2 ナンダ龍王とその家族

 埃まみれのドレッサーを見つけ、落ちてた雑巾で軽く拭いた。

 鏡に映っていたのは、いつもの見慣れたわたしではなかった。

 6歳ぐらいの幼女。

 肌はさっきの子供らよりも白く、シミ一つない。

 高級フランス人形のように整った目鼻立ち。

 瞳はルビーのように赤く、ふわふわした髪の毛は青っぽい銀髪で腰の方まで流れている。

 耳は長く、先が尖っている。エルフっぽい。

 手足が長く体型はほっそりしていて、ダボッとした白いワンピースが似合わない。

 

 「うん、これはわたしじゃない。

 こんな、妖精のお姫さまみたいなキャラと違うっす」


 わたしがにっこりとほほ笑むと、鏡の中の少女も笑っている。


 「あるじ様、現実を受け入れてください。

 危険ですから」


 「ガマゴンはカエルなのに、ずいぶんと物知りみたいね」


 カエルは石のベッドの上に飛び乗り、口をパクパクさせて話した。

 セ○ミストリートっぽい。


 「ぼくは呪いでカエルにされていただけです。

 本当は天上界の出身ですよ。

 呪いが解けた後、冥王の許しを得て地上に出ることができました。

 あるじ様にまた会いたくて・・・。

 あ、誰か来た」


 ガマゴンは急いでわたしの肩によじ登り、姿を消した。


 「こうやってついてきたの?

 地球から?」


 「はい。

 そうしたら、爆発が起きて・・・」


 ドアが乱暴にノックされた。

 わたしは急いで結界を消す。

 相手にわたしの力を知られてはならない。

 記憶のない無力な少女を演じ、相手から最大限の情報を引き出してやろう。


 「ったく、こんな役押し付けやがって、あの髭ダルマめ」


 意地悪メイドのサンディマだ。

 その後急いで、ピジャヤがやってくる。


 「王様の悪口言うなんてあんた、大それてるね」

 

 あきれたようなピジャヤに、つり目のサンディマが口をひん曲げて反駁する。


 「あんただって嫌だろ。

 本来ならばあたしら、ヴリトラ様専属の上級侍女になれるところを、あんなことになっちまって。

 こんな貧乏なあばら家、宮殿なんて呼びたくもないよ!」


 「雇ってくれただけでもありがたいと思わないとねえ。

 行き先なかったら、私らみたいな弱いナーガ女、一発でガルーダの餌食よ」


 「ふん!」


 サンディマはいらいらしつつ、壊れたテーブルの上に布を広げた。

 目と目が合った。


 「何見てんだよ」


 ずいぶんガラの悪い女だ。

 言い返そうとしたが、その前にピジャヤが言葉をつないだ。


 「エリス様、お召し替えの時間です」


 「何のために?」


 「夕食だよ、そんなのも忘れちまったのかい。

 いつも通り、あんたは見てるだけだけどね」


 つっけんどんに、サンディマが言う。

 この女、性悪だが、口数が多いおかげでいろいろな情報が拾えそうだ。


 「そっか。

 他の人とも会えるのね」


 「エリス様、どうぞ気をつけてね」


 わたしの銀髪をブラシで梳きつつ、ピジャヤは言った。


 「ラトーナ様は相当おかんむりみたいよ。

 自分が女神になれるって思ってたみ・・・いやいや、何でもない!

 ダール様は相変わらずだし」


 「一番の問題は、ヴァイレシ様だけどね」


 サンディマは意地悪ーくイヒヒと笑った。

 ピジャヤは何も言わず、黒いリボンでぐるりと髪を縛り始めた。


 「こんな色に生まれてしまって、かわいそうに、目立ってしまうね。

 でもあきらめちゃダメよ。

 女は度胸よ、度胸」


 「そうそう、きょうだいの中でダントツの不器量だもんね」


 メイドたちは口々にわたしの容姿をけなし始めた。

 えっ?

 鏡の中の女の子は、今まで見た中でぶっちぎりの美貌に見えるのだけど・・・?

 最後に着せられたのは、何の飾りもない灰色のワンピースだった。

 サイズが合わずにだぼだぼだ。

 足は素足。

 そのまま部屋から放り出される。


 「行ってらっしゃい。

 奥方には近づくんじゃないよ。

 あの方は美しくて、あんたなんか汚れでしかないからね。

 しかも、天女・・・デーヴァ族だっていうじゃないか。

 そんな高い人、よくナーガ族の所に嫁いできたもんよ」


 サンディマが元気のよい声で意地悪を投げつけてくる。

 ドアの入り口で待ち構えていた召使(男・名無し・超不愛想)に腕をひっつかまれ、わたしは白黒の廊下を引っ立てられていく。

 ここはいわゆる龍宮城なわけだが、質素・・・というよりみすぼらしく、色彩がくすんでいる。

 広いし汚れてはいないのだが、なぜか嫌な感じが・・・たとえて言うならば、拘置所っぽい陰湿な冷たさを感じる。

 角を曲がったところで、若い男と出っくわした。

 黒髪黒目で色白、背が高いイケメンだ。

 そして、わたしは彼を知っている!


 「あーっ!」


 二人同時に指をさし合った。


 「申し訳ありませぬ、ヴァイレシ様!」


 召使男は平謝りし、わたしをガッと掴む。

 とても痛く、涙がにじんだ。

 肩に隠れていたガマゴンが、男の手をがぶりと噛んだ。


 「痛っ!」


 召使は飛び上がり、手をさすった。


 「忌み子め、術を使いやがったな」


 「わたし、記憶なーい、何もできなーい」


 そう言うと、召使の怒りのボルテージは下がった。

 ヴァイレシはというと、とっくにどこかに行ってしまった。

 そう、彼こそがわたしをいじめていじめぬいた張本人・・・ということを思いだした。

 どんな理由でいじめていたのか、は忘れているけれど。

 ここはわたしが人間に生まれ変わる前に暮らしていた、魔の宮殿なのだ。

 ひょんな理由で、ここに戻ってしまったのだ。


 「夢じゃないでしょう、あるじ様」


 姿を隠したガマゴンが、静かにつぶやく。

 最初の目標は、情報を集めてここから逃げ出すことだ。

 わたしはとりあえず情報収集にいそしむことにした。



               ―――


 大食堂は、これまた寒々しい色彩だった。

 青い絨毯はよいとして、氷を思わせる水色の壁紙。

 氷の塊をそのまま飾ってるような、洗練さのかけらもないシャンデリア。

 ニ○リの家具の方がずっとよい。

 広さだけは大したもので、100畳はたっぷりあるだろう。

 周囲の壁には男女のナーガたちが立ち並び、龍王やその子女に敬礼の姿勢を取っている。

 ナンダはというと、こちらをじっと見ている。

 馬鹿っぽい笑みを浮かべると、安心したようににやにやした。


 その隣にいるのが、(たぶん)長女。

 ラトーナとかって名前だったはず。

 気の強そうな美人で、白絹のきれいなドレスを着けている。

 目と目が合うと、睨みつけられた。

 怒り・・・というより、恨みに近い目線だ。

 ピジャヤの言っていた、女神になりたい願望って、何だろう?


 そわそわしているのは、意地悪そうな男の子、ダール。

 その後ろにいてもじもじしているのは、たぶん次女。

 ダールに似ている。

 もしかして双子なのかもしれないが、表情が正反対だ。

 悲しそうなうるんだ目で見てくる。


 やや遅れて来たのは、ラトーナとダールの間ぐらいの年齢の男の子。

 この子が次男なのかな。

 わたしをちらりと見ただけで、何の興味もないみたい。

 他の子たちと同様の藍色の目と髪で、あまり特徴がない。


 「プリヴィー様が来なすったわ」


 「ああ、なんてお美しい・・・!

 さすが天女だわ」


 従者どもがざわめいた。

 大扉が開き、背の高い女性が入室してきた。

 

 身長は175センチはゆうにあるだろう。

 推定158センチぐらいでずんぐりのナンダ龍王とは、えらい違いだ。

 矢のように細い体。

 豊かな黒髪は複雑に結わえられ、きれいなかんざしで飾られている。

 細面にこれみよがしに吊り上がった細い目。

 瞳の色は髪と同様に黒い。

 おちょぼ口で、鼻はやや低い。

 浮世絵を具現化したような女が、堂々と入ってきた。

 細い目でこちらをみたとたん、ガタガタ震えはじめた。


 「ヴァイレシはどうした?」


 「大王様、それが・・・」


 男のナーガが歩み寄り、こそこそ話し始めた。

 見る間に、ナンダの表情が変わる。


 「なに!

 エリスと会いたくないので、夕食はあとでにする、だと!?」


 わざとらしい大声だ。

 きっと、昔もこうやってわたしをいじめていたのだろう。


 「悪い子だったからな、エリスはっ!

 ヴァイレシがかわいそうに、あとでなぐさめてやろう」


 「わたしならいいですよ、ここから出ていきますので。

 どうぞ、ご家族で夕食をお楽しみください」


 ナンダの瞳に、憤怒の炎がきらめいた。


 「恩知らずな子め!」


 オペラ歌手のように声を張り上げる。

 芝居がかった様子で、両腕を挙げている。

 その様子を子供たちや従者らは感嘆の目つきで見ていた。

 統率を取るために、こんなイカれた演技をやってるのだ。

 そして悪役にされてるのは、わたしだ。

 6歳ぐらいの姿をした、幼女のわたしだ。

 龍宮の理不尽さは、怒りを通り越して滑稽に思えた。


 「おまえが勝手にいなくなったので、ワシらはみな手分けして探していたというのに!

 特に、このラトーナは、あの日本とかいうしけた国に行って、おまえの消息を探っていた。

 何度もだ。

 何度も人間界に行ったんだぞ!」


 見れば、ラトーナは得意そうに整った顔を上にあげてつんとしている。


 「そうですか。

 じゃ、ここにいる」


 「それでいい」


 ナンダは機嫌よくいい、皆に席に座るよう指示した。

 奥方はというと、能面みたいな顔をこわばらせたままだ。

 正直、これが伝説の天女(?)だと知ってがっかりした。


 「おまえの席はないよ、馬鹿!」


 席に座ろうとしたわたしを、ラトーナは突き飛ばした。

 この娘は本当に性格が悪い。

 ヴァイレシといい勝負・・・というか、昔からこんな意地悪だっけ?

 女の敵は女、ということかもしれない。

 最初ここに来た時、ダールが言ってたっけ。

 『エリスが女の子になった』と。

 前世のわたしはナーガ族の男の子で、たぶん四男坊。

 ナンダの本当の子供なのか、養子なのかは分からないけど。

 あの奥方は、わたしの母親ではないな。

 本能で分かるもの。

 かと言って、ラトーナ達の母親でもなさそうだ。

 再婚したのかな?


 わたしはテーブルの近くの床に直に座らされ、彼らの食事を見ていた。

 カエルっぽい何かを食べている。

 ・・・同じテーブルに着けなくてよかった、ナンダに感謝だ。

 わたしにも皿が運ばれてきた。

 彼らは銀の皿、わたしは汚れの目立つ木の皿だ。

 黒い何かが乗っている。

 くんくん嗅いで、食べてみた。

 単なるクッキーだ。

 普通に甘くておいしい。

 紅茶が欲しいぐらいだ。

 それを見て、ダールが笑いこけた。


 「ぎゃはは、エリス、それ気に入ったか?

 ペットフードだぜ!

 おまえにお似合いだろ」


 たまらず、わたしは部屋を飛び出した。

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