4 ガルーダの襲撃そして脱出

 「時計がないなー、カレンダーもないなー、スマホもないなー」


 石のベッドに寝そべりつつつぶやいた。

 おなかがいっぱいだ。

 さっき、シャシーが持ってきてくれたパンケーキみたいなのをたっぷり食べたから。

 確か、『アマラヴァティ・パイ』とか言ってたような。


 「あるじ様、シャシーに教えてもらった魔法、大丈夫ですか?」


 本をめくりつつ、ガマゴンがしゃべる。

 

 「大丈夫だと思う。

 姿を消す魔法、飛行術、気配察知」


 「攻撃系ならぼくも少しは使えますよ」


 「ははは、まさか異世界で昔のペットに再会できると思わなかったな」


 ほとんど独り言だ。


 「しかも話せるようになってるし。

 そういえば、ここに来る前、爆発がどうのって言ってたね。

 何のこと?」


 カエルは本を閉じ、金色の目でこちらを見た。


 「分からないのです。

 ぼくはあるじ様を見つけ、一緒に寝てましたから。

 一瞬ものすごい音がして、目の前が真っ白に光りました。

 だから爆発、と表現しただけですが・・・」


 ドアが激しく叩かれた。

 いよいよだ。

 結界を消し、相手の様子をうかがう。

 ガマゴンは姿を消し、わたしの右肩によじ登った。


 「ちょっと、あんた!」


 サンディマの声だ。

 ずかずかと入ってくる。

 髪が乱れて、目が興奮したようにきらきらしていた。


 「ガルーダが来た!

 エリス、早く退治して、あんたの出番だよ」


 「退治って?

 あたし記憶ないもん、何にもできない」


 「ぐずぐずするんじゃないよ!」


 彼女はわたしを突き飛ばした。

 第三身分の者が第一身分にこんなことをする。

 明らかにルール違反だ。


 「できないものはできない。

 ラトーナにやらせれば?」


 往復ビンタが飛んできた。

 さすがにこれは痛い。

 

 「何すんの!」


 怒ると、わたしの全身から電流が流れ、サンディマを直撃した。

 侍女は全身から煙を出し、汚い床に倒れた。


 「赤目の忌み子・・・恐ろしい・・・」


 そして気絶したようだ。


 「さあ、あるじ様!」


 わたしはうなずき、姿を消した。

 あとはシャシーに教えられた通り、南に進んで灰色屋根の小屋から西に曲がればよい。



               ―――


 ガルーダっていうのは聞いたことがある。

 外国の航空会社だ。

 なんでも、インドの鳥神様の名前らしい。

 空一杯にバタバタやってる連中は、その一族なのだろうか。

 鳥神様の一族のはずなのに、神々しさのかけらもない。

 背中に生えた巨大で真っ赤な翼。

 同色の髪をモヒカンにしておっ立てている。

 まるで、世紀末ヒャッハーである。

 その数たるや、三桁近くはいるだろう。

 空中に浮かんだどでかいワゴンに、龍宮のお宝やナーガ族の女を押し込めている。

 ナーガの兵士たちは戦うが、全く歯が立たないようだ。


 「あるじ様、急いで!」


 姿を消したまま立ち尽くしたわたしに、ガマゴンが声をかける。


 「そうだね、関係ないものね」


 わたしはしかし、出来心から小屋に近づきドアを開けてみた。

 肩の上のカエルが早く逃げろと大騒ぎしている。

 小屋の中は、真っ暗だった。

 物置だろうとがっかりし、わたしは立ち去ろうとしたのだが・・・。


 『お嬢ちゃん、助けて!』


 声が聞こえた。


 『お嬢ちゃん、私らはいきなりさらわれたんだよ。

 元の場所に戻りたいんだが』


 目を凝らすと、そこは牢獄だった。

 魔術シールドで遮られた先には、白い球がたくさんある。


 「あるじ様、これはシャシーが言っていた・・・人の魂!?」


 魂には、姿を消したわたしが見えるようだ。


 「ナンダにやられたの?」


 近くにいた魂に聞くと、それは男性の声で答えた。


 『分からない。

 彼らは黄泉の入り口に立っていて、死んだばかりの私達をさらった。

 ここにいた数人は目の前で押しつぶされ、粉々になった後、小石に変えられた』


 『エネルギーがどうのこうのって言ってたよ』


 子供の声がした。


 『ここに病気の子がいるから、その子に石をやるんだって。

 おねがい、ここから出して。

 ぼくたちも石にされて、消滅しちゃうよ!』


 「どうすればいい?」


 『そこの結界を破ってくれれば・・・』


 ガマゴンが口から衝撃波を放ち、シールドを破壊した。

 魂は無事解き放たれた。


 『ありがとう、ありがとう!』


 『お姉さん、感謝するよ!』


 魂は口々に礼を言い、どこかに飛んで行った。

 ナンダは死んだばかりの人間の魂を集めていたようだ。


 「あとはシャシーの仕事ですね」


 ガマゴンは言い、わたしは西の門へと急いだ。

 途中、数人のガルーダにすれ違ったが、全く気付かれなかった。


 西の門に来た。

 ここから一気に上昇し、第一天を目指す。

 わたしは一気に飛翔した・・・はずだが、姿隠しの魔法で魔力を使ってしまい、シャボン玉のようにふわふわ浮かんだだけだった・


 「まずい、あるじ様。

 下から鳥野郎が追ってくる」


 「どうして?

 姿隠してるのに」


 下からぐんぐん迫っているのは、モヒカン頭を色とりどりに染めた巨体のガルーダ男だ。 

 向こう傷があり、いかにもガラの悪そうな人相をしている。


 「子供の匂いがするぞ・・・」


 「やばい、においで追ってきた!」


 そういえば龍宮に来てお風呂入ってなかったな、なんて思った。


 「あるじ様、急いで!」


 わたしは思いっきり横に飛び、モヒカンの追撃を逃れた。

 盗賊はしばらくうろうろしていたが、あきらめて龍宮の方に戻っていった。


 「ふーっ、乗り切ったか」


 そのまま上昇を続けた。

 辺りは真っ暗で、他の天体は見えない。

 太陽も地球もない。

 方角が分からない! 


 「もう姿を隠さなくても大丈夫みたいですよ」


 ガマゴンの声に、我に返った。

 

 「これからどうする?

 シャシーは第一天への行き方は教えてくれたけど・・・。

 そこでもし、厄介者扱いされたら?

 地球に帰る道は、誰が教えてくれる?」


 「そうですねえ」


 ガマゴンも実体化し、目の前にふわりと浮かび上がった。

 

 「第二天に行って、インドラ神の庇護をお願いしましょう」


 そう言うと、カエルが光りはじめた。

 光りが止むと、そこには一人の少年がいた。

 10歳ぐらいで、白樺のようにほっそりした美少年。

 茶色い髪はさらりと流れ、エメラルドグリーンの瞳が輝いている。


 「ガマゴン・・・?」


 「これがぼくの姿です。

 でも、今までどおりガマゴンとお呼びください。

 ぼくはあるじ様とずっと一緒にいたいんです」


 彼は答え、広い袖のふちに着いた汚れを落とした。


 「ナーガの巣窟・・・怖かったですね」


 「元ペットがこんなイケメンに・・・!」


 「さあ、あるじ様。

 あそこに」


 彼が指さす先には、黒いうずが見える。


 「あれが第一天の入り口。

 通り抜けた先は、たぶんヤクシャ族の領域でしょうね。

 まずはそこまで行きましょう」


 「お、おう」


 カエル=ペット=美少年がいまだにつながらないわたしは、黙ってついて行くしかなかった。

 その後、失望のどん底に落とされるのもつゆ知らずに・・・!

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