三・アテルの憤り

 先日、本棚に『スネーグレイヴと黒い犬』という本を見つけました。表紙の絵に興味を惹かれたので、クラリスに読んでもらいました。しかし、その内容に私は強い憤りを覚えました。


 本の内容をまとめると、冬至の祭りの日に父親に捨てられたミハルという女の子が、雪の魔女・スネーグレイヴに拾われ、優しくしてもらうという話です。しかし、物語の最後にはミハルが凍え死んでいるのが見つかり、それ以前の出来事は彼女が死に際に見た幻覚だったと明かされます。


 私はこのおとぎ話が、貧しい子どもを見捨てた大人たちが自らを正当化する話に思えました。クラリスからは「西の国」では有名なおとぎ話だと聞きましたが、エミリーさんたちはご存知でしょうか?


 もしエミリーさんが『スネーグレイヴと黒い犬』を読んだことがあるのなら、ぜひ感想を聞かせてください。また、このおとぎ話の作者が誰なのか知っているようでしたら、教えてもらえないでしょうか?


 図々しいと思いますが、回答よろしくお願いします。



 クラリスが代筆したものだったが、手紙の文面からはアテルの憤りが伝わってきた。


 エミリーとソフィーも『スネーグレイヴと黒い犬』のことは知っていた。「西の国」では有名なおとぎ話で、ほとんどの人が子どもの頃に必ず読んでいるほどだ。


 大人になって思い返してみれば、救いのない残酷な内容だったと感じる。エミリーはアテルの気持ちも理解できた。


 ふと、膝の上のソフィーが「私の知ってる話と違う」とささやいた。


「ソフィーが知ってる『スネーグレイヴ』はどんな内容なの?」

「あのね、ミハルちゃんは魔女の弟子になって、魔法使いになるって話だったよ」

「へぇ……私の知ってる話とも違うんだね」


 ミハルが魔法使いになるという展開はエミリーには初耳だった。エミリーも子供向けに結末が改変された『スネーグレイヴと黒い犬』を読んだことはあるが、ミハルのその後については「いつまでも幸せに暮らしました」程度の言及しかなかったように思う。


「時代が進むにつれて、結末の種類が増えているってことかな? もしかすると、クラリスちゃんが持っているのは初期の本なのかも……」


 エミリーの腹の底では、すでに好奇心の炎がくすぶり始めていた。本来なら年明けに開かれる学会の発表原稿を準備しなければいけなかった。だが、興味が別の場所に向いている時に書いても、お粗末なものしかできないだろう。


 エミリーはソフィーを膝に抱いたまま、机の引き出しから手紙の道具を一式取り出す。


「えっと、ソフィーはカモミールのお茶が好きなんだよね?」


 早口で質問するエミリーに、ソフィーはぎこちなく首を縦に振る。興奮気味のエミリーを見て困惑しているらしい。


 ソフィーに申し訳ないと思いながらも、エミリーは返事の手紙を書く。一刻も早くクラリスの家にあったという『スネーグレイヴと黒い犬』の実物を見たいという衝動を文字にして、紙面一杯に書きなぶった。

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