3 天上界初心者の心得
「はい、ちゃんと見張っておきますんで」
サンディマ&ピジャヤは身なりの良い上級侍女にペコペコしている。
上級侍女はというと、ものすごい顔つきでわたしを睨み、長い紺色の衣装を翻し、去っていく。
「ってことで、しばらく謹慎ね」
サンディマはいつもの意地悪顔に戻り、わたしを物置に押し込めた。
ガチャンと施錠される。
彼女らが立ち去るのを確かめ、結界を張った。
「あの女、何か隠してますね。
本当に天女なのかなあ?
変なにおいがする」
ガマゴンが実体化し、肩から飛び降りた。
「ああ、さっきのことね・・・」
食堂でペットフードを食べさせられる屈辱にあった後、わたしはそこを逃げ出した。
めちゃくちゃ走っていろんな部屋に侵入し、本を数冊盗んだ。
で、急いで角を曲がったら、子供とぶつかってしまった。
それは4つぐらいの男の子だった。
色白のふっくらした顔に、藍色の目と髪。
とてもかわいらしい子だが、言葉を発しない。
ラトーナ達の末弟なのかもしれない、と思った。
能面天女の子供だ、と本能的に思った。
しかし、ナンダの要素は感じられないが・・・。
「ごめんね、ぶつかっちゃった」
わたしは男の子を抱きかかえ、立たせようとした。
男の子は何も言わず、なすがままだ。
「触れるな、忌み子め!」
いきなり突き飛ばされた。
子供の後ろには、紺色の衣装を着た怖い顔の侍女が立ちはだかっていた。
「若君、お怪我はありませぬか?」
男の子にうやうやしく接している。
そして、思いっきりわたしの顔面をひっぱたいた。
「何すんの、この糞ババア!」
わたしはたまらず、女の腹にパンチを決めた。
ズコーンと、いい音がこだまする。
女は廊下のずっと先に飛んでいき、壁にのめりこんだ。
生きてるはずだ、たぶん。
「あ、あなた・・・っ」
震えるようなソプラノ声がこだまし、能面天女が飛んできた。
なるほど、きれいな人だ。
日本では西洋風の容姿が異常にもてはやされていたが、ここはそうではない。
きれいなものはきれい。
ただそれだけなのだ。
日本人はそのことに早く気付くべきである。
「この子に・・・触らないで・・・」
天女は子供をひったくり、おいおい泣き出した。
「あなた・・・わたしの前から・・・消えてちょうだい・・・。
二度と・・・会いたくないっ!」
「どうなされたか!」
あっという間にナーガの従者に囲まれた。
うめき声が聞こえた。
紺色侍女が生きていたらしい。
「忌み子・・・なんて恐ろしい・・・」
「何だババア、生きてたのか?」
「まさか私を、コロス予定だったのか・・・」
そんなことがあって、わたしは再び物置に閉じ込められたのだ。
まあいい。
本は盗めたし、ここがヤバい場所だというのが確定したから。
「ねえガマゴン、ここって地獄なの?
天女やら龍王やらって、名前は立派だけど、やることえげつないよ」
「残念ながら、ここは天上界です。
天界の入り口、ですかねえ。
ナンダは番人なのですけど。
天がえげつないのは、昔から・・・かな」
「良く知ってるね」
「一応、これでも天人のはしくれですから。
ああ、これはいい本を持ってきましたね」
ガマゴンは本の上に飛び乗り、ページをめくった。
「『天上界の様子』ですか。
なるほど、これは子供の天人用の学習書ですな。
あるじ様、読んでみてはいかがですか」
「もちろんよ。
読むためにパクってきたんだからね」
ということで、しばらく読書タイムとなった。
詳しくは、次の通り。
① 天界の様子
汚れ多き人間界のはるか上方に我らの世界は存在する。
第一天および第二天は、比較的人間界の近くにある。
第三天以降は別空間となる。
第一天には、精霊の諸種族が住む。
ナーガ族、ヤクシャ族、 アスラ族、ラクシャーサ族等の土地。
第二天には、デーヴァ族が住む。
しかし許可さえあれば、精霊族も暮らすことができる。
解放奴隷およびその子孫の精霊が多い。
天界の入り口はナンダ龍王とその配下のナーガ族が取り締まっている。
そこから上方に向かうと、メール山口に出る。
山の中央付近が第一天、頂上に第二天がある。
第二天は33もの連合国が集まっており、その中心部にして天帝の直轄地たるは、アマラヴァティ。
ここに入国するには、厳しい審査がある。
特定の出身階級および犯罪歴のない者のみが許可される。
「まさに異世界って感じね。
いろんな亜人がいて、そこで勢力をもってるのがデーヴァ族ってことか」
「人間はデーヴァ族を天人天女って言うけど、
天上界に住んでるヒトだもの」
ガマゴンがそう付け加えた。
② 天界の身分制度について
我らの社会では、身分制度は絶対である。
生まれながらに決まり、基本的に終生変わることはない。
大まかに分けて、3つの身分よりなる。
★第一身分
神々のみ。
すべての天界に移動の自由がある。
基本的に不老不死。
自分の領域をもっている。
第二・第三身分に対し、切り捨て御免の特権をもっている。
神々の中でも序列がある。
第二・第三身分でも神の妃になったならば、この身分に準ずる。
神々は兵役の義務があり、神よりも高次の存在に仕えなければならない。
★第二身分
デーヴァ族の天人と半神のみ。
自由民であり、生まれた領域とそれ以下の領域の移動の自由が認められる。
例として、第二天の天人は第二天および第一天、人間界への移動ができる。
しかし、第三天に行くことはできない。
この身分は労働せずとも生活できる。
神々から庇護を受ける権利がある。
寿命は生地に準ずる。
第三身分
ナーガ族、ヤクシャ族、アスラ族等の精霊族。
労働の義務があり、時に売買の対象となる。
第一・第二身分に仕える者たちであり、基本的に移動の自由は認められない。
法を犯した場合厳しく罰せられる。
寿命は生地に準ずる
「何これ。
切り捨て御免とか、江戸時代かっつーの」
「あるじ様、古ッ」
カエルは舌をちらちらさせつつ笑っている。
「で、ガマゴン、あんたはどこの身分?」
「私は第二身分です。
ああこの姿?
こっちの方が小回りが利きますからね」
「わたしは?」
「あるじ様は女神なので、第一身分です」
「なのに、こんな扱いなんだ」
わたしは憤慨し、ガラクタだらけの汚い部屋を見回した。
「ありえない。
侍女たちの態度もありえないし、ナンダもイカれてるわ。
絶対父親じゃないわ」
ドアがノックされた。
サンディマではない、と分かった。
たたきつけるようなノックでないからだ。
「エリス様、私です、ピジャヤですよ」
辺りをはばかるような、小さな声。
わたしは結界を消し、入ってきていいよと言った。
ふっくらしたメイドが入ってきた。
手に籠をもっている。
「いいですよ、また結界を張って」
「え?
知ってたの?」
「エリス様」
ピジャヤの目がいつもと違う。
「あなたに話さなくてはなりません。
幸い、ここは結界が張ってあるので、外からは音漏れしなくてよろしいですね。
実は私は、ナーガのものではございません」
「ええっ?
あんた、他種族のひとなの?
スパイ、とか?」
ピジャヤはうなずき、片手を振ると変身を解いた。
白銀の髪が流れ、銀色の瞳のほっそりした美女に変わった。
「これまでの数々の無礼、お許しください。
私のまことの名は、シャシー。
そうお呼びくださいませ。
月天チャンドラと天女の娘でございます。
訳あって龍宮に忍び込み、ナンダの悪行を調べ上げておりました」
「あなたの雇い主は?」
ガマゴンが話し始めた。
シャシーは一瞬びっくりしたようにカエルを見ていたが、うなずいた。
「名前は申せませんが、第二天のとある御方でございます。
ナンダの領域において、エネルギーの不正製造があるということで調べていたのでございます。
本物のピジャヤは、盗賊に襲われて死亡しております」
「治安が悪いのね」
わたしは治安のよい故郷を思い出した。
平和で豊かで高い文化水準。
天界とはいえ、ナンダの領域は人間界・日本と比べてなんと劣っていることか!
「精霊族の国では、まあ普通でしょう」
シャシーは話を続けた。
「まさか、調査してる間に、女神が監禁虐待されている場面に出くわすと思いませんでしたが・・・。
エリス様、ここから脱出なされたほうがよいのでは?」
「うん。
出たいけど、ここ広くてイマイチ出口とか分からないのよね。
もう少し調べてから・・・」
「では、お急ぎくださいませ」
シャシーは急に早口になった。
「半日後、ガルーダの盗賊がここを襲撃しに来ます。
・・・ここの召使で、盗賊と通じている輩がおります。
ヤツから盗み聞きしたことなんですがね・・・。
どさくさに紛れて、そこのお友達と一緒に逃げてください。
私もここの奴隷を解放した後、アマラヴァティに帰りますので。
ナンダめ、とんでもないことをやりおったわ!」
「とんでもないことって?」
彼女の目は暗く陰った。
「エリス様。
ナンダは人間の魂を集めておりました。
それを精製加工し、子供らに与えているようです」
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