五・大学図書館
大学にやってきたエミリーは、ソフィーの手を引いて図書館に向かう。
南の街の大学にソフィーを連れてくるのは初めてだった。目に入るものすべてが珍しいのか、ソフィーはフクロウの雛のように辺りをきょろきょろ見回している。
「見て見て、あの子すごくかわいい~」
「エミリー先生の娘さんかな? 前に話してたよね?」
「わぁ、ほっぺもちもちしたいっ!」
学内を歩いていると、あちこちから学生たちが囁く声が聞こえた。学生たちの視線は、手をつないで歩くエミリーとソフィーに集まっている。エミリーは自分が人気者になったように思えて、少し嬉しかった。
だが、ソフィーの方は嫌がっているようだった。自分に向けられる視線が増えるのに従って、手を握る力が強くなっていく。図書館の前に来る頃には、馬車の中でトミ子さんと話していた時のように、エミリーの腕に顔を押し付けていた。
図書館の前でエミリーは身を屈め、ソフィーの目を見ながら問いかける。
「やっぱり、知らない人がいっぱいいるのは苦手?」
ソフィーは暗い表情で頷いた後、「でも」と口を開く。
「……でも、お留守番はイヤ。一緒に行きたかった……」
風の音にかき消されそうな声で、ソフィーは言葉を絞り出す。
「もう少しだけ頑張る。図書館の中なら静かだと思うから……」
必死に訴えるソフィーの言葉を聞いて、エミリーはハッとする。
馬車からトミ子さんが降りた時、ソフィーは彼女に手を振っていた。以前ならトミ子さんの姿が見えなくなるまで顔を隠したままだっただろう。
今のソフィーは、彼女なりに成長しようとしているのかもしれない。親として自分がすべきことは、そんな娘に寄り添い、隣を歩いてやることだ。
「じゃあ、もう少しだけね」
エミリーはソフィーを勇気づけるように彼女の手を握り直す。
*
図書館に入ったエミリーは、読書スペースの机にソフィーを座らせる。
「私は本を探してくるから、その間ここで待っててくれる?」
「うん、解った」
エミリーの言葉に、ソフィーは落ち着いた様子で応える。
図書館にいる学生たちは皆自分の手元に集中していて、ソフィーの姿に気付いてもすぐに目を伏せる。こういう環境はソフィーにとっては居心地が良いのかもしれない。
少し安心したエミリーは、『スネーグレイヴと黒い犬』の初版を探しに向かう。
『スネーグレイヴと黒い犬』は有名なおとぎ話ではあるが、作者が誰なのかは定かではない。「西の国」の民話を元に多少の創作が加えられているという説が有力視されているが、最初にスネーグレイヴの民話を本にまとめた人についても不明な点が多かった。
作者の名前で探すことができないので、エミリーは民俗学の本が収められた本棚をしらみつぶしに探してみた。赤、黒、茶色などの背表紙が並んでいるが、その中に「スネーグレイヴ」の文字は見つからない。
(流石に童話そのものは無いか……もう少し範囲を広げてみようかな?)
胸中に呟き、エミリーは民話集や童話を学術的に論じた本を探してみる。一冊手にとっては目次を開き、『スネーグレイヴと黒い犬』に関する項目がないか確かめていく。
効率の良い探し方ではなかったが、それでも『スネーグレイヴと黒い犬』が収録された民話集が二冊、他の民話と比較して民俗学や社会学の観点から考察した本が一冊見つかった。
エミリーは見つかった資料を抱えてソフィーの元へ戻る。長い時間待たされてくたびれたのか、ソフィーは机に突っ伏して眠っていた。
エミリーはカバンからタオルを取り出し、ソフィーの顔の下にタオルを敷いてやった。起こしてしまわないよう静かに資料を机に置き、エミリーは娘の隣に座る。
(さて、どれから手を付けようか?)
積み上げられた本を前に、エミリーは溜め息をつく。とりあえず、民話集に収録された『スネーグレイヴと黒い犬』を読んで、その内容を比較してみることにした。
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