第三章 スネーグレイヴと黒い犬

一・表紙の絵

 ある日、クラリスの祖母が残した暗号を探していたアテルは、何となく手に取った本の表紙に目を奪われた。文字の読めないアテルは表題を読むことが出来なかったが、表紙の絵には強く興味を惹かれた。


 銀色の髪と金色の目を持つ少女が、白いマントを翻し、身の丈を超すほど長い槍を掲げている。可憐さの中に荒々しさを宿した彼女の姿に、アテルは畏怖の念すら覚えた。


「ねぇ、クラリス? これって何の本?」


 アテルは傍らにいたクラリスの肩を叩き、本の表紙を見せてみる。


「あ……それはね、『スネーグレイヴと黒い犬』だよ」

「スネーグレイヴ?」


 首を傾げるアテルに、クラリスは本の表紙に描かれた少女のことを語る。


「スネーグレイヴは『西の国』のおとぎ話に出てくる白衣の魔女だよ。冬になると北の山脈から冷たい風と一緒に降りてきて、親を亡くした子供や捨て子を見つけたら、山の住処に連れて帰ってくれるんだって」


 クラリスはアテルから本を受け取り、パラパラとページをめくってみる。


「暗号は隠れてないみたいだね……」


 ションボリと肩を落とし、クラリスは本を棚に戻そうとする。アテルはそれを止めて、「どんなお話が書いてあるの?」と尋ねた。


「気になるの?」


 こちらを見上げたクラリスにアテルは頷く。


「うん。もう少しだけ、そのスネーグレイヴについて知りたい。読み聞かせてくれる?」

「そっか……解った」


 クラリスは読書机のところまで行くと、その上に本を広げる。アテルはクラリスと肩を並べ、彼女の手元を覗き込んだ。


 一つ深呼吸をして、クラリスは本の冒頭から声に出して読み始める。


「昔々、ある冬の夕暮れのことだった。ある街の通りに小さな女の子の姿があった。彼女はミハルと言う名前で、今年で十歳になる……」

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