを5回もお代わりしましたもの。
子供に食事与えないなんて、ひどすぎるわ!」
「あの・・・」
わたしは話し始めた。
「記憶がなくてごめんなさい。
わたし、ただ、地球に帰りたいだけなんです。
帰り道が分からないから、第二天の神様に助けていただこうとして・・・」
クベーラ神の眉がぴくっと動いた。
「帰るって、おまえの故郷はここ天上界だろう?
さすがに、虐待を受けていた所に帰れなんて言わないがな。
しかしエリス、人間界に行くことは許さんぞ」
「わたしね、大学生なんです。
ちゃんと勉強して、英検一級取って、その他の資格も取って、就職したいの。
ニートとかになりたくないから」
「エイケン・・・?
エリスが就職・・・?」
「はい。
それに、地球には家族がいますしね。
口うるさいけど、仲いいですよ。
お友達もいます・・・少ないけど。
ああ、ここのガマゴンも連れて帰ります。
ペットだったの、カエルの・・・」
「エリスちゃん」
黒と金の制服を着た女性が遮った。
じっとこちらを見ている。
「あなたはもう、帰れないのですよ」
「どうして?
わたし、何か悪いことしました?」
「そうではなくて・・・」
女性はやや黙った後、はっきりした口調でこう言った。
「あなたの故郷・・・地球の人間は絶滅しました」
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