卒業、そして……




 待てど暮らせど、卒業の案内は全く届かない。


 Please Mr. Postmanのような気分で郵便局の方を待つ。


 その未だ見ぬ卒業案内は、もうすでに中野さんや後藤のところには来ているらしい。


 俺は卒業要件を何度も見直す。単位は取れてるよな?まさか取りやすい一般教養ばかりに目が行きすぎて、必修を取りこぼしてたとか??


 不安が不安を呼ぶ。かと言って教務課に連絡するのもなぜか気が引けた。


 もう3月だ。いよいよ大学地獄を抜け出せるなと思ったら、目の前の景色に外の世界と今までの世界が共存しているかのような複雑な気分だった。俺はただモヤモヤとしながら待つことしかできなかった。


          ○


 そんな心の勝負をしている間にも、奇天烈アパートは連載し続けて、もうすっかり俺の小説であるという自覚が持てていた。


 卒業研究と論文発表も無事終わったので、自由な心で小説に取り組むことができたから自分でも驚くほど執筆速度が上がった。


 弟の慎二はラジオ放送の相棒であるから当然だが、兄の一真とも親交は続いている。


 これもまた不思議な事だが、一真はどうやら別の創作を始めたらしい。なんだかんだ言って、彼は創造力の化身なのだなと思った。


          ○


 バイトもとうとう最終出勤を迎えた。留年した分、長くお世話になった。もちろん中野さんも同じタイミングで辞める事になるからプチお別れ会を開催した時は、二人とも大きな花束を貰った。


 みんなからお別れの言葉をいただいて、如何にも感極まってる雰囲気の中、店長が調子に乗ってエルヴィスプレスリーのモノマネをしながら店内を踊り始めた時は、本当にこの人には空気を読む力がないなと痛感した。


 さらに、俺が中野さんの笑顔に見惚れていると、俺たちの関係を知っている店長が、肘で突っついてくるなどして、ちょっかいばかりかけてきた。この店長、ある意味一番ノリが大学生なのかもしれない……。


          ○


 中野さんのことでもう一つ。

 二人の時間が増えた事で、卒業研究真っ只中の時には叶わなかった、定番中の定番デートを弾丸で敢行した。


 水族館に行ったり、買い物に行ったり、温泉に行ったり。

 

 二人の思い出はこの3月にぎゅっと詰まっているのだ。


 こんな事を書くなんて、俺もどうかしてしまったのかもしれない。忌み嫌っていたカップルの愚行とも呼ばれる仲良しデートを、俺が楽しく語っているのだから、時の流れとは恐ろしいものである。


          ○


 そうそう、就職までゆっくりできる期間があったから、地元の街を隅々まで散歩した。案外近い場所ほど知らない事が多くあり、何気ない日常にこそ幸せがあるのだと実感できた。


 特に夕焼けが見える綺麗な道がお気に入りで、離れて暮らす今でも思い出せば胸を締め付けられるのだ。


          ○


 とまぁこんな感じで、本作の完結を惜しみながらダラダラと、そしてゆっくりとまとめに入ってみた。


 もう、書く事ないで……。

 今まで纏りがないように見えたかもしれないが、それはネタを全て出し尽くした、哀れな男の成れの果てである。


 もう何もない…………。


 しかし!

 こんな1200字足らずの文字数では表現できない!!卒業案内を心待ちにしていた俺の、短いのになが〜く感じたソワソワ期間は1200字では全く表せていないのだ!!

 

 なので俺が首を長くして待った期間の万里の長城並みの果てしなさは、皆さんの想像力にお任せするとしよう。


 3月の中頃、かなり遅れていたが、俺のもとにもついに…………。


 午後の報道バラエティーを見ながら、すやすやと眠りに入ったあたりで、カンッと響く音を聞いた。


 ポストに葉書が入った音で、昼寝から目覚めるまでになったのは、俺の卒業への渇望が源である。


 ポストまで無我夢中で走っていく。

 どうか、俺の望むものであってくれ。 

 Please Mr. Postmanよ


 そしてようやく俺は、この世で最も美しく強く、そして儚い一枚の葉書を手にした。そこには……。


『卒業についての案内』


 その光る文字を見て俺は玄関先で涙した!


 大学地獄の底から、俺は完全なる脱却に成功したのである。


          ○


 卒業式。


 俺は出席しなかった。

 留年した時点で決めていた事だ。


 式の当日。俺は一人、何故か家の近くの山に登った。


 そこから見える景色は今までの思い出全てを包み込むほど美しかった。


『ありがとうございました!』


 たった一人の卒業式。俺は深々とお辞儀をするのであった。


          ○


『弱男ー。今日は映画行くんやろー?もう行くで!』


『あ!ちょっと待って!もうちょっとで書き終わるから!』


 もう卒業から数年が経った。


 驚くほど価値観が変わった。大学の五年間は大学地獄と命名したものの、人生の序章にしか過ぎなかったのだ。


 見ている景色も広がったというよりは、目の前のことに精一杯で狭まった感じがする。


 だが……大切なものは変わらずそばにある。


 この世に変化しないものはないが、変わらずに続けようとする心こそ、その人にとって最も大切なものなのかもしれない。


『ねぇ、書けた?』


 彼女は変わらぬ笑顔で部屋に入ってきた。


『うん。一つ終わったよ』


 俺はそっとパソコンを閉じた。


 部屋に吹き込む風が心地よい。

 さぁこれからどんな事が待っているのだろう?


 これからも変わらぬ心を抱きしめながら、変化し続ける人生を歩んでいこうと思う。



          ○



        あとがき


 この度は読んで頂き誠にありがとうございました!


 初めて長編に挑んだこの物語は、当初短編で終わらせる予定だったので、ここまで話が膨らんでいったのは自分でもビックリです。


 本当に応援して頂いた皆様のおかげです!


 またこれからも小説を書いていきますのでよろしくお願い致します!


 そして最後に、この作品は著者が五回生になってしまったという誠に悲惨な事実を除いて、99%がフィクションであり、著者の暴れ回る妄想から成り立っている事をここに誓います。


 ありがとうございました!

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

大学五回生の憂鬱 メンタル弱男 @mizumarukun

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ