Ⅰ 異世界だと思ったら天上界だった件
1 気が付いたらそこは海王星だった
「なに、こいつ?
変な色の髪!」
寝ていたら、思いっきり髪を引っ張られた。
痛い、抜ける!
慌てて飛び起きると、そこは我が部屋ではなかった。
おなじみの古いベッドはなく、ごつごつした岩の上に直接寝ている。
古い汚い灰色の天井の代わりに、濃い紫色の空が広がっている。
目の前にいるのは、10歳くらいの男の子だ。
目と髪の毛が藍色。前髪ぱっつんで、他は肩の下でまっすぐ切りそろえている。
色白の整った顔は意地悪そうに歪んでいる。
座敷童にしては、良くない人相だ。
「おおーぅ、変な夢だ。
6時までおやすみ」
「ダール、そこを退くのじゃ」
豊かなバリトンボイスが響いた。
今度は強制的に起こされる・・・というより、抱き起された。
わたしは身長165センチあり体重もそれなりにあるので、そんなことはなかなかできないはずなのに・・・。
「エリス、起きろ。
家に戻ってきたのじゃ。
我が配下の者が、
悪夢だ。
夢の中で起きろとか言われている。
ヒキガエルしゃべった事件から3日経った今、わたしは悪夢に襲われているのだ。
今度病院に行ってみようと思った。
「夢ではない。
ちゃんと見てみろ」
再び目を開くと、そこは異世界だった。
さっきもいったとおり、空は昏い紫色。
地面は灰色で、やや離れたところに古代中国の宮殿みたいな建物が見える。
中華との違いは、あちらは赤や黄色などカラフルなのに対し、ここの建物は白黒灰色のみ。
目の前でわたしを抱きかかえているのは、プラチナブロンドの髪と髭を生やした、サンタクロースそっくりの男だった。
赤い服は着てないし、ましてプレゼント用の袋もないけれど。
金色の瞳をしていて、瞳孔はヘビのように縦状だ。
それを見て、なぜか急に震えが来た。
「お父さん、エリス、女の子になってるよ」
男の子が甲高い声で騒いでいる。
「しかも、目が赤くて・・・」
「しっ、ダール!」
ダールと呼ばれた子は瞬時に黙った。
わたしに意地悪していたくせに、父親には逆らえないようだ。
「エリス、わしが誰だか分かるか?」
「これは夢です。
あなたはわたしの心が作り出した幻」
「こらっ、親に向かってなんだその態度は!」
脳に電流が走った。
炸裂するようなひどい痛みが走る。
「何するんだ、変態サンタクロース!
知らないものは知らない。
それにわたしはエリスじゃない。
高橋彩乃だっ!」
「これはこれは・・・」
ニセサンタは髭を拭い、にやりと笑った。
「記憶がないのか。
まあ仕方がない。
ワシはナンダという。
龍の長にして神。
おまえはエリス、ワシの子じゃ。
おまえは事情があって人間になっていたのだが・・・」
「お父さん、もういいよ」
きれいな女の子が来た。
14歳くらいだろうか。
男の子と同じ目の色髪の色肌の色だ。
お姉さんなのかな。
目と目が合うと、ふんっとそっぽを向いた。
同じ学科の子みたいな態度。
変な夢だ。
女の子の背後からは大勢の人々がやってきた。
皆若く、背がやや低くてひょろりとやせている。
皆、白い服装。古代の中国っぽいけど、彩色なし。
皆、白い肌に藍色の目と髪の毛。男女とも長く伸ばし、軽く結わえている。
ぱっと見た感じ、きれいで清潔そうだが個性のない集団がいた。
「ここは異世界、だったりして」
しゃべってみて、はっと気づいた。
子供の声だ。
手もモミジのように小さく、肌は真っ白だった。
白人の白さとは違う、発光しているような感じの明るさだ。
立ちあがると、目線はナンダの腰ぐらいしかない。
子供になっていた。
「王様。
あとはわたくしどもが」
侍女らしき人たちが2人やってきた。
一人は瘦身でつり目。
もうひとりはやや豊満でたれ目。
よくよく見ると、差異があるのだな。
「わかった。
ちゃんと閉じこめておくのだぞ」
ナンダはそう言い捨てると、子供たちを大事そうに抱きつつ白黒宮殿の方に去っていった。
―――
「あんた、本当に記憶がないんだ~?」
意地悪そうな声で、つり目侍女が聞いてきた。
「記憶も何も、ここは悪夢の世界で、あんたはわたしの作り出した幻だからね」
わたしはつっけんどんに答えた。
心理学の講義を受けていてよかった、なんて思いながら。
「サンディマ、やめなさい」
ふっくらメイドが鋭く阻止した。
「この子はこんな扱いを受けてるけど、女神様なんだからね。
大きくなったら、あんたなんかひねりつぶされてしまうよ」
サンディマと呼ばれた女は口を曲げた。
「臆病者のピジャヤの言いそうなことだわね。
この赤目見てよ。
こんなの、女神じゃなくて魔神・・・。
そうそう、あんた、人間だったのよね」
意地悪女は急に猫なで声になった。
「最近人間どもが変な物体を飛ばしてきてね。
NASAとかって書いてたけど、あんた知ってる?」
「はあっ?」
「サンディマ!」
ピジャヤが怒鳴った。
「エリス様、あたしらは人間を警戒してるんですよ。
あのひとたち、ここをえっと・・・海王星、って名づけてるらしいですね。
何の目的で飛ばしているんですかね」
「かいおうせい!!!」
―――
意識を失っていたようだ。
気が付いたら、物置の中にいた。
石のベッドの上に寝かされていた。
枕もないし、毛布もない。
壊れかけの家具や割れた瓶が散乱している。
ドアがあったので開けようとしたのだが、外側からカギを掛けられている。
この時初めて、事の重大さに気づいた。
・・・ここは海王星らしいが、息は苦しくない。
というか、さっきから呼吸せず胸のドキドキも感じられない。
とうとう人外になり果てたのか。
「学校から帰ってきて・・・夕食とって・・・レポート書いて、そのまま寝てたはず・・・」
相変わらず子供の声で、これまでのことを言ってみた。
「途中で確か・・・、光が見えたような・・・。
爆発っぽい音が聞こえたかな?
気がついたら宇宙人に拉致されて、そのまま監禁。
ヤバい。
これはヤバすぎる!
地球に帰らないと」
「あるじ様!」
胸元から声がして、茶色いナニカがぴょんと飛び出してきた。
「げ、カエル!」
「あるじ様、会いたかったよう」
ヒキガエルは泣きはじめた。
「ぼくのこと、忘れちゃったの?」
「ヒキガエル?
ああ、子供の頃飼ってたけど、歳で死んじゃったはず・・・」
「ぼくが、そのカエルです」
カエルが涙を拭い、答えた。
「ガマゴンと呼ばれてました」
「そう!
ガマゴン!
庭で野良猫にいじめられてたのを拾ったの」
あれはわたしが5つぐらいの時。
庭で野良猫が騒いでいるので見に行ったら、ヒキガエルが襲われていた。
猫を追い払い弱ったカエルを洗って、しばらく飼うことにした。
ガマゴン、と名前を付けて。
野生に帰そうとしたけれど、カエルがなついてしまい、結局寿命まで飼うことにした。
「ぼくはあるじ様に飼われたおかげで、呪いが解けたのです。
ありがとうございます」
ヒキガエルは深々とお辞儀をした。
「で、ガマゴン。
どうして今になって、わたしの所に現れたの?
ああ、大学のカフェテリアにいたのって、あなたよね?」
「はい」
ガマゴンは話し始めた。
「お話しますが、その前に結界を張ってもらえませんか?
ここ、ヘビの巣窟なので、怖くてたまりません・・・」
「結界?
わたしは大学生だけど、魔術師じゃないよ」
「女神様です。
あるじ様は、訳あって人間の肉体に宿った神なのです。
さあ、念じてみてください。
『この部屋に誰も入って来れず、何も聞こえないように』って」
わたしはベッドから降り、周囲を見回した。
広さは15畳ぐらいだろうか。
ゴミを片付けたらましになるかしら。
「変な夢ね」
「夢ではありません。
さあ早く」
わたしが言われたようにやると、部屋の四方八方は白く光った。
「結界ができましたね」
「これが結界なの?
夢でもうれしいな、魔法が使えるなんて」
カエルはコホンと咳をした。
「あるじ様、これからとても重要なことをお話しします。
その前に、鏡を見てくださいな」
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