第39話 応接間に集う人々
「メリオス伯爵、突然、悪いね。姉がどうしても一緒に来たいとわがままを言い出してしまったのだよ」
「い、いいえ。とんでもございません。公爵夫人にお運びいただくとは、光栄でございます」
お父様はすぐに、滑らかな言葉を取り戻しました。
さすがです。
でも顔はわずかにひきつっていますし、額には冷や汗が浮かんでいました。
「お父様。そこに立っていたら中に入れませんわよ」
アルチーナ姉様がきたようです。
お父様は笑顔のまま振り返り、小声で言いました。
「……ヘラーナを呼びにやったはずだが?」
「お母様にはお知らせしました。ほら、お見えになりましたわ」
廊下の向こうをちらりを見てから、アルチーナ姉様はお父様の横を通り抜けて部屋の中に入りました。ロエルもいます。
ロエルは緊張した顔をしていました。グロイン侯爵様に丁寧に礼をして、それからハーシェル様とローヴィル公爵夫人を見て、僅かに体を震わせました。
王宮に出仕していますから、お二人の顔はよく知っているようですね。
……何も知らない私が場違いなだけのような気もしてきました。
とりあえず、席を譲ろうと立ち上がりかけましたが、肩に大きな手が触れました。
「あなたは俺の席に移りなさい」
低くそう囁いた侯爵様は、もう一度私の肩を軽く叩いて立ち上がりました。
金色の目に促され、私は侯爵様が座っていた席に移動しました。ほんのりと暖かい座面がなんだか気恥ずかしくなりました。
頰が熱くなって、なりふり構わずうつむいてしまいそうです。
グロイン侯爵様はそんな私の後ろに立ち、空いた席を軽く示しました。
「アルチーナ嬢。こちらへ。この二人は、あなたに会いに来たのだから」
「……それは、どういうことで?」
反応したのはお父様でした。
そして静かに部屋に入ってきたお母様も、侯爵様の言葉を聞いて眉を動かしていました。
お母様は何も言いません。いつも通りに美しい微笑みを浮かべています。でもその目はいつになく剣呑な気がして、私は手を握りしめてしまいました。
「アルチーナ嬢。オズウェルのいう通り、私たちは君に会いにきたのだよ。それから、ロエル君も。君にはやっと会えたね。そこに二人座れるかな。少し狭いかもしれないが、仲がいいからくっついて座れるよね?」
そうおっしゃったハーシェル様は笑顔です。
でも、反論を許さない冷ややかな光が目にありました。だからお父様は口を挟めなくなっていました。
ロエルも、何も言いませんでした。ただ、ぎゅっと手を握りしめて、アルチーナ姉様には微笑みを向けて、私が座っていた席に二人で座りました。
メリオス伯爵邸の応接間は、決して狭くはありません。
でも日常の中ですから、椅子は少人数の来客用の設定になっていました。
一人掛けの椅子は三つ。
窓側に一つ。
その椅子と直角の位置に二つ。
反対側に、三人ほど座れる長椅子。
合計で六人が座れる設定です。
今、窓側の椅子は空いたままで、長椅子には私とお姉様とロエルが座っています。
長椅子は三人用ですが、女性だけなら四人が楽しくくっついておしゃべりができるくらいの大きさがあります。
でも、ロエルは細身ではありますが男性です。私が端に寄っていれば大丈夫だったと思いますが、侯爵様は私が端に寄りすぎることを許してくれませんでした。
だから、少し余裕を持って座った私と、やはり余裕を持って座ったアルチーナ姉様のせいで、ロエルは少し窮屈そうでした。
そして。お父様とお母様が、立ったままになってしまいました。
あらかじめこうなるとわかっていれば、椅子を増やしていたのですが。今頃、使用人たちは青ざめているに違いありません。
「メリオス伯爵ご夫妻を立たせてしまって、悪いね」
「それはかまいませんよ。レイマン侯子様。よい運動ですし、何より、自慢の妻の立ち姿を披露できますからね」
お父様は笑顔でそう言って、それから一瞬だけ目の光を鋭くしました。
「しかし、おいでになるのなら、もう少し早くお知らせいただきたかったですよ。陛下から『レイマン侯子の訪問があるのに王宮にいていいのか』、などと問われた時の私の気持ちをご想像ください」
ちくり、といいました。
でもハーシェル様は悪びれる様子はありません。笑顔で、でもほんの少しだけ意外そうに目を大きく見開きました。
「おや、これは失礼。どこかで行き違いがあったようだ。なあ、オズウェル。私は君に、昨日のうちに訪問させて欲しいと言っておいたよな?」
「そうだな。だから、あらかじめメリオス伯爵邸に知らせを送った」
「おかしいな。その伝令がどこかで止められていたようだ。王宮にはいろいろな勢力がうごめいていますからね」
ハーシェル様は申し訳なさそうにしていますが。
……その伝令を止めたのは、もしかしてハーシェル様ではありませんか? そう疑いたくなるような、楽しそうな顔でした。
今はレイマン侯子様とお呼びするべきでしょうか。
本当に、敵には回したくない人です。
しかも姉君が、あのローヴィル公爵夫人だなんて。
衣服が汚れることを嫌うお母様が、荒天でも出かけなければいけないほどの社交界の権力者と聞いています。
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