マハータマスマーター
喜見城幻夜
プロローグ 超つまらない大学生活
「ああ、うっさいわ」
目覚まし時計に拳骨を押し付け、わたしはあくびをした。
朝6時。
今日は5月14日、金曜日。
苦手なK教官の講義が1時限目にある。
サボってしまいたいのだが、確実に留年になるので無理だ。
ドレッサーに掛けてある布をとり、鏡をのぞきこんだ。
寝起きというのもあるが、むくんでいる。
・・・別に内臓が悪いわけではない。
むくみ体質なのだ。
ぼってり大きな顔と骨太の身体。
日本人らしい黄褐色の肌。
真っ黒な目と髪と太い眉。
目は一重でやや大きく、口は小さい。
全体的に平べったい顔立ちなのに、鼻だけはかなり高い。
お世辞にも美人とは言えない女が映っている。
「おじゃりまするって感じ。
平安時代だったら、モテるかも」
ため息と共に最低限のお化粧を施す。
残念ながら、あまり変わらなかったけど。
わたしはとある地方都市に住む高橋
3人家族の一人っ子、実質主婦役にして鬼の節約家。
(両親とも共働きで、あまり家にいない)
特技は、まだない。
今年の4月に大学生になった。
念願の国立大学に入学し、そこの国際関係学部に通っている。
学校の感想は・・・二極化してるなあってこと。
センター&二次で入ってきた人はかなり優秀で、あまり人を見下さない。
でも学部の三分の一近くが帰国子女で・・・こう言っては悪いが・・・日本語が通じないことがある。
あと、日本は遅れてるからダメだダメだと言う。
具体的にどこがダメか教えてくれればいいのに。
英語交じりの言葉で話し、外国に行ったことのない人(わたしとか)を貧乏人とか言って馬鹿にする。
もちろんみんなではないし、中には勉強熱心で親切な人もいるのだが。
西洋近代史の講義で、K教官に質問された女の子(米国生まれの米国育ち、ポ○ホンタスそっくり)は、ある意味衝撃的だった。
「わたしは日本史で受けたんです、そんなこと質問されても困りますっ!」
こう怒鳴りつけていたのにはたまげた。
自分の知識不足を正当化するのもすごいし、ベテランのK教官を怒鳴りつけるのもすごいなあ、と思った。
目と目が合ったら、睨みつけられた。
あっちから帰ってきた人って、性格きつくなるのかしら?
挨拶しても返してこないし。
大学までは徒歩と電車で30分ぐらい。
講義室を開けると、誰もいなかった。
一番早く来てしまった。
仕方ないので、英検の勉強をする。
英検は準一級持ってるけど、たぶんここではビリの方だろう。
絶対に一級取りたい!
取るぞ!
ドアが開いた。
とてもきれいな女性が入ってきた。
栗色のふわりとした髪が揺れている。
色白のほっそりした姿に、ブランド物のワンピースがよく似合う。
いわゆる色素薄い系の美女。
同じ学科の柳町
貴子さま、と言った方がいい。
柳町財閥のご令嬢で、名門女子高を卒業している。
華族の末裔で、やんごとなき血をも引いているとか。
成績優秀で、しかもみんなに優しい。
天が二物も三物も与えたような人だ。
労働者階級の娘で、貧乏で、ガッチリデブスのわたしとは大違いである。
「おはようございます」
目と目が合ったので丁寧にあいさつした。
貴子さまはきれいな白い歯を見せて微笑み、ごきげんよう、と返す。
・・・初めて聞いたごきげんように、心の底から感動した。
再びドアが開いた。
間宮さつきちゃんだ。
ウサギみたいな前歯と分厚いメガネが特徴的。
幼稚園時代からの幼馴染で、中学高校も同じ学校だ。
とてもおだやかで優しくて勉強もできるけど・・・服装がダサいと評判になっている。
一緒にピアノサークルに入った。
「眠いな、みんなおはよう」
「おはよう、さつきちゃん」
「ごきげんよう」
貴子さまも挨拶を返している。
しかし、その次に入ってきたのが悪かった。
「貴子さま、ごきげんよう!」
「ごきげんよう!」
派手そうな甲高い声と共にやってきたのは、蒲原レイナ&御手洗アオイの二人だ。
貴子さまと同じ高校出身で、某大企業の重役のお嬢さんらしい。
レイナはロシアハーフで、自他ともに認める美女。
アルバイトでモデルをやっているらしい。
平気で他の女の子にブスと言うような性格だ。
アオイは、実写版のポカ○ンタス。
とはいえ、K教官に嚙みついたのとは別のポカである。
海外生活が長く、日本語が少々不自由である。
そして、常識にも疎いようだ。
最初、この子に挨拶したら無視された。
他の派手めの子には普通に挨拶していたので、いわゆる人を見るタイプなのだろう。
この二人が貴子さまに付きまとっている。
サイドキッカー、取り巻きなのだろうか?
にしても、底意地の悪い取り巻き達である。
もしかして、貴子さまも本性は・・・?かもしれないな。
次々に学生が入室してくる。
ベルが鳴った。
K教官が赤いトマトのような顔で、急いで入ってくる。
一時限目が始まった。
―――
昼休みになった。
「彩乃ちゃん、一緒に食べよう!」
さつきが声をかけてくる。
「ね、あたしたちも一緒していい?」
最近仲良くなりつつある、鈴木さんと山田さんが声をかけてきた。
みんな(今のところ)海外に行ったことのない面子である。
女子グループはこうやって分かれている。
まず、帰国子女組。日本は遅れてると騒いでいる。英語はできるけど、基礎学力ははどうだか。とてもじゃないけど、センターで九割取ったとは信じられないような学生がいるのだが・・・。
名門校組。名門校の人って、上級国民の子女が多いのね。
公立&地方の進学校組。がり勉タイプじゃないけど、真面目。服装等がダサいらしい。庶民的。わたしはここのグループである。
「いいよ、カフェテリアに行こう。
あそこのチーズパスタがおいしいらしいよ」
さつきは元気な声で言い、ラクダ色のパーカーを脱いだ。
今日は天気が良く、汗ばむのだ。
―――
ここの大学のキャンパスは古い。
汚くはないが、老朽化が目立つ。
しかし2階のカフェテリアは、最近改築したせいで、若者受けするきれいでしゃれた場所だった。
室内は混んでいたので、わたしたちは外のテラス側に行った。
後ろの方で、女の子たちの笑い声がする。
ケバイポカ女2匹と、もう一人小柄でかわいらしい美少女。
確か、六条マユラさんだ。
読者モデルしてて、家は某省の大臣。
有名人だが、性格がきついという噂だ。
でも今のところ、わたしには変な態度を取ってない。
嫌な笑い方している。
きっと誰か(もしくはナニカ)をバカにしているのだろう。
笑い声は急に悲鳴になり、わたしたちはそちらを注視すると・・・。
マユラさんがハチに襲われていた!
彼女はミツバチの群れに襲われ、手や額を刺されている。
近くの学生らが虫を追い払おうとしているが、ハチの猛攻には敵わない。
取り巻きはというと、少し離れたところで泣きべそをかいている。
十分後、マユラさんは救急隊員に連れられて行った。
カフェテリアは再び、活気を取り戻した。
「おかしいね。
ここ2階だし、近くに木もないのに」
わたしが言うと、鈴木さんが首を振りつつ答えた。
「近くにハチの巣があるのかも。
都会なのに自然が豊かなのね」
「天罰でしょ、ひとのこと馬鹿にするって噂だから」
パスタと格闘しつつ、さつきが言った。
「そうだね、天罰だよ」
テーブルの上に、茶色いナニカがぴょんと乗っかる。
カエルだ!
大きな茶色いカエルが、木製テーブルの端に座っている。
金色の瞳でわたしのほうを見た。
脇腹に黒と灰色のスラッシュが入っている。
ニホンヒキガエルもしくはアズマヒキガエルだ。
「カエルだ!」
「きゃーっ、ハチの次にカエル!」
さつきとわたしは取り乱し、悲鳴を上げた。
「悪い女だからね。
罰だよ。
やつら、きみたちのこと馬鹿にして笑ってた」
ヒキガエルは少年の声で話し、歯のない口をぱくぱくさせた。
「あるじ様、ぼくはずっと・・・」
「高橋さん、しっかりしてよ」
山田さんが揺さぶってきた。
「これカエルじゃない。
枯葉だよ、ほら、みんな見てる、静かにして」
「え?」
さつきとわたしは顔を見合わせて、それを見た。
縮れた茶色い葉っぱだ。
「でも、さっきカエルがいてしゃべってたよね」
「彩乃ちゃんの方向いて、あるじ様って・・・」
鈴木さんはしーっとやった。
「二人とも、ふざけないでよ。
噂になったら、たまらないでしょう?
ちゃんと寝てるの?
次、ウィルコックス先生の超厳しい授業だから、ちゃんとしないと留年しちゃうよ」
正論にうなずくしかない。
「にしても、ヒキガエルがしゃべったのは・・・」
「あたしも見たけど。
二人同時に見る幻覚ってあるの?」
さつきとわたししか見てなかったのだろう。
あのハチも、もしかしてヒキガエルの仕業だったのだろうか?
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