十・再会
読み終えたクラリスは、静かにノートを閉じる。祖母――ではない女性が暗号の中で語った内容について、まだ理解が及ばない。
「『子棄ての樹海』の言い伝えは、私もその一部を知っているの……」
後ろでエミリーが語り始める。
「純潔主義を固持する王族は、先天的な障害があったり、王族に生まれえない形質を持っていたりする子どもをこの森に棄てていたそうなの。けど、五十年前の革命で王権が倒れたとき、『子棄ての樹海』に関係する文書は燃やされてしまった……彼等は黒歴史として『子棄ての樹海』を単なる言い伝えにしようとしたの。だから私も暗号を解くまで、実際にあったことだとは思っていなかった……」
そこで一旦言葉を切り、エミリーは深く息を吸って続ける。
「南の街に『西の国』から来た人が住むようになった後、どれほどの人が『子棄ての樹海』の言い伝えを信じていたのかは解らない。でも、クラリスちゃんのお母さんがこの森にあなたを棄てたのは、その言い伝えを知っていたからなのかもしれない。ゴメンね、辛い内容だったよね……」
エミリーが湿っぽい声をかけるが、クラリスは首を横に振る。
「そんなことないよ。びっくりはしてるけど、嬉しい気持ちの方が大きいの」
「嬉しい……?」
クラリスの感想に対して、エミリーは意外そうな顔を見せた。
「おばあちゃんがお姫様だったなんて、今まで知らなかった……そが解って、何だかおばあちゃんとまた会えたみたいな気分なの」
クラリスは料理本を開き、改めて祖母の残したメッセージを見つめる。この本以外にも、祖母が暗号を隠している。そう思うと、悲しみより好奇心の方が湧き上がってきた。
「ねぇ、エミリーさん?」
クラリスはエミリーを見上げる。彼女は「何?」と首を傾げた。
「エミリーさんが村にいる間に、ソフィーちゃんがおばあちゃんの本棚からまた新しい暗号を見つけたの……」
クラリスが眼で合図をすると、ソフィーが書斎から持ってきた本をエミリーに差し出す。エミリーはそれを受け取り、パラパラとページをめくってみた。
「すごい……こっちの薬草図鑑は、料理本よりも多くの暗号が組み込まれている! 解読のしがいがありそうだね!」
エミリーがギラギラ光る瞳をクラリスに向ける。
「またこの森に来てくれるなら、その解読をお願いしてもいい? 私、おばあちゃんのことをもっと知りたい。まだ知らないおばあちゃんに会いたいの!」
「それはもちろん! 私もクラリスちゃんや、あなたのお祖母さんについて興味があるからね!」
エミリーの手がクラリスの肩を掴み、顔をグッと寄せてくる。クラリスは思わず「ひゃっ」と軽く声を上げてしまった。彼女の興奮した様子には、かすかな恐怖すら覚える。だが、暗号の解読に協力してくれることは嬉しいので、クラリスは反応に困った。
そんなクラリスに助け船を出すように、ソフィーがエミリーの服の端をくいくいと引っ張る。
「ん? どうしたの、ソフィー?」
くるりと体の向きを変えたエミリーに、ソフィーがさっきの手紙の入った封筒を差し出す。エミリーは封筒の表裏を交互に見て、「何が入ってるの?」と尋ねる。
「わ、私も……お姉ちゃんに、解読してほしい暗号があるの……」
どもりながらも、ソフィーは手紙のことを伝える。
「ソフィーの暗号?」
聞き返すエミリーに、ソフィーはこくりと頷く。
「と、解けたら、私と答え合わせしてくれる?」
ソフィーが上目遣いにエミリーに向ける。対するエミリーは温かい表情で「もちろん」と答えた。
「何が書いてあるか楽しみにしてるね!」
それを聴いた瞬間、ソフィーの顔がパッと明るくなった。
*
エミリーは暗号が隠されていると思われる本を何冊か預かって、アテルの兄と一緒に村へ帰る。その隣には、アテルの兄が引く橇に乗ったソフィーがいた。彼女は橇の上からこちらを振り返り、「また会おうね!」と言って手を振る。その顔は今までに見たことがない程晴れやかだった。
「うん! また会おうね! 約束だよ!」
クラリスも大きな声で返事をして、ちぎれるほど大きく手を振る。
そして、三人の背中は小さくなっていき、木々の間へと消えた。
「ソフィーちゃんの気持ち、ちゃんと伝わるかな?」
振っていた手を下ろし、クラリスはポツリと零す。傍らでソフィーたちを見送っていたアテルが、「きっと伝わるよ」と言ってクラリスの肩に手を置いた。
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